山仁薬品株式会社様の育成論歴史について————最初に、貴社の歴史や変遷についてお伺いしたいです。弊社は1954年に創業し、2024年で70周年を迎えました。当社はシリカゲルを原料とした医薬品の乾燥剤メーカーで「ドライヤーン」という製品が主力商品となっています。ドライヤーンはシリカゲルを袋に詰めた分包品をはじめとし、独自の技術で固めたタブレットや薄くて嵩張りにくいことが特徴のシートなど様々な種類を販売しています。また、さらなる販路の拡大を狙い、調味料用に特化した乾燥剤である「カタマラーーン」の展開も開始しました。当社では「シリカゲルでは誰にも負けない」という価値観や考え方が浸透しており、名刺には「オール乾燥剤のスペシャリスト」という肩書きが記載されています。当社の歴史ですが、先ほどもお伝えしたように、当社は1954年に私の祖父が創業しました。祖父はかつて塩野義製薬で資材課長として勤めており、シリカゲルという存在を知りました。彼は「日本は高温多湿だからシリカゲルは絶対に売れる」と確信し、西日本での販売権を取得したことが当社が創業するきっかけでした。当時の商品について記した書類があるのですが、当時シリカゲルの小分けや分包は全て手作業で行なっており、布の袋にはかりではかったシリカゲルを入れ、ミシンで口を縫っていたそうです。このように、今では誰もが目にしたことがある乾燥剤をいち早く商品として販売したパイオニアが祖父でした。祖父が作った会社をさらに発展させたのが、二代目を継いだ父です。父は大学の研究員として勤めていたこともあり、商品の開発に注力しました。父の代で分包品だけでなく、タブレットやシートなどの様々な商品を生み出すなど、柔軟な発想で新たな商品を実現させていきました。当時の試作品の1つとして活性炭が入った足指用のドライヤーンがあり、私が大学生の頃に父から「試してみて欲しい」と言われて使用してみたのですが、その結果活性炭で足が真っ黒になったという経験もありました(笑)結果として商品化には至りませんでしたが、ユニークな商品を生み出すアイデアマンでしたね。そして、現在三代目として当社を継いだのが私です。現在乾燥剤という市場は縮小の一途を辿っていると言われているのですが、私はこの市場で活路を見出すためにクライアントを絞り込むことにしました。そのターゲットが医薬品メーカーです。急な方針転換ということもあり、戸惑う社員ももちろんいました。ただ、働く人たちは変化することに対して怖いと感じる人が多いと思うのですが、経営者は変化しないことに対して怖いと感じると私は思っています。このギャップをどう埋めていくかが今後の会社のさらなる発展の1つとして重要な課題でもありますね。育成論について————ありがとうございます。現在貴社では人材育成についてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。元々、当社の価値観として「会社は小さいけれどせっかくうちに来てくれた従業員にも希望のある会社にしよう!」という思いがあり、これを先代もずっと大切にしていました。創業者も、創業当時は近所の女工さんに協力してもらいながら家族ぐるみで仕事をすることが多かったそうです。昔から人に非常に恵まれた環境があったからこそ、社員を大事にしようという経営方針を掲げています。先ほど歴史の中でお話ししたように、創業者はオンリーワンの戦略、2代目はシリカゲル乾燥剤に特化して商品展開を行う商品軸の戦略、そして私が代表に就任してからは顧客軸の戦略として医薬品メーカーが欲しいと思っている乾燥剤全般を提供する方針に転換しました。このように戦略を変化させることによって製品やお客様も変化するのですが、世の中の流れが早くなるにつれ、戦略自体も少しずつ短いスパンで変化させていく必要が生まれてきました。この歴史をみていると、オンリーワンの戦略も従業員にオンリーワンという自負があり、また当社は高級シリカゲルという商品展開を行なっていたので、それに対しても国産品のシリカゲルのみを使用するなど自負がありました。私の戦略に変化してからも、「小さい会社でもお客様は一流企業ばかり」ということでそこに対しても従業員は自負があります。製薬企業をターゲットにすることで1番重要視している「品質」に対する従業員教育をより効果的に実施することができると考えております。