株式会社アイダ設計様の育成論育成論について————最初に、現在人材育成についてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。新垣様:私が在籍している人材育成課が発足して3年目なのですが、この部署ができる前から大工さんの育成を行っていました。しかし、当時の育成内容としては、他の部署と合同で研修を行い、当社の請負を行っている大工さんの方から直接現場で技術を教わるOJTのような取り組みを行っていたり、当社の社員であり大工さんの経験がある方に育成を依頼したりすることがメインでした。そのため、当時は職人としてのスキルはある程度身につけることができたと思うのですが、一般的な社員とは異なり大工さんは家と現場の往復がメインとなってしまうため、会社員として必要な一般教養があまり身に付かなかったと感じています。また、私たちも当時はその重要性を上手く伝えられていませんでした。その結果、様々な試行錯誤を重ね、入社1年目、入社2-4年目、入社5年目、入社6年目以降とそれぞれのステップに合わせた人材育成の取り組みを開始しました。まず1年目は、当社での合同研修を終えた後、茨城県の事務所に大工メンバーを集め、職業柄高所作業や危険な道具・作業が多いため、当社のルールだけでなく現場での安全ルール、そして一般教養といった幅広い研修を実施しています。その研修以外にも実際の現場で経験を積んでもらっています。今年の研修は、1年目の新人社員と親方教員5名で社宅アパートの建築を行う機会もあります。1年目の合同研修は茨城県の事務所と現場で人材育成を行います。現場での作業がメインになりますが、一年目の研修の1番のねらいは合同研修を通じて「皆さんはアイダ設計の社員です」という認識を持ってもらうことですね。また、いきなり現場での作業を行ってしまうと、安全面などの育成が中々上手く伝達できないことが多いため、基本的な育成に関しては社員の中で伝達することがベストなのかなと思っています。安全面の育成は研修中や会議などで過去に起きた事例や原因を共有し、都度安全に関する育成を行っています。————実際に貴社の新たな人材育成の取り組みを開始されてどれくらいになるのでしょうか。新垣様:部署を立ち上げて3年目ですが、実際は2015年から開始しています。部署を立ち上げる以前はすぐに現場で作業してもらうのではなく、現場監督の補佐という形で監督に同行する中で住宅づくりの流れを覚えてもらっていました。また、研修中は社内の流れを覚える為にも社内処理や提出物は全てパソコンで行うようにしています。昨今ではどのような仕事でもパソコンのスキルが必要になることもありますし、仮に大工さん以外の職に転職する際にも身につけておいて損はないので、1年目の研修カリキュラムの中で実施しています。実際は、1年目の研修終了後は現場と家の往復が多くなるため、パソコンを使用する機会が減るのですが、この研修を始めてからは社員1人に1台パソコンを支給するようになりましたね。今日インタビューに参加してくれている中谷君が入社した際にはそのような取り組みがまだ実施されていなかったので、そういった社員は共有のパソコンを使用しています。————ぜひ中谷様にもお話をお伺いしたいのですが、中谷様が新人で入社した頃と現在では環境の差は大きいと感じられる部分はありますか。中谷様:そうですね、全く異なると感じます。私が入社した際には、すぐに現場に出て親方の元で技術を学んでいたのですが、今はある程度研修を通じて知識を身につけた上で親方の元で学ぶという形になっています。実際に研修を受けているメンバーがどう感じているのかはわからないのですが、私は良し悪しがそれぞれあるのかなと感じています。現場では親方によってやり方が異なることが多く、研修で学んだやり方が絶対ではないため、臨機応変に対応できるスタンスを作ることが大変ですね。————この取り組みを始める前と後で社員の方の変化はありましたか。新垣様:正直、この取り組みが上手くいっているのかどうかはまだ3シーズン目という、経過地点でもあるため判断し切れないですね。