八千代エンジニヤリング株式会社様の育成論育成論について————最初に、現在貴社で実施されているデジタルリスキリングについてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。片山様:このデジタルリスキリングの取り組みは、世の中が急激な変化をしていく中で私たちも変化する必要があると感じたことや、当社が3年ほど前から始めたDXを推進していく中で、私たち自身が変革意識を持たないことには会社の成長につながらないと実感したことも背景にあります。このことについては経営層も同じ考えでした。そこで取り組みを行う前に、まずは全体の実施計画を策定しました。その中で狙いや目指す理想の状況を示したうえで、目指す理想の状況に近づけるようなデジタルリスキリングを実施するという流れで取り組みを行っています。2024年4月にデジタルリスキリング・プログラムはスタートしましたが、現在行っているリスキリングの内容としては、デジタルリテラシーの底上げを主軸としています。会社全体としてデジタルリテラシーの基盤ができないことには、次のステップに進めないと思っています。当社は建設コンサルタントを主たる事業としています。具体的には官公庁などから業務を委託して社会インフラ整備を行う会社です。調査・計画・設計・施工管理・維持管理など、施工以外のフィールドが対象となります。社員の多くが計画や設計・調査・分析を得意とする、いわゆる技術集団の集まりですので、WordやExcelなど基本的なビジネスツールを使用できる人がほとんどです。それに加えて、今の世の中で問われている課題を背景に、どのようなスキルが必要なのかということ踏まえて、それを解決に導くデジタルスキルを身につけてもらうことを目指しています。プログラムを提供するだけでは、社員がどのくらいのレベルのスキルを有しているかが把握できません。そこで、アセスメントを実施し、全社として定量的に社員スキルレベルを確認する計画です。中田様:既にCIMを活用した3Dモデルの作成や、Pythonなどを活用した数値計算やAI開発など高いスキルを持った社員はいます。このような高いスキルを持った社員に解析や開発などの負担が集中してしまいがちです。「あの人が異動したから、今までできていた仕事ができない/回らない」という話は企業問わずよく聞く話ですが、そのような状況が発生しないように、高いデジタルスキルを持つ人財が社内で育つ環境を整えることが必要です。デジタルスキルが底上げされることにより、デジタルを使った業務の効率化のアイデアや、イノベーションを伴うアイデアが生まれやすくなると考えます。私たち建設コンサルタントが担う社会課題解決においても、人の流れや衛星データ、気候変動に関わるデータを活用しますが、これまでとは桁違いに膨大になっています。適切にそして高速に処理して対応策を見いだす必要がありますので、新しいデジタル技術を抵抗感無く取り組めるデジタルリテラシーやスキルを向上しつつ、併せてビジネス推進スキルも向上することで、デジタルを活用した課題解決スキルを持った社員を増加させていく、という狙いがあります。デジタルリスキリング計画においては、憧れるような存在であるロールモデルや先駆者である社員を応援し、自立的に追随者が増えていくような流れを作っていきたいです。————デジタルリスキリング・プログラムを導入する際にお2人が工夫された点はありますか。中田様:当社のデジタルリスキリング・プログラムの特徴は2つあります。ひとつは、デジタルスキルのみを学ぶということではなく、当社の目指す理想の状況に近づけるため、デジタルスキルとビジネス推進スキルの2軸での学びの機会を提供するということ。もうひとつは当社内のデジタルスキルのレベルを当社独自の観点で定めたことにあります。レベルは1から4まであり、それぞれのレベルを達成した社員には次のレベルのコンテンツを提供していくという仕組みです。まずは2025年6月までに全社員がレベル2に達成することを目標としています。目標の達成度を明確にするため、国家試験であるITパスポートに着目しました。ITパスポートは、社会人として具備すべきデジタルスキルが定義付けられており、技術系社員、事務系社員を区別せず、全社員が達成すべき目標として適切であると考えました。最近は、さまざまな企業でITパスポートを受験することを促していることも多いですよね。そのような背景も影響しているかもしれませんが、ちょうどそのタイミングで「デジタルスキル標準」のシラバスを軸にデジタルスキルをチェックができるサービスが出てきたので、それを活用することにしました。片山様:4月下旬より社員全体の状態を把握するための学習前のアセスメントを実施しました。アセスメントの進捗状況は常時モニタリングし、社内でも公表しています。