その結果、従来まではクレームを年間30-40件ほどいただくこともありましたが、昨年ではクレームは1件のみと大きく減少させることができました。また、クレームをいただいた際にも設備投資や従業員教育を行うことで、従業員の視座も高くなり、背筋も伸びるなどの効果を得ることができると考えております。新たに入社してくる社員の中には、もちろんすぐに離職してしまう人もいますが、その一方で当社に必死についていこうと努力してくれる人もいます。当社の人財育成は会社の戦略を従業員教育に落とし込むようにしており、理念経営をメインで行なっております。先代が平成4年に最初の社是・社訓のような教訓書を作成し、その後少しずつ内容も変化してきました。その後、私が代表となってからの15年の間に、最初に作っていた理念である「乾燥剤関連事業を通してすべての品質を保証するオンリーワン企業を目指す」というものから「医薬品の安定品質をサポートし、命と健康を願うすべての人々に安心を与える」という理念に変更しました。そして、今回70周年を迎えたタイミングで「斬新なアイデアと意志ある実行力で世の中の「不」を「快」にする」という新たな理念を掲げました。これはトップダウン式の組織ではなく、従業員1人1人が意志を持ち実行することで、自分たちが働く中で世の中の「不」を「快」にする商品やお客様の課題など、世の中のニーズを解決するという事業ドメインに変化させていくという思いが込められています。このような理念が戦略になり、従業員教育に繋がっていくと私は考えております。そのために、私が実際に取り入れて効果が高いと実感している取り組みが3つあるのですが、その中でも特に効果が1番高いと感じていることはやはり理念経営ですね。理念経営を行うことで従業員教育だけでなく、社風の構築にも繋がりますし、当社がこの先何のために、どこへ向かっていくのかの理解、そして商品やアイデアを生み出す際に理念の範囲内で行なっているのか、理念の範囲外のものなのか、という判断基準にもなります。だからこそ、理念経営をすることこそが、人財育成に繋がると考えています。2つ目は社員との面談です。面談は心理的安全性の確保を構築するという意味でも従業員との距離を近づけやすくなります。当社では、私が全社員の面談を実施しています。当社の課題の1つとしては幹部が育ちきっていないというものがあります。これは企業規模が小さいこともあり、幹部が私と社員の間に介入する機会があまりなく、社長直結ということが多いというのが理由の1つです。ただ、ボトムアップを行うためにはこの面談を実施することは非常に効果的だと考えています。面談を実施する際には、社員と私が向かい合わせではなく、隣同士に座り、パソコンで議事録をとりながら振り返りを行います。コーチングを交えながら面談を行うのですが、解決方法はその社員の中にしかないと思っているため、私が「こうしたらいい」という話はほとんどしません。その代わり、社員1人1人の解釈の方向を変化させるようにしています。当社では20代の社員が多いこともあり、対人関係のトラブルが多々発生します。その際に、どっちが悪いという話をするのではなく、その社員がどうして相手の言葉をそのように捉えたのか、という心理学の側面から潜在意識、物事の捉え方や解釈の仕方という順で紐解いていくことで、「あなたには相手の言葉をこのように受け取る傾向がある」という自己理解に繋げます。そして、3つ目は採用です。以前採用面接の際に、アルバイト希望で応募してきた方が居たのですが、「なぜ契約社員や正社員ではなくアルバイトを希望するのか」と尋ねたところ、「子供が小さいため体調を崩しやすく休まざるを得ないことが多いからやりたいが遠慮してしまう気持ちが強い」と言われたことがありました。ですが、当社ではこの4年間で延べ10人以上の社員が出産や育児休暇を取得しており、中には子供が熱を出して有給を使用している正社員もいます。自分自身が困る経験は意外とみなさんも抱えている問題であることもあります。自分も同じようにどうしても休まなくてはいけないといった経験があれば、他の社員が休む際にも気持ちを理解することができますよね。そのため、「社員だから休みづらい、パートだから休みやすい」という価値観が広がることは当社では望んでいないことなので、製造業でも全員正社員での採用を行なっています。こういった小さな積み重ねが意識の教育に繋がっていると思っています。