会社の育成論について――現在御社で取り組まれている育成制度について教えてください。5年前から人事部を立ち上げて本格的に育成に取り組み始めました。それまでは離職率が30%程度と非常に高く感じていたのですが、現在は7%まで下がっています。現在は社員数も約300名で、年間100名程度が入社する規模になりました。弊社はIT業界におけるSES(システムエンジニアリングサービス)事業を中心に事業を行っており、ITベンダー企業や自動車メーカーなどにIT技術者を派遣しています。この業界自体も一般的に離職率が高く、技術者が各現場にバラバラに配属されるため、同僚同士の関係が希薄になりがちなんです。朝から出向先の企業に仕事に行き、仕事が終わったら家に帰る。また次の日も出向先の企業に直接行くという感じで、自分の会社と全く関わらずに仕事をするものですから、どこに所属する社員なのか、よくわからなくなってしまうんですよね。300人いたら300人がