株式会社天政松下様の育成論育成論について————最初に、現在人材育成についてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。松下様:当社では人材育成の根幹を担う人事評価制度にかなり力を入れています。この評価制度は当社独自で作成した完全オリジナルのものです。評価制度の項目としては挨拶、協調性、規律性、積極性、責任感、統率力、判断力、チャレンジ精神そして管理職であればマネージメントが含まれます。一般的な企業では、この評価項目に対して、できていれば4点、まずまずであれば3点というように点数をつけると思うのですが、当社ではそれだけでは評価者ごとに基準のばらつきが生じてしまうと考えました。そのため、評価者が誰であろうとも基準がブレてしまわないように各評価項目ごとにどういう状態がこの点数の評価になるのかという基準をかなり細かく定めています。例えば、挨拶の項目では「周囲の人から挨拶をされた場合に気持ちよく挨拶ができる」場合は3、「率先して挨拶ができる」場合は4という定義になっています。このようにあらかじめ基準を設定しておくことで、誰が見てもある程度評価を行うことができるため、評価に迷った際に基準を元に評価することが可能となっております。また、1年間のうち上期2ヶ月間、下期2ヶ月間の計4ヶ月間に評価のための人事面談を設けています。マネージャー職の場合は約4人ほど部下を受け持つのですが、1次面談の実施と最終面談に向けた面談、そして最終面談での社長からのフィードバックを伝える面談と、中間管理職の社員は1人の社員に対して年6回ほど面談を対応します。人事評価というものは、会社が求める人材の定義でもあるため、面談を通じて、「何が足りていないのか」や「どのような人材に成長して欲しいと期待しているのか」、「自分の得意なこと、苦手なことは何か」を知ってもらう機会を多く設けるようにしています。実際に、当社に入社した社員からは「こんなに人事評価に力を入れてしっかりと向き合ってくれる会社は初めてです」や「前社でも人事評価はありましたが、何を求められていて、現状何が課題なのかがわからないことが多かったです」、「こんなに自分のことを見てくれていることに感動しました」という声を多く耳にしますね。この人事評価を構築するために、私が代表に就任した6年前に幹部全員を連れて合宿を実施しました。その後も項目の内容について毎年ブラッシュアップし続けています。この人事評価制度は経営理念をベースとした人材育成の根幹を担っていると感じています。そのため、社内でもかなり注力して取り組んでいます。————これは評価される側の方だけでなく、評価する側の方にとっても非常に良い指標ですね。松下様:それはすごく感じます。実際に、久保も人事評価で非常に苦労していると聞いています。久保様:そうですね。フィードバックを行う際には、相手が言われたくないことも伝える必要があります。それでも相手が気付いていない課題は伝えなくてはいけないため、どうすれば納得感を持って落とし込むことができるか、フィードバックに対して前向きに取り組める状態にできるかということが重要となります。その分苦労も多いですが、最終的に社員にとって良い影響を与えることが多いため、やりがいを非常に感じることができますね。経営理念について————その他に、現在育成として取り組まれていることはありますか。松下様:毎年1回は全社員を集め、2時間かけて私から直接経営理念について話をします。また、従業員自ら経営理念に関する勉強会を実施し、他社の経営理念をリサーチすることを通じて、自社の経営理念に込められた想いを考える機会を設けています。そのため、社内での経営浸透にも注力しており、理念についてより深く知ることで社員も高いモチベーションで働くことができる環境となっております。————貴社のHPに「五大行動方針」が記載されていると思うのですが、これはどのようなものなのでしょうか。松下様:当社の五大行動方針としては「変化に対応できる会社」、「行動力」、「試練は人を磨く」、「ユニークであれ(唯一無二の存在)」、「人が幸せになるための会社」というものを掲げています。「五大行動方針」と「経営理念」はそれぞれ別の考え方になっています。経営理念とは社会貢献をしていく中で、会社がどのように活動していくかという基準となるものです。一方で、五大行動方針は当社で働く中で目指すべき人物像や姿勢を表したものになります。————貴社では理念浸透や価値観の発信といったお取り組みにも注力されていると感じたのですが、今後より理念浸透などを行うために考えている新しいお取り組みがあればお伺いしたいです。松下様:実は、4月1日から経営理念を少し変更します。従来は「顧客満足主義」と「従業員満足主義」という2つの経営理念を掲げていましたが、新たな経営理念では「満足循環主義」という理念へと変わりました。理念の意味としては変わらず、「従業員の満足を高めていく事が顧客の満足に繋がり、それがまた従業員の満足へと繋がるというように満足が循環し続ける」という意味を込めています。ただ、2つの理念をよりコンパクトにまとめたいという考えのもと、変更することに至りました。————この理念は元々掲げられていたのでしょうか。松下様:私が代表に就任する前は「顧客第一主義」という理念を掲げていました。