育成論についてーーー最初に、現在人材育成についてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。敏鎌様:私は基本的に新入社員から入社5年目までの若手の現場技術社員の育成をメインで担当しております。建設業界は人手不足と言われており、現場の人員構成も中々上手くいかず試行錯誤しているのが現状です。本来であれば年齢層がバランス良くなるように人員を配置し、現場で働く先輩社員が部下を教育することが理想なのですが、そう言ったことも難しくなってきています。そこで、現場ではなく社内でも若手社員を育成できないかと考え、新入社員研修だけでなく、入社5年目までの社員を対象とした年次研修を当社では実施しています。黒田様:当社は建設会社なので、教育は技術者を育てることがメインとなります。それを5年間かけて実施することに現在注力しております。敏鎌様:現在はまだ技術者向けの研修のみを実施しているので、事務職などの技術者以外の社員向け研修を充実させることは今後の課題だと感じています。ただ、当社はゼネコンですので、まずは技術社員の育成を充実させることから注力していくべきだと思っています。黒田様:営業職に関してはお客様に提案できる営業マンを育てるために年4回ほどの研修も実施しております。ーーーこういった研修はどのくらい前から実施されているのでしょうか。敏鎌様:新入社員研修自体は元々ありました。例年では、入社してから最初の1週間は総務部で基本的な社会人研修を実施します。その後技術社員研修を1週間実施し、現場へ配属するという流れでした。ただ、2年ほど前からこれら研修の実施期間を1.5ヶ月間に変更し、実践に近い研修を充実させるようにしています。この研修の内容は、本来であれば配属後、半年から1年現場経験を積むことで覚えることができるものなのですが、そういったことをできるだけ早期に吸収できるようにすることで、例えば半年から1年かかるものを3ヶ月から4ヶ月程度で学ぶことができるようにすることを狙いとして実施しています。それまでは現場で覚える方が早いだろうと思っていたのですが、現場の人手不足が起きており、現場での教育に時間を割くことが難しくなりつつあるという状況だったので、現場ではなく社内で実務に近いところの研修をできないかと考え、この研修が始まりました。ーーー今回ご同席いただいている工藤様、熊谷様、羽生様のお3方は現在4年目ということで、研修が新しくなる前に入社されたということですが、新たな研修を受けられている若手社員の方との交流はありますか。工藤様:交流する機会はありませんでした。羽生様:中々コミュニケーションを取る機会がないのが現状ですね。敏鎌様:これくらい現場がひっ迫している状況ですね。本来であれば彼らのような4年目の先輩社員の元で1年目の社員たちを配属できれば理想なのですが、深刻な人手不足のため、中々上手くいきません。拠点ごとに実施している研修のタイミングで先輩社員と後輩社員がコミュニケーションを取ることができるかどうかくらいですね。研修の形としては、1年生が5月まで新入社員研修を、10月と2月にそれぞれ1週間の研修を実施しています。2年生から5年生までは、半年に1回、合計年2回1週間の年次研修を実施しています。この研修期間をしっかり設ける取り組みも、2年前から実施しています。ーーー実際の若手社員の皆様からもこういった研修の場はニーズがあるのではないでしょうか。敏鎌様:先ほどからお話ししているように、本来であれば若手社員は現場で先輩社員から様々なスキルなどを教わるのですが、中々教育の時間を割くことができません。ただ、そういった教育面のサポートだけでなく、研修は離職防止の狙いもあります。年に2回同期で集まる機会を設けることで、お互いの成長度合いを確認することができますし、横の繋がりを強化することにも繋がります。研修という場は技術面を学んでもらう場でもあるのですが、この研修が日々のモチベーションとなっているという社員も多く、厳しい現場を乗り越え、半年後に同期で集まることを目標に切磋琢磨しています。現場が大変だからこそ、研修でスキルアップしてもらうだけでなく、今後も働くモチベーションとして活用して欲しいと感じていますね。ーーー貴社では基礎能力向上研修や施工図作成教育もされているとのことですが、これらの研修についてもお伺いしたいです。敏鎌様:基礎能力向上研修は電気・設備部門で実施している研修なのですが、電気・設備部門では特に若手社員の育成が課題となっています。そこで、外部講師に依頼して基礎能力向上研修を実施しているのですが、約2年間で計10回の研修を経て設備に関する基本的な知識やスキルを身につけてもらうコンテンツです。