社内での受講状況や正答率を部署ごとに見える化をしています。自分の部署がどれくらいの実施率や正当率なのかを把握でき、受講者が社内や部所でのポジションを知ることができるので、意識向上のきっかけになっていると思います。中田様:実施計画の立案時には、各役職者の役割も定めました。例えば、マネージャー層に対しては、本人もリスキリングに取り組むことはもちろんのこと、部下の勉強時間確保など、環境を整えることも役割のひとつとしました。受講しやすい環境づくりを率先してマネージャーに担っていただくことで、若手も取り組みやすくなることを期待しています。————今回のリスキリング・プログラムを開始される前には同様のプログラムはあったのでしょうか。中田様:階層別研修をはじめとした役職ごとに業務執行に必要となる知識を習得する研修はありました。また、技術面においても、ナレッジ共有に関わる研修や各技術グループが主催するそれぞれの技術分野に応じた研修があります。ただ、全社統一的にスキルを見直すためのリスキリング・プログラムは設けてはいませんでした。それぞれの技術分野でのスキルを深掘ることはあったのですが、あらためて他の視点で学習するという取り組みは今回が初めてです。————実際に1回目のアセスメントを実施してみて、どのような反応や反響がありましたか。中田様:1回目のアセスメントは、本日時点で(2024年5月20日現在)95%と、ほとんどの社員が完了しています。結果は達成目標としている正答率70%を中心に達成している社員、達成しなかった社員が6:4程度で分布しています。実施後に寄せられた意見としては、一般的な知識の領域として勉強するきっかけを提供してもらってうれしいという肯定的な考えと、業務にどう役に立つかわからないという否定的な意見の半々という印象です。デジタル・データ活用は学校の授業にも組み込まれているもので、社会人も知らないといけない一般常識ですので、実際にテストを受講した社員からは「勉強しないといけないことが分かった」などという声もあります。どうしてもスキル習得に時間が割かれますが、社会課題が複雑化し、多面的な視点での課題解決が求められている中では、自分の専門領域以外にも知見の幅を広げるのも重要と考えています。1回目のアセスメントを実施したばかりですが、今回のテストは今まであまり触れる機会のなかった領域を勉強するきっかけにもなっていると感じています。そもそも当社の社員は非常に勤勉だと感じています。専門技術領域の深堀りには労力を惜しまない方が多い印象ですので、デジタル面においても必要と認識してもらえれば、ご自身で学習していただける方も増えると考えています。今度はもっと深く専門的なデジタル活用を学ぶ機会を提供していきますが、それと並行して実務の中に落とし込むためのさまざまなプロブラムが必要です。デジタルスキルと言っても実務に反映するシチュエーションは多種多様なため、基本的で汎用的なものから、応用かつひとつのデジタル分野に深化するものまで、業務や課題解決領域によって一人一人得たいスキルが異なると考えるからです。そのため、どのようなスキルを得たいのか社員の皆さんとキャッチボールしながら、座学だけではなく、実践的なプログラムも併せながら提供をする予定です。————デジタルリスキリングに取り組むことで会社としても社員としてもいろんな可能性があると思うのですが、最終的なプロジェクトのゴールとしてはどのようなものを設定されていますか。片山様:このプロジェクトにゴールはないと思っており、試行錯誤しながら、継続して実施していくものと考えています。例えば、5年後には今のリスキリング内容は古くなっているかもしれませんので、常にアップデートする必要があります。冒頭でも話したデジタルリスキリングにおいての目指す理想の状況は「リスキリングによる新たなスキルの習得で、会社のビジネスの展開を後押ししつづけていること」です。デジタルスキルとビジネス推進スキルの両方をリスキリングしつづけることで、顧客に対して付加価値を提供しつづけられ、社員と会社が成長しつづけることができる状態を保つことができます。そういう意味で終わりはないということですね。中田様:付加価値も含め、顧客の期待値を超えたサービスを展開していくということが持続可能な会社であり続けるために必要なことと考えています。デジタルのスキルも新しいものがどんどん出てきます。抵抗感なく新しい挑戦、新しいスキルを活用できる状態であり続けるため、常にスキルはアップデートしていくことが求められると思います。————社員の方々からすると変化を拒まれる部分も多いと思うのですが、今回の取り組みを実施するに当たって社員の方々からの抵抗はあったのでしょうか?片山様:先ほど中田が言ったように、業務にどう役に立つか腑に落ちないため「なぜやるのか」と抵抗がある人も一定数いたと思います。