中谷君を含め、入社してから7,8年目になる社員は今後も大工を続けていきたいという意志が強く、中には同じような考え方を持っている社員ももちろんいますが、この制度を始めてから入社した新入社員たちは環境も異なり、制度も変化してきたタイミングでもあるため、取り組みの良さもそうですが、改善していこうという点も多く見つかっています。中谷君たちが入社したタイミングでこの取り組みを実施できていたらまた今とは違った変化があったのではないかと思いますね。————今まで様々なお取り組みをされてきたと思うのですが、育成する中で気をつけていることはありますか。新垣様:座学の中では、やっていいこととダメなことを説明する際に、配慮することは意識していますね。以前は実際にあった事例を出して説明したり、時にはきつい言い方や名指しでの注意などをすることもありました。しかし、近年ではそういった言い方をするのが非常に難しい時代になってきていますよね。それに伴い、教え方も変化させて行っているのですが、教え方や言葉の選び方、表現の仕方はもちろんですが、「伝えたいこと」がちゃんと理解してもらえるように今まで以上に考えなければと感じています。ただ、どうしても現場では危険な作業が多いため、時には大きな声で注意する機会が発生します。仕事柄、場合によっては大きな怪我に繋がってしまうこともありますので、手遅れにならないために時には強く注意することで、本人たちに危機意識をしっかり持ってもらうねらいもあります。このバランスが非常に難しいですね。また、研修中にも道具を使用する機会があるのですが、伝えたい要点をまとめて順序立てて説明することにもポイントがあります。大工さんは現場で体を動かすことが多く、MTGなど長時間座って話を聞くということは普段少ないので、端的にまとめつつ、伝わりやすい内容であることが重要だと感じています。中谷君は新卒で入社して昨年の夏から新入社員の育成を担当しているので苦労している部分もあるのではないでしょうか。中谷様:私の場合は現場の中で作業をしながら、間違っていた場合はその場で指摘する機会が多いこともあり、作業に一通り付き添うことができるため、座学のみと比べると比較的育成はしやすい環境なのかなと感じています。仕事ができるようになればその後は「この仕事をして欲しい」と作業を依頼し、並行して私も別の作業に取り組むことができるようになっていくので新垣さんの育成環境は本当に難しいと思います。その一方で、先ほど新垣さんもお話ししていたように、言葉の選び方や表現の仕方は、私も同様に意識しています。私ができることを教えるということもあり、ついつい要点だけをまとめて教えてしまうことがあるのですが、時にはこの要点だけでは受け取り手はわからないこともあり、作業が止まってしまうことで苦労することもありました。最初は「どうして伝わらないんだろう」と悩むこともありましたが、今は一度自分の中で噛み砕いてさらに細かく教えるようにしています。どうしても教える際に時間がかかってしまう部分もあり、まだまだ難しいなと感じる部分でもありますね。私自身教えることが初めての経験なので、「こんなにも大変なのか」と日々痛感しています。————教える側になって初めて見えたものはありましたか。中谷様:私が教わっていた頃は親方に対して「できているんだからそんなに強く言わなくても」と思っていたこともあったのですが、教える側になってからは危険な行動を見た際などはどうしても強く言いがちになってしまいますね。そういった経験が増えてきたこともあり、状況によっては現場で強い言葉が出てしまうのも仕方がない側面もあるのかなと感じるようになりました。他にも親方になってみないとわからないこともまだまだ多くあると思うので、教える側を経験してみてよかったなと思います。現場では研修などで教わったこと以外の作業が発生することもあり、1人で作業をするようになってからは教わっているはずなのにできないということも多々ありました。ただ、そういった時こそ「どうやればできるのか」という基本に立ち返り、自分で考えて経験として積み重ねることでさらにできることが増えていきます。今の研修はそんな自分で考えるきっかけにもなっていると思うので、できないことをできるようにすることの大切さも伝えていきたいです。大工職は独り立ちしてからも学ぶことが多く、日々勉強だなと感じています。