私にとって「顧客」とは「関わる人全てのステークホルダー」が顧客だと考えており、仕入れ先はもちろん、農家やスーパー、消費者も含めて顧客だと思っています。だからこそ、私が代表に就任してから経営理念を現在のものに変更し、「顧客」の定義を社内に発信するようにしました。また、当時の社内は「売上第一主義」の側面もあり、売上のノルマもありましたが、より中長期的に成長していける企業を目指すために制度や仕組み、考え方も一新しましたね。新たな経営理念を浸透させるために、まずは中間管理職のメンバーの意識から変化させていく必要があると思い、経営理念や五大行動指針などに関するペーパーテストを実施しました。このペーパーテストに全員合格するまで繰り返し実施し、少しずつ時間をかけて落とし込んでいきました。その結果、約1年ほどで社内に経営理念が浸透し、重要性を理解してもらうことに繋がっています。————なぜそこまで経営理念を重要視するようになったのでしょうか。松下様:先ほども「売上第一主義」の環境だったとお伝えしたのですが、例えば当社が売上を追求した結果、仕入れ業者の利益を無視して安く仕入れ、当社が多くの利益を出せたとしても、その結果仕入れ業者が潰れてしまうことがあってはいけないと思っています。その仕入れ業者にも従業員がいますし、親請けからの要望に応えなくてはいけないという下請けの状況を利用した結果、倒産に繋がってしまうということが少なからずありました。しかし、これは本当に正しいやり方なのか、私自身納得できない部分が非常に多くありました。そんな中、代表に就任する前に経営について学んでいる際に坂本光司先生の本と出会い、理念経営の重要さを学びました。そのため、みんなから愛される会社を作ることを目標に、代表に就任する前から制度の構築や勉強会の開催、育成方針などほぼ固めていました。また、この理想の実現のために理解者作りにも注力しましたね。1度で全員に理解してもらうのではなく、私の価値観や考え方を理解し、納得してくれる人から巻き込まないと、会社を大きく変化させることは難しいと思っています。この巻き込みが非常に難しいため、代表に就任してから現在まで週に1回は必ず幹部飲み会を実施しています。業務時間内だとそれぞれの業務があり時間を割くことが難しいため、幹部飲み会の機会に理念の話や今後どうしていきたいかなどの思いを発信しています。その結果、同じような熱い思いを持ってくれているメンバーと一緒に全体を改革していきました。社長と従業員の距離が近すぎると言われることもあるのですが、私は従業員に話す機会や従業員の話を聞くことは非常に大切だと思っています。この仲間作りを続けることで会社をより成長させていくことができているのではないでしょうか。会社の歴史について————現在に至るまで大変だったことや苦労されたエピソードはありましたか。松下様:先ほどお話しした仲間作りですね。この仲間作りがうまくいかなければ会社の基盤を構築することも難しかったのではないでしょうか。もちろん楽しみながら仲間作りをしていたのですが、今振り返ってみると、大変だった側面もあったのかなと思います。その一方で、仲間作りをする際に、価値観や考え方を理解してもらえないという経験も多く、その結果、退職してしまう社員も少なくありませんでした。ただ、当時は必死でやっていましたし、必死でやることを楽しんでいましたね。社員の皆様について————貴社で働いている社員の皆様についてもお伺いしたいのですが、貴社ではどのような社員の方が多いですか。松下様:当社では、部署間を超えて悩んでいる人や困っている人に手を差し伸べてくれる社員がいたり、マネージャー同士が自主的に連携を取って課題やトラブルに対して取り組むなど、他人事だと思わずに会社全体で解決しようと動いてくれる人が多いですね。もちろん、課題解決の際には担当社員を蔑ろにせず、協力しながら解決するというのが大前提にあります。これはやはり理念や価値観が社内に浸透しているからこそ、実現できているのではないかなと思います。この「部署問わず協力する」というのは評価制度の協調性の項目に含まれており、「他部署を超えて問題解決ができる」というのが最高評価となっています。————実際に期待以上の行動をしてくれた社員の方のエピソードはありますか。松下様:だいたい期待通りの行動を行ってくれるので、特別飛び抜けてびっくりしたというエピソードはないですね(笑)「この人はやってくれる」と思った社員は想像通りの行動を起こしてくれるので。久保様:先ほどお話しした勉強会では誰かから指示されたり特定の1人が開催するのではなく、様々な社員が講師を担当しつつ、有志が何人か集まり1時間程度で理念や会計、マーケティングなど自分が学んだことを発信する機会となっています。そのため、代表がその場にいなくてもそれぞれの社員が自ら学ぶ機会を構築する文化が5,6年かけて培われてきています。松下様:この勉強会が実施されることで学習基盤の構築に繋がりますし、入社した社員がより業務を理解するきっかけにもなっていますね。また、最近入社後の学びのカリキュラムとして「会計」のカリキュラムを追加しました。「会計」は会社がより成長していくために必要な知識ですし、それを現在実感しています。例えば、ほとんどの企業では、営業担当者は製造原価を知らないまま営業を行っていることが多いと言われています。製造部から「この値段で売って欲しい」と言われて営業担当者は商品を売りますが、多くはその値段から営業担当者が得る利益である粗利を考えることが多いです。