————現在の人材育成へのお取り組みや社内文化の形成、価値観の浸透に至るまで、様々な変遷があったのではないかなと思うのですが、いかがでしょうか。実は、私がこの会社に入社した15年前は挨拶やパソコンがない組織でした。特に挨拶においては、「おはようございます」や「いってきます」と言っても誰も返事を返してくれないような状態でした。また、当社が提供している錠剤の乾燥剤はオンリーワン商品ということもあり、先代は「営業に行くな」という方針を打ち出しており、積極的に営業する者はいませんでした。そのため、商品が欲しいと思っているお客さんから電話をもらい、販売していました。さらに、先代の採用方法も偏りがあり、独身者が重宝される傾向にありました。そのような環境に私が飛び込んでまず何から手をつけようか考えた結果、挨拶から徹底するようにしました。そして、営業計画を立てて提案営業も行うようにしました。その結果、「クレームが多い」という声が社内で上がったのですが、従来は営業をしなかったため、どこへクレームを伝えるべきかわからなかったことが、当社が営業するようになったことでクレームを伝える先がわかるようになっただけでした。当時はクレームが発生してから3ヶ月改善報告が出てこないということもあり、苦情報告書と改善報告書の迅速化を図り、今では1週間以内には対応完了するに至っています。特に私は製薬会社で働いていた経験もあるため、3ヶ月改善報告が出てこないのはあまりにも遅すぎると感じていました。また、製薬会社の営業部署でもあったため、出社の際や営業先に向かう際、帰社した際には周囲から挨拶が返ってくるのが当たり前だったのですが、当社は気付いたら社員が帰っていたり不在だったという状況が当たり前になっていたため、周りへの関心が著しく低くなっていました。その他、3SK活動(整理・整頓・清掃・危機管理)にも注力しました。当時は工具の管理をしようとなった際に、発泡スチロールに穴を開けて工具を管理をするため、現場に道具を持ち込んだ際に発泡スチロールの粉がついてしまうということを、誰も問題になると考えることができていませんでした。これは、元々社内で3SKの価値観が全くないため、誰からも教えてもらう機会がなく、パソコンを使う機会がないことでインターネットで調べる機会もなかったからです。まさしくこれが中小企業の課題だと思い、大企業のような会社規模は真似できなくても、社員教育は劣らないものを実施できるようにと考えました。だからこそ、当社は社員教育に注力し続けています。研修も外部研修を導入しており、その際もなるべく質の高い研修を探し、私自身がまず受講してみるようにしています。他にも、工場の経費削減を実施したり社員と理念の策定も行なっております。経営計画を策定する際にも40枚ほどの資料で5年先の計画を立てたり、マーケティングやコーチングを実施したりもしています。これらを実現するためには、不採算事業を廃止したり、カンボジアへ進出したり、毎年の設備投資などを行なってきました。この設備投資に関しても、創業時から現在までの「認証系」、「設備投資系」、「新製品系」とカテゴリーを区別したリストを作成して確認したのですが、1900年代から2000年にかけてはどのカテゴリーも多く実施していました。その一方で、私が代表に就任した2010年以降はほぼ設備投資系が多くなっており、新製品の開発が減っていることがわかりました。これは、1代目、2代目の頃は設備投資をあまりせず、機械が壊れるまで使ってきていたことが要因です。この方針が先代までと私の取り組みの大きな違いとなっています。そして、約3年前から生産管理システムのDX化に取り組んでいます。この会議に私も参加するのですが、議論にはほぼ参加せず、業務フローの洗い出しからマスター登録、どの企業のツールを導入するかなど全て社員が考えて進めています。また、とある社員がメンタルを崩してしまった際「働くことがしんどい」と相談を受けたため、何がしんどいと感じているのかを全て言語化していきました。その結果、様々な課題が山積みとなり組み合わさることでしんどいと感じる理由に結びついていることが判明したのですが、その中で1つだけ解決の優先順位が高いものがある、という結論に至りました。このように、その場で社員の気持ちを楽にするということも重要視しており、この時は「TOC」という教育現場でよく使われる理論を活用し、コーチングを交えながら解釈を進めていきました。