————今後取り組みとしてやっていきたいと考えていることはありますか。新垣様:実は、3,4年前までは中谷君より上の世代の大工さんがほぼいない状況でした。中谷君の世代も中谷君含めて2人、1つ上の先輩も1人しか居ませんでした。昔は多い時で5,6人、大体各世代に3人ほどは居たのですが、現在のように明確な人材育成の取り組みがなかったことも要因の1つだったと思います。そのため、今後まず最優先に取り組んでいきたいことは、現在の人材育成の取り組みで、独り立ちできるメンバーとコーチングできるメンバーをそれぞれ増やしていくことですね。こういった人材育成の課題は当社だけでなく、業界全体の課題でもあります。そもそも、大工さんの人口も減少しており、約30万人ほどしかいないと言われている状況です。当社でも65〜75歳の方が現役の大工さんとしてまだまだ活躍している状況ですが、引退の時期も考えると新しい担い手を増やすことがとても重要であると考えています。だからこそ、今後会社としてもより成長していくためには、社員の大工さんに長く働いてもらえる制度や仕組みを充実させ、独り立ちまたはコーチングできる人を1人でも多く生み出していくことが目標です。価値観や文化について————研修を実施される際には貴社の文化の浸透など、様々な狙いもあったと思うのですが、実際に研修を実施してからの現場はどう変化しましたか。新垣様:この研修を実施していることが現場にも広まりつつあり、当社の2年目から4年目までの社員育成を昔から付き合いのある大工の方に依頼することも多くありました。その結果、当社がこういった育成に注力しているという認知度が向上したのではないかと感じています。親方からは、社員の大工見習いを育成しながら仕事をすることで体の負担は軽減されたと言われましたね。親方大工さんは30代から60代まで様々な層の方に依頼するのですが、年齢関係なく教える側は教える側で大変なことが多くあります(笑)人によっては最初の半年は特に何から教えていくべきなのかを悩む人もいます。また、当社の事務所でも研修を実施するとお話ししましたが、教員親方が5人ほど同時に教える為、全員が同じ水準で理解したかどうかを判断することが非常に難しく、現場に出てみないと本当に理解できているのか確認しなければなりません。コーチングをお願いする親方からも当初は当社の研修に対して賛否がありましたが、研修の1番の狙いである当社の社員としてのスタンスを浸透させることと安全面のレクチャーは達成できているのではないかと感じています。その一方で、技術面だけは研修でやりすぎてしまうと癖がついてしまい親方から育成をしてもらう際の弊害になってしまうこともあるため、あまり研修では技術面のコンテンツをやらないで欲しいと要望をいただくことはあり、バランスよくしていくことをまた新たに考えていますね。そこが育成を親方にバトンタッチする際の課題でもあるのかなと思います。————会社の理念や価値観は品質にも良い影響を及ぼすのではないかと思うのですが、それを実感した経験はありますか。中谷様:私は最初から大工職をやっていたわけではなく、入社した際は1年半ほど現場監督をしていました。現場監督をしている際にはお客様とコミュニケーションを取る機会が多く、この経験があったからこそ、大工を始めた時にもお客様がいることを意識しており、仕上がりは綺麗に丁寧にする必要があると感じています。一方で、今の新入社員の研修はお客様とコミュニケーションを取る機会があまりないのかなと感じており、仕上がりに対する意識を持たせてあげる機会は作れないかと考えています。新垣様:確かに、私も様々なお客様とコミュニケーションを取る機会があったのでその経験があるかないかという差は大きいのかなと改めて感じましたね。やはり仕上がりに対する意識が高く、結果として高い品質を生み出せるメンバーは現場からも重宝され、大きな仕事が回ってくる機会も多くあります。中谷君のような価値観が今後もっと社内に浸透していくと、更に社員1人1人のスタンスも良い方向へ変化していくと考えています。現在はコーチングの質にも注力しており、品質へのこだわりを強く持った方が今後コーチングを担当されるため、より改善されていく見通しです。これをきっかけに少しでも多くの社員に価値観が浸透していくことを期待しています。