会社の育成論――まず最初に、御社で取り組まれている人材育成について改めてお聞かせいただけますか?“自己の成長は自分で責任を持つ”というのが基本的な考えとしてあります。社員が一番成長する機会というのは、やはり実務であり現場です。我々はプロジェクト単位で仕事を受けていますが、まずはその現場の中での経験が重要だと考えています。お客様の経営課題があって、その支援としてどう解決策を提示するかというのが我々の仕事なのですが、お客様と議論して形を作り、解決に向けてプロジェクトを進めていく中で、自身の経験とスキルが身に付いていきます。お客様に伝えるべきことが伝わらない、あるいはお客様としてはもっと本質的な課題を指摘してほしいという、コンサルタントとしては厳しい状況を経験し、乗り越え、かつ提案した解決策がお客様の期待値を超えられなければ次の契約がないという環境です。そういう場面を経験することで成長するものと考えています。ただし、その基礎となるスキルは必要なので、様々な育成プログラムを設けています。先ほど言いましたように自己の成長に責任を持つということで、基本は自己学習です。それに加えて、自分だけでなくメンバーとの議論などによって気づきを得て成長していく部分があると考えて、会社でトレーニングカリキュラムを提供しています。――具体的にはどのようなトレーニングを行っているのでしょうか?自己学習の部分では、一般的な外部の研修やグロービスなどを活用しています。自分自身の課題は当然自分が一番わかっているので、会社から提供するトレーニングカリキュラムを受講するだけでなく、外部研修を自分で選んで受けることも推奨しています。それに対して、年間で1人あたりに相応の外部研修予算も設けています。その中で自分の課題を解決していくとともに、メンバー同士で協力しながら学んでいこうという考えです。会社が提供するトレーニングカリキュラムには3つの考え方があります。1つ目はコンサルティングをするための思考力やコミュニケーション力などの基礎スキルを高めること、2つ目は、プロとしてのマインドを育てていくこと、そして3つ目は、業界知見や企業分析力、プロジェクト推進力などの実践スキルを高めること、です。基礎スキルの部分では、自分たちでマテリアルを作って約15年前からトレーニングを行ってきました。プロとしてのマインドについては、経営陣が若手と対話をする場を作っています。我々の会社のビジョンや目指す方向性があるのですが、そのビジョンに基づいて自分はどう考え、自分自身のビジョンに照らして、コンサルタントとしてどうあるべきか、どう行動に落とすかというところを議論し、皆で共有しています。また、プロジェクトで実際にどんな支援をしているのか、どんなお客様の課題があってどうアプローチしているのかという引き出しを増やすための取り組みも行っています。いろんな経営課題や業界を知る必要がありますので、プロジェクトリーダーたちの実践から学ぶ機会も設けています。会社の理念や考え方について――御社は自立した社員を作っていくという考え方が強いように感じます。会社のビジョンと個人のビジョンの関係についてどのようにお考えですか?そうですね。昔から結構自由な働き方を重視する社風なんです。例えば働く場所もそうです。お客様は製造業が多くて、プロジェクトによっては地方に行くケースもあるので、メンバーが集まりやすい場所で仕事をするというような自由な働き方をベースとしてきました。自由であるためには当然責任が伴いますが、その責任というのはお客様への約束を果たすことだと思います。これが我々が果たすべき責任です。それさえやっていれば、社員は自分の責任を果たしているという考え方です。我々は創業以来、常にお客様と向き合うことを重視してきました。そのために必要な行動を取るために、『オフィスに来なさい』といったルールよりも、お客様のところに行って、今何に悩んでいるのか、そのために自分たちは何ができるのかを考え、必要な行動を取ることを重視しています。私は昔から「100パーセントお客様のために」という言い方をしていますが、たとえば8時間勤務だとしたら、7時間59分はお客様のために。で、残りの1分は経費精算など最小限の社内業務に使ってもらうというくらいの気持ちです。そのため、社内のオペレーションは極限までシンプルにしています。コンサルタントとしての価値を出すには、お客様のことを考え、お客様と議論し、行動することが重要です。