私自身仕組み化することが非常に苦手ではあるのですが、理念経営と戦略を考え、それを一気通貫して実行することや様々な分野の勉強会を実施することで、日々の業務の中に伝えたいことや価値観を浸透させています。今後はまだ課題となっている幹部社員の育成を行いながらどのように組織を運営していくのかという部分に取り組んでいきたいと考えています。————現在の組織に至るまで多くの苦労があったと思うのですが、なぜ関谷さまはここまでやりきれたのか、その熱量はどこからきているのでしょうか。やりきれた理由としては3つあります。1つ目は、前職の製薬会社を辞めたくなかったと言うことがあります。当時父から会社を継いで欲しいと言われた際も実は1度断っています。しかし、母から「お父さんの代わりはあなたしかいない」と言われ、3年ほど待ってもらい会社を継ぎました。その時、辞めたくない会社を辞めざるを得ないのであれば、社員にも同じように「辞めたくない」と思ってもらえるような組織作りをしたいと思いました。この当時の決意が1番大きいですね。2つ目は、過去に自殺未遂をした経験です。その時に「死ねなかったと言うことはまだやり残していることがあるんだ」と思いました。だからこそ、残された時間はやりたいことに対して、徹底的に没頭しようと決めました。3つ目は、父と一緒に仕事をした経験がないからです。これは周囲の人から言われた言葉でした。当社に入社した際にはすぐに社長に就任したため、父と働く機会はありませんでした。だからこそ、どうやるべきかを聞いたり、取り組みに対して先代の顔色を伺う必要がなかったため、やりたいことを実行し切れていますね。社員の皆様について————ここまでお話をお伺いして、会社として素敵な変化をされていると感じました!現在貴社で働いている社員の皆様の成長が感じられるエピソードがあれば教えてください。先ほどもお話しした、DX化にあたり生産管理システムを導入する際に私が議論にはほぼ参加せず、社員が主導して進めていることですね。私自身も全ての答えを持って進めているわけではなく、きっと社員もそれを理解してくれていると思うのですが、だからこそ社員が自分たちで調べて考え、専門的な領域に関しては詳しい人に話を聞いたりと主体的に動いてくれています。システム会社側も最終的には内製化できることが目的なので、そこに向けて進めてくれます。このフラストレーションの間で進めてくれているので、非常に大変そうではあるのですが、私も全てを把握しているわけではないのでサポートし切れない部分もあります。だからこそこの環境で私や幹部陣に頼らず、自分たちでやらなくてはという意志を持った若手社員が多く育ち始めていますね。未来のビジョンについて————最後に、今後注力していこうと考えている事業や取り組んでいこうと考えていることはありますか。まずは、現在BtoBからBtoCに転換していくための戦略を立てているので、ビジョンである「ドライヤーンが乾燥剤の代名詞になる」ということを実現していきたいと思っています。そのためにBtoCの戦略を組んでいるのですが、市場を見渡す限り乾燥剤としてドライヤーンが置かれている状態になれば代名詞になるだけでなく、当社で働く社員の喜びに繋がります。そして、当社で働いていることを誇りに感じ、業務に対しての使命感を得られ、さらなる従業員教育に繋がっていくと思っています。また、長期的な取り組みとしては、当社の理念である「世の中の「不」を「快」にする」を実現するために、事業の側面だけでなく例えば企業内託児所を設けたいと考えています。これは以前から考えていた取り組みなのですが、現在育児休暇や産前産後休暇を取る社員が多く、今後も増えていくと感じているので、今よりも働きやすさを実現できるように社内に託児所を設けたいと思っています。この取り組みによって、育児休暇などによる生産性の低下も防ぐことに繋がるのではないでしょうか。この実現に向けて、昨年保育士の免許も取得したのですが、今後いかに企業内託児所を設けるアクションに繋げ、性別関係なく子供が生まれたら会社に連れてこられるような環境を生み出せるかが重要ですね。社員の家庭ごと会社が面倒見れるような組織作りをしていきたいです。こういった取り組みも最終的には「世の中の「不」を「快」にする」というビジネスに繋がっていくのではないかと考えています。理念を刷新したことにより、事業ドメインの幅も非常に広くなったため、これをきっかけに今後も新商品や新サービスに繋げていきたいですね。