こういった新しい取り組みは「意識変革」が重要です。同じスキルのまま停滞することは、5年後、10年後も同じ仕事しかできないという状態になってしまいますので、異次元のスピードで激変する社会環境・顧客提供価値・競争環境に対応するためには、個々がリスキリング、クロススキリング、アップスキリングをしていく必要があります。そういった成長に対する意識を社員全体で持つことが大切です。このタイミングで私たちが前に一歩踏み出して「リスキリングをやろう」と行動していくことも、会社としての成長を考えた行動です。中田様:実際に私たちが携わっている社会インフラ整備でも、計画や設計を行うにあたって、気象や人流、交通量などの基礎データを分析することは必須です。昨今、これらの基礎データが加速度的に増加しています。そのため従来のようにExcelでひとつひとつ処理するには限りある人的リソースの中では限界があります。しかし、データがあるのに使えない/使わないことは、サービスの質を落とすことにも繋がります。私たちが提供するデジタルリスキリングが、そういった課題の解決の一助になるプロジェクトになると信じていますし、生産性向上に寄与すると考えています。文化について————お話をお伺いする中で学ぶことに対して周囲がバックアップする価値観があったのかなと感じたのですが、実際にはどのような文化があるのでしょうか。中田様:官公庁から発注される案件では技術士という資格が求められます。つまり、技術士がなければ案件のプロジェクトのリーダーになることが難しいと言わざるを得ません。技術士は国家資格かつ取得難易度も高い資格です。少なくとも4年から7年の実務経験が必要で、さらに1次試験が合格率30~50%弱、2次試験が合格率11%前後ということから、通常の業務の中で研鑽を積むことに加えて、日頃から勉強することが必要です。また、技術士の資格を取得した後も資格を保持していくため、継続的に技術を研鑽することが求められ、年間で一定のポイントを確保することが参加の要件にもなっていることもあります。当社は継続的に技術士取得を現場から私達のようなバックオフィスから一丸となって支援しています。そして、習得した技術を社会に還元するという視点から論文の執筆も推奨しています。さらに、専門性の高い仕事ゆえに学術的な知見を常に収集することも重要です。学会活動など、も推奨しており、学会に参加するため数日出張で不在といったことも社内ではよくあります。そういった背景もありますので、資格取得の講習や勉強会に参加するという文化は既に浸透していると考えます。片山様:業務の中ではデータを活用して分析することを行政側からも求められますし、自ら勉強して対応される方も多くいます。知識やスキルなどが日々アップデートすることが求められる事業を主体としていますので、社員のみなさんにはその中にデジタルが追加されたという感覚を持ってもらうと抵抗がないかもしれませんね。また、当社は社内コミュニケーションツールとしてSlackを導入していて、デジタルリスキリングのチャンネルも開設しています。そこでは「今後はどうしていくのか?」や「レベル3のコンテンツはいつ実施するのか?」といった前向きな意見をもらう機会も多いです。そして、コンテンツ内容についての改善要望などの具体的な意見を積極的に出してくれている方もいます。そのような人たちも巻き込んで推進していけたらいいですね。中田様:私たちはお客さまに対して新しいサービスや付加価値を常に提供していかなければいけません。そうでなければ、他社との競争に負けてしまいます。だからこそ、普段から新しい情報や技術を吸収し、実績を積み上げていく必要があります。社員のみなさんも「せっかくやるなら良いコンテンツを提供して欲しい」と考えていると思います。それに応えるプレッシャーの方は大きいです。未来のビジョンについて————片山様と中田様それぞれが今後取り組んでいきたいことや注力したいと考えていることがあればお伺いしたいです。片山様:デジタルはあくまで課題解決のためのツールです。デジタルリスキリング・プログラムの方針として先ほど話しましたが、ビジネス推進スキルとしてデジタルを活用するためのスキル向上のためのコンテンツを提供していきたいと考えています。デジタルスキルとビジネス推進スキルをうまく融合させた育成コンテンツを構築することは難しいですが、探りながら検討していきたいです。 中田様:職人気質の人が多いので、それぞれが自分の中に技術やスキル、知識と言った武器を磨いて持っていますが、それを発信する機会が少ないと思います。だからこそ、デジタルリスキリングを通じてそれぞれが学習したことを共有してさらに発展させていく「自走するサイクル」を生み出していくことが必要です。全員がスキルを共有しながら互いにスキルアップしていく状態を、もっと作り出していきたいです。