また、施工図作成教育は、現場技術社員向けの研修です。現場では施工図と呼ばれる図面が理解できていないと良い建物が建てられません。忙しい中だと施工図などの技術面を学べる機会も少なくなってくるので、拠点から要望があった場合には私の所属する部署にきてもらい、約2ヶ月の個人レッスンを行なっております。施工図作成教育のメインターゲットは4,5年生なのですが、2,3年生に実施した実績もあります。羽生様:現場ではすでに仕上がった状態の施工図を見る機会が多いため、なぜそうなったかということを知るためには施工図作成に関する知識が必要です。施工図の研修が導入されたことで、今まで触れる機会の少なかった業務背景等にも目を向けることができるようになるため、将来その人が教える立場になった時にも役立つスキルに繋がると感じています。ーーー素敵なお取り組みですね。電気・設備部門の基礎能力向上研修は2ヶ年かけてどんどん育成していくのでしょうか。敏鎌様:この研修は新たに導入したばかりの制度ということもあり、まだ成果が明確に出ているわけではありません。今後も受講者や関係者の声を聴き、ニーズに合う形で継続していきたいと思っています。黒田様:電気・設備の部門は若手社員の技術力向上に課題を感じており、それまでは研修は特になかったのですが、これをきっかけに技術力を強化していこうという狙いで2年前から始まりました。敏鎌様:世の中には建築に関する研修は多くあるのですが、設備や電気に関する研修はほとんどありません。そこでコンサル会社さんにお願いし、意見交換も兼ねて試験的に導入してみようということで今回基礎能力向上研修を実施しました。引き続き様子を見ながら、技術力向上を目指していきたいです。ーーーありがとうございます。今後は設備の需要も非常に高くなってきそうなイメージもあるのですが、そう言ったことも見越して導入されたのでしょうか。敏鎌様:見越して導入したと言いたいところなのですが、どちらかというと若手社員の育成課題を解決するために導入したというのが本音ですね。黒田様:ただ、今後電気、設備の需要が大きくなってきているのは確かです。全体の工事費に占める電気、設備の割合が以前と比較して大きくなってきています。そのため、電気・設備領域の技術力を改善していかなければ需要に応えることが難しくなってしまうという危機感もありました。昨今は環境面への配慮が求められており、空調機器など「環境にやさしい」ことがトレンドになっているため、そういう知識も必要となってきていますね。ーーー社会的な需要も考えつつ研修に取り組まれているのですね。こういった研修を導入されてから離職防止の観点やスキル向上にどのような変化があったのか、具体的にお伺いしたいです。敏鎌様:特に離職防止にはかなり効果が出ており、明確に離職者は減少していると感じます。バージョンアップした研修を受けた今の3年生までの代はほぼ離職していません。熊谷様:私たちも研修のために日々の業務を頑張ろうと、モチベーションや心の支えになっています。羽生様:現場での業務は辛いこともたくさんあります。私は今大阪支社に所属しているのですが、忙しい時期は大阪の同期にも会うことが難しいため、研修で同期と会える機会があることが楽しみの1つになっていますし、研修はスキル向上だけでなく、リフレッシュの機会にもなっていますね。敏鎌様:研修だけでなく、個人面談も行なっており、面談の際にはそれぞれが抱えている問題や悩みを話せる場も作っています。面談を実施することによって、今まで見えなかったそれぞれの悩みも見えてくるので、面談を通じてそれぞれの状況を理解し、フォローアップしていくようにしています。ーーー他にも様々な育成の選択肢がある中で、なぜ今回入社5年目までの社員育成を行うことを選ばれたのでしょうか。敏鎌様:我々の理想としては、若手社員に将来現場でずっと活躍してもらい、ある程度のポジションまで成長して欲しいというのが理想ではあるのですが、実際は中々そう上手くはいきません。私たちは技術屋なので現場で働くことが1番だとは思うのですが、社内には現場以外の道もあるので、場合によっては現場以外の選択もできる状態にしておきたいと思いました。そういった選択ができるようにするためには、今の環境であれば5年ほど現場経験を積んで欲しいと感じており、5年次研修までを導入しました。研修期間中は年に2回研修を実施し、長く働ける環境作りをサポートしていきます。5年間であることが正しいのかはまだ分かりませんが、下積み期間を5年と設定しました。ーーーなるほど。5年間技術力を蓄積することで、他にもキャリアパスとして新たな選択肢が見えてくる可能性があるということですね。敏鎌様:そうですね。