一方で、当社は会社全体の会計から自社製造の商品を売った時にどれくらいの利益を会社として得ることができるのかを把握できるようにしています。会計の知識は2年前から発信し、現在は営業担当者だけでなく、総務、経理も含んだ全社員がわかる状態となっており、最低限の決算書が理解できる状態です。そのため、新入社員が入社した際の研修にも「会計」のカリキュラムを受けてもらうようにしていますし、ペーパーテストも活用しながら理解を深めてもらっていますね。この会計知識を身につける重要性に最近気付きました。ほとんどの企業では営業担当は営業の知識、製造担当は製造の知識と特定の分野の知識を教わることはあっても、会計の知識まで教わる機会はないと感じています。しかし、強い組織に成長するには会計知識は重要ですし、この取り組みを始めたことによって数字に強い組織への成長を実感しているので、今後より骨太な組織になっていけると期待しています。事業内容について————現在貴社ではどのような事業に注力して取り組まれていますか。松下様:現在当社で注力して取り組んでいる事業としては、「社内ベンチャー事業」ですね。この事業を通じて、3年前に1社、昨年1社、そして今年1社の計3社を設立しています。世間では「経営者感覚を身につけることが重要」だと言われていますが、経営者感覚を身につけるには会計や理念、ビジネスモデルを考えるためのマーケティングを理解している必要がありますし、マネジメントができる状態であることも必要だと思っています。だからこそ当社ではそれらに注力して取り組んできました。その上で、私が最強の人材育成だと思っているのが起業することです。そのため、社内では「社員が100%会社資本で起業し、当社で働きながらもビジネスモデル1発勝負で稼げるモデルを構築し、第二の給料にしていこう」と発信しています。現在起業した3社は当社のメイン事業である漬物事業とは全く異なる事業を行っています。例えば、昨年設立した企業ではSNSの動画運用事業を行っています。昨今では学生ベンチャーによるSNS動画運用企業が多く設立されているのですが、そういった企業と手を組み、当社が営業を担当し制作を学生ベンチャーに依頼するという事業となっています。当社は社会的信用があるため、銀行などにお客様を紹介してもらうことができます。しかし、学生で社会的信用を得るのは中々難しいですよね。そのため、学生ベンチャーでは制作はできるけど、お客様を得ることが難しいという課題があります。そこで私たちが営業を担当することで安心してお客様にも依頼してもらうことができるというビジネスモデルになっています。社会的信用が当社の武器だからこそできる事業だと感じています。また、今年設立した企業はシステム事業の会社です。この会社は当社の事業に関連したシステムを販売します。当社の事業である漬物は、実は世界で1番種類が多いと言われています。漬物にはキムチ、たくあん、梅干し、酢漬け、浅漬け、古漬けの6大カテゴリーと呼ばれる種類があります。その上、例えば浅漬けの場合はきゅうり、白菜、大根、京菜など使用する野菜が多岐に渡ります。そして、それぞれ袋入りなのかカップ入りなのか、ゆずフレーバーなのかピリ辛フレーバーなのか、など種類ごとにセグメントすると最終的には300セグメントほどになります。さらに、漬物には47都道府県ごとにそれぞれの文化があるため、ご当地の漬物が存在します。それに加え、浅漬けなどは日持ちしないため、全国流通が難しく、大手企業が少ないため、その地域の漬物屋さんがスーパーに商品を供給しています。そのため、漬物は1年で約1万アイテム、3年で約3万アイテム出るとされています。漬物業界が遅れている理由として、このアイテム数が多すぎることで複雑化しているためデータ分析を行うことが難しいという課題がありました。そこで、3万アイテムをそれぞれ1アイテムずつ300セグメントに分類し、システムに落とし込みました。そして、ボタン1つでエリアのシェア率などを表示できる「漬物ビックデータ」を構築しました。このシステムを組合加盟の800社に販売することを目的としたのが、今年設立したシステム事業の会社となっています。社内ベンチャー事業で得た知識は当社に還元しますし、当社で得た知識も社内ベンチャー事業に還元することでお互いが成長していくことができます。また、私自身面白いことが好きなため、サラリーマンとして入社したにも関わらず、社長になることもできるという環境というのも面白いのではないかと感じています。働きながらわくわくできる環境を今後も作っていきたいですね。未来のビジョンについて————最後に、今後新たに取り組みたい事業や会社として挑戦していきたいことはありますか。松下様:現在社内ベンチャー事業に注力している理由にも関係するのですが、漬物業界は約20年前が出荷金額のピークでした。当時の業界では5500億の市場があったのですが、現在は3200億と縮小しています。そんな環境の中でも当社は現在まで売上を右肩上がりで伸ばしてきています。しかし、この先も縮小していく市場の中で生き残った会社の競争が激化していくと考えており、そこで勝ち残ることは容易ではないと感じています。だからこそ、当社では10年後、20年後に向けて人材育成に力を入れながら第2、第3の軸となる事業を作り続けていきたいと思っています。