社員の皆様について————貴社で働く社員の皆様についてもお伺いしたいのですが、実際に活躍されている方の共通点やエピソードはありますか。新垣様:親方からの話や現場での取り組み方、本人からの報告などを見たり聞いたりしていると、成長しているメンバーは常に仕事の話をしているか、淡々と作業に取り組んでいるかのどちらかが多いと感じています。大工の仕事は他の仕事とは異なり、自分で体を動かして作業を進めることですべての仕事が前進するため、体が最大の資本でもあります。仕事を早く覚えたい、現場に早く出たいという熱意が強い社員の中には、他の人より多く働いて少しでも早く知識を吸収したいという向上心が高い子もいます。こういった価値観を一方的に「時代に合わない」と否定するのではなく、私達も工夫しながら想いに応える機会を提供することで、結果として早い成長に繋がって活躍していますね。中谷君も同じような価値観をずっと持っていて、現在ではとても活躍している社員の1人となっています。先ほどもお話しした品質も大事ですが、いつまでに終わらせるのかという工期の意識を持ち、責任感ややる気があることが大工さんとしては重要な考え方なのかなと思います。今の人材育成を経て成長する子がまた今後も増えてくると更に盛り上がると思いますし、中谷君にとっても刺激を与えてくれるメンバーが増え、競争心などが芽生え更に成長に繋がることを期待しています。————なぜ中谷様はこのような価値観を持って取り組めたのでしょうか。中谷様:私は当初、請負の親方についていたのですが、その方の仕事ぶりはとてもスピーディで工期が非常に早い方でした。早い工期を実現するためには、量をやるしかないという考えを持っていたこともあり、勤務時間内は音の出る作業、それ以外は早く来て音の出ない作業を進めると言ったように作業をやっていらっしゃいました。社員として作業を進めるのであれば勤務時間中しか給料は発生しないのですが、請負の方はやった分だけ給料として還元されます。私もそこを目指しているため、私自身が請負として独り立ちした時にその方のように作業を進められるように今の段階から動いていく意識を持つ必要があると思っているからこそ、この価値観を持って取り組んでいます。————中谷様のような考え方を新人の方に発信していく際には難しい側面もあると思うのですが、こう言った価値観は親方の方から自然と学ぶ機会もあるのでしょうか。新垣様:極力当社と長い付き合いがあり品質にこだわりがある親方に預けるようにしています。しかし、全員が中谷君のような考え方を持つとは限らず、親方だけでなく本人の価値観にも起因すると思っています。研修では品質や工期を大切にするように発信はしているのですが、まだまだ浸透し切っていない考え方でもあると思うので、みんなになりたい目標を持ってもらうために、今後どう伝えていくかも考えている最中ではあります。未来のビジョンについて————最後に、今後新たに取り組みたい事業や会社として挑戦していきたいことはありますか。新垣様:私の部署では、「100人大工を集める」という目標を掲げており、これは100人育てて100人独り立ちさせることだとも考えています。何年かかるかは分かりませんが、これが実現すると自社大工の方だけであらゆる現場を回せるようになるため、実現していきたい目標の1つですね。ただ、自社で回すためには最大の課題である品質や工期内での完成を実現できるメンバーが多く在籍している必要があります。だからこそ、中谷君のような考え方を持ったメンバーを少しでも多く生み出していく必要があります。また、日本全体の人口減少に伴い、空き家問題もよく耳にする機会が増えていると思います。空き家問題を少しでも解決していくために、リフォームやリノベーションも会社として少しずつ取り組んでいます。リフォームやリノベーションは新築とはまた違った考え方や進め方が求められることもあるため、新築の建設に限らず、様々なジャンルの現場を担当できるメンバーを1人でも多く生み出していきたいです。さらに、アイダ設計での仕事だけでなく他社さんでの仕事を請け負うことも少しずつ増えてきており、そういった経験を増やしてスキルの幅を広げることで成長や仕事のワクワクにも繋げていけるのではないかと考えています。