ずっと現場で活躍してもらいたいところではあるのですが、5年間の現場経験があれば例え内勤の部署に所属したとしても、ある程度即戦力として活躍できると考えています。当社で働く技術系の内勤の社員は設計職を除いてほとんどが現場上がりです。入社してすぐそう言った部署で活躍することは難しいので、まずは5年間現場での経験を積んでもらうことで様々なキャリアパスを描くことができます。昔のような働き方であれば2,3年で現場経験は十分とされていたのですが、昨今の残業規制や働き方改革がされている環境であれば5年ほどが目安かなと思い、導入しました。ーーーこの5年間の研修を設計される際に工夫された点はありますか。敏鎌様:一般的な研修カリキュラムというものは、1年生はこの内容、2年生はこの内容、とそれぞれ学ぶ内容が異なるものが多いと思います。ただ、当社では2年生から5年生までの4年間の研修カリキュラムはほぼ変わりません。その代わり、年次によって教える濃度を変えています。現場経験の年次によって、伝わる内容のレベル感は変化するので、例えば2年生と4年生の研修課題は同じだとしても、私たちが伝えることや彼らから出てくる質問のレベルは異なります。そのため、なるべく技術がその人の中で蓄積するように、繰り返し同じ内容の濃度を変化させながら実施していますね。また、研修の前に必ず事前アンケートを取ります。基本的なカリキュラムはあらかじめ決めているのですが、彼らから出る質問の内容によっては、私の所属する部署だけでなく、安全や構造など専門の部署の人にも研修に参加してもらい、質問への解説を行う交流の場も設けています。そうすると、同期だけでなく、社内の繋がりも生まれてきます。現場に出ていると社内との交流機会が中々ありません。そこで、研修の機会を活用して交流してもらうことで、社内に相談相手を増やすことも狙いの1つです。理念についてーーーここからは、貴社の理念や考え方についてもお伺いしたいです。黒田様:当社の理念としては社是の一つでもある「我々は社業の繁栄を通して生活の向上を図りわが社に働く誇りと喜びを共にする」を大切にしており、環境を整備し、人材を大事にすることで、社員の力と技術力で会社を繁栄させていくという想いが込められています。建設業は他の業種と比べて機械化が難しい業種とされているため、人が作るということはずっと変わりません。そのため、人材が最も大切な要素となります。そこを基本として、企業価値を上げていくという価値観が当社の理念となっています。ーーー先ほどお伺いした研修もそうだと思うのですが、実際に会社が社員を大事にしてくれていると実感したエピソードはありますか。黒田様:研修以外ではお給料が上がりましたね(笑)敏鎌様:副社長が毎回研修に同席してくださるのですが、そこで若手社員の率直な考えを聞いてもらう機会を設けています。もちろん、解決できること、できないことがありますが、若手社員が現場で感じていることを経営層に知ってもらう機会に繋がっていますね。熊谷様:私は東北支社に所属しているのですが、東北では「若手会」というものがあります。これは若手社員が意見交流する場となっており、先輩の意見を吸収し、悩んでいることを相談できる場として活用できるため、人を大事にしてくれているなと感じていますね。工藤様:他にも、会社として今どんな取り組みをやっているのかを研修の際に聞くことができます。取り組みだけでなく、組織としてどう改善しているのかという話までしてもらえるので、変化しているなというのが実感できています。羽生様:今私が所属している作業所の所長は残業時間や健康面に対してしっかり管理してくれているので、残業が多い場合には声をかけて帰宅を促してくれます。そのため、プライベートの時間も確保しやすく、仕事が苦にならずに楽しく働けていますね。こういった面でも社員を大切にしてもらえていると感じます。歴史についてーーー歴史についてもお伺いしたいのですが、今まで大変だったことや乗り越えてきたエピソードはありますか。黒田様:私は1993年に入社したのですが、この30年の間で1番大きなエピソードは株式会社ナカノコーポレーションが不動建設株式会社から建築事業を譲り受け、合併したことですね。企業風土が異なる会社の合併だったため、価値観や考え方の異なる社員が一緒に働くこととなりました。不動建設株式会社は会社規模が大きく、大型プロジェクトの工事経験が多くありました。一方で、株式会社ナカノコーポレーションは不動建設に比べ工事規模は小さいのですが、工事全般の小さいことから何でも自分でやる環境で育った技術者が多くいました。このように、お互いが異なる特色を持った会社だったため、最初は融合しづらい部分もあったのですが、現場ではお互いの特色や長所を理解し、尊重し合うことで融合が進み、会社の業績を伸ばすことに繋がりました。