そのため、社内的には余計なルールはなるべく作らないようにしてきました。ただ、そういう運営ができるのは、メンバー全員が”プロフェッショナルとして成熟している”という前提があってこそです。不正が発生したりするとルールを作るしかなくなってしまいますが、できることならそうはしたくない。誰も管理されたくないし、管理もしたくありません。なので、あらゆる場面で誠実であることを基本にしようと、全メンバーで共有しています。それが一番大事なことで、人を信じるということだと思います。――最近は組織のあり方が変わってきていると思いますが、その点についてはどうお考えですか?最近特に、組織がヒエラルキーの中でトップダウン型から自律型にシフトしてきている傾向がありますね。この5年から10年くらいの間で変化してきていますが、実際に自律できているかというと微妙なケースも多いです。本来、ルールというのは問題が起きたときに作られるものです。悪意を持ってやることはなくても、ミスや「ニアミス」があると、「これをどうするか」という議論になります。ルールを作ってしまうのは簡単ですが、それをやり出すとキリがないという面もあります。物事の本質を考えれば、答えは自ずと出てくると思うので、それを信じるという姿勢を大切にしています。とはいえ、若手社員のような経験が少ない方だったりすると、何を求められているのかわからなかったり、自分の働き方に自信が持てないこともあると思います。そのため、トレーニングの場で多くのメンバーと接し、考え方や働き方を学んだり、上司や先輩が意識して指導したりしています。また、そういった姿勢を評価する評価制度ももちろんあります。会社の歴史について――御社の人材育成の取り組みはいつ頃から始まったのでしょうか?我々の組織構造は特徴的で、固定された部署がなく、プロジェクトごとにチームを組む形です。あるプロジェクトマネジャーの下にメンバーが3人くらいいて、そのプロジェクトが終わると次のプロジェクトで違うマネジャーの下でチームが組まれるというような形態です。基本的に全員が対等な関係で、その時々の仕事内容や必要な専門性によってチームを構成しています。若手からすると、上に立つ人が毎回変わるため、自分の考え方やスキル面での課題が引き継がれないという問題が生じることがあります。プロジェクトマネジャーが変わると指摘されることも変わるため、混乱することがあります。この点を改善するために、メンバーそれぞれの強みと弱みの評価をしており、それをマネジャークラスで共有できるようにしています。前のプロジェクトでどういう課題があったかを確認した上で、新しいプロジェクトマネジャーが指導するようにしています。当たり前のことですが、現場では顧客の期待に応えることが最優先になるため、育成のための仕組み作りはどうしても後回しになりがちでした。このため、全社の人材情報を可視化するシステムを整備したり、課題を共有するプロセスを作るといった改善を進めて、より良い育成の仕組みづくりに取り組んでいるところです。育成プログラムについては、15年以上かけて徐々にコンテンツを増やしながら体系化してきた感じです。会社設立当初は、コンサルティング会社経験者、しかもマネジャークラス以上の人だけで構成されていたため、トレーニングの必要性はそれほどありませんでした。しかし、会社が成長するにしたがって徐々にコンサルティング未経験者を採用するようになり、そこでトレーニングの必要性が出てきたのです。当初は、私自身はトレーニングを受ける立場でした。寝る暇もないくらいプロジェクトが忙しかった時には「トレーニングは暇な人が受けるもの」と思っていたこともありましたが、同年代のメンバーとの真剣な議論は自分の課題を感じ取る絶好の機会となっていました。現在は、トレーニングを経営のなかでも重要な施策と位置付けていて、トレーニングチームを置いています。チームメンバーはプロジェクトと兼務で忙しいなか、若手メンバーの成長の悩みや課題感を取り入れて、どんどんコンテンツをブラッシュアップしてくれています。ロジカルシンキングなどの基礎的なトレーニングから始め、みんなで議論形式を取り入れ、現在では、コンサルタントとしてのマインドに関するトレーニングにも力を入れています。活躍する社員について――御社で活躍している社員はどのような特徴を持っていますか?専門性の獲得に対する情熱を持ち、お客様を引っ張っていける人が活躍しています。