その後、リーマンショックにより、建設業は不況となってしまい厳しい時代もあったのですが、東京オリンピックをきっかけに好況へと変化しました。ただ、仕事を取りたいけれど人がいないので仕事が取れないという課題に直面してしまいます。それまではそこまで人材が逼迫していなかったのですが、高齢化の影響やリーマンショックの時代に人材獲得が控えめだったことで現役世代の社員が少なく、その影響が近年で顕在化しました。建設業界は人材が非常に大事であるため、人材を獲得し、育成していくことが課題だと再認識し、人材の強化に注力するようになりました。3年前からは特に人材が大事だとスローガンとして掲げているので、経営層も含め、今後は人を育てることで技術力を向上させ、企業の力に変えていくことを目指しています。社員の皆様についてーーーありがとうございます。貴社で働く社員の皆様についてもお伺いしたいのですが、どのような社員の方が多く在籍されているのでしょうか。黒田様:当社は先ほどお話しした会社合併により、それぞれの特色を上手く融合させ、お互いの良いところを吸収しあってきました。そのため、当時在籍していた40代後半~50代の層が多く、働き方改革や残業規制のない厳しい時代に業務を行っていたので経験が豊富であり、技術力が高い社員が多くいます。その一方で、当社には中間層が不足しているという課題があります。そのため、50代と20代の間の世代が少ない、コミュニケーションを図ることが難しいのが現状です。今後は経験豊富な50代と若い20代の育成を通じて世代間ギャップをサポートしていき、将来的には技術の継承を行うことで会社に力をつけていきたいと思っています。ーーー現在貴社で活躍されている若手社員の方のエピソードはありますか。黒田様:若手社員の活躍はこれから期待している部分になります。労働時間の短縮もあり、中々成長しにくい環境でもあるため、従来では2,3年で育っていたところを5年かけて育てていく必要があります。これからは、若手社員が主役となってくるので、早い段階で自立して活躍していくことを期待しています。あと3年ほど経つと、若手社員が活躍し出して、研修の成果も見えてくるのではないかと思っています。未来のビジョンについてーーービジョンについてもお伺いしたいのですが、今後育成制度として取り組んでいきたいと考えていることはありますか。敏鎌様:今検討しているのは、階層別教育を導入することです。まだ、どのような形で制度として取り入れていくかは決まっていないのですが、役職、役割に必要な知識やスキルを計画的に身に着けられるようにすることが必要ではないかという声が上がっていますね。黒田様:若手社員には経験値が大切になります。従来までは現場を受注して、手が空いている人を配置するようにしていましたが、今後は計画的に経験を積ませるための配置も行い、バランスの良い人材を育てていきたいと考えています。敏鎌様:現在実施している研修もこの形で良いのかはまだまだ未知数な部分があります。正直、研修も時間が足りていないと感じている部分も多いです。現在は年に2回、それぞれ1週間ずつ実施していますが、彼らがたった1週間現場を抜けることも一苦労です。しかし、実際は研修のためにそれぞれ2週間欲しいなと思うくらい、時間が足りていないと感じています。現場の技術者は図面を理解することが非常に大切なため、個別で実施する施工図作成教育の研修も1人あたり2ヶ月ほどは必要です。特に、技術社員研修では期間も半年ごとに空いてしまうので、1回の研修につき2週間くらいじっくり時間をかけて実施したいなというのが本音です。時間をよりかけることができれば、さらに実務に近い研修を実施できるのですが、人員配置的にも厳しい側面があり、また受講者からも業務のことを考えると現状の年2回、各1週間が丁度いいとの声も多いため 期間を延ばすことが難しいのが現状です。時間に限りがあるため、研修で伝えたい内容を全て伝えきれずに終わってしまうこともあるので、こういった課題をどう埋めていくのか、どうバランスを取っていくのかが、今後の課題だと思っています。ーーー事業面で今後注力していきたいと考えている領域があればお伺いしたいです。黒田様:国内の建設業に関しては、社員育成により若手の力を育成し、ノウハウや技術を継承しながら成長していくことを目標としています。また、当社では海外でも建設事業を全体の約30%行っております。この領域は今後も成長の見込みがあるのですが、海外も人材が不足しているという課題があります。そのため、今後も海外で働きたい社員を募集し、派遣することで海外における建設事業領域もさらに大きくしていきたいですね。