我々は経営コンサルとして、お客様にどう変わっていただくかという仕事をしていますが、お客様が自力で変われないからこそ我々のような外部の力を借りるわけです。そのお客様を何とか変えたいという情熱がある人が行動に移せるのだと思います。そういう思いがあると、契約の範囲を超えてでも行動できる、お客様が困っていることを解決するために一歩踏み出せる人になります。結果的には、お客様からの信頼も厚くなりますし、様々な経験も積むことができます。「共に超えていく」と表現していますが、お客様の横に立って同じ方向を向いて目線を合わせ、単なる仕事としてではなく、その会社の人と一緒に課題を解決していくという姿勢が大切です。中には、その会社の社員よりもその会社のことを理解している人もいて、そうなると本当に手放せない存在になります。会社の事業について――御社の事業内容や目指していることについて教えてください。我々が目指すところは、お客様の組織文化までも変えるような役割を担うことです。お客様の経営・業務・デジタルの変革をリードして、組織文化の変容にまで貢献し、お客様の成長や業績向上につなげることができればと考えています。ただ、1つのプロジェクトだけでお客様が本当に変わるかというと、仕組みは変わっても文化はそう簡単には変わりません。ある部署での支援から始まり、隣の部署でもう一つ、というように、1つのお客様の中でいろんな部署と関わりを持ち、少しずつ変化を促していくと、やがて会社全体が変わり始めることがあります。そうなり始めると、お客様の行動や文化が変わってきて、それを経営層が認識するようになります。これは1年2年でできる話ではなく、長い時間がかかる取り組みですが、そういう長期的なお付き合いをしたいと考えています。そのためには信頼関係が必要です。そういう関係性ができると、本当にお客様から感謝していただけますし、我々としても役に立ったと実感できる、それが人生の幸せにつながると思っています。また、これはチームでやることが重要で、個々の専門性だけでなく、お客様と信頼関係を持って付き合える「品格」も大切だと考えています。未来への取り組み、今後やりたいこと――今後の取り組みや課題についてお聞かせください。2023年に新しいビジョンを策定しましたが、これをどのようにメンバーに落とし込んでいくかを考えていた時、先ほど申し上げたトレーニングチームが「プロのマインドを考える」というプログラムを提案してくれました。 アットストリームのビジョンをどう受け取るか、どう解釈するかは人によって違っていいと思っています。それによって何を行動するかも人によって違っていいはずです。その中から自分が共感するもの、納得するものを探してもらって、それに基づいて行動してもらうことを重視しています。若手メンバーと「品格」について考えるセッションを行ったことがありますが、「品格」といっても、人によって捉え方が違います。例えば、大谷翔平とイチローは両方ともプロフェッショナルですが、「品格」という観点では違いがあるかもしれません。そういう違和感を持つことも大切で、そこから自分の考えが明確になることもあります。「品格」という一つのキーワードでも、組織の中で議論することで意味が深まっていくと感じています。こうした取り組みを積み重ねていくことで、ビジョンを掲げることの意味が浸透していくのだと思います。――最後に、人材育成における課題と今後の展望についてお聞かせください。現在の課題としては、メンバーの多様性を保つことがあります。採用担当者は自分の思考性に合う人を採用する傾向があり、私自身も10年ほど採用担当をしていますが、知らず知らずのうちに採用担当と似た考えの人材を選んでいるのではないかという懸念をもっています。これはリスクでもあります。元々の会社の人材戦略としては多様性を重視していましたが、最近は少し”素直なひと”、が増えてきた印象があります。議論の場でも反論や異論が少なく、皆が『分かりました』となりがちです。もっと多様な意見が出る環境が理想です。労働人口が減少する中、今後は企業が選ばれる時代になっていくでしょう。そのため、個人のビジョンと会社のビジョンを融合させ、プロとして何が必要かを常に考えられるような環境づくりが重要です。これは他の企業ではなかなか実現できていないことだと思いますので、我々の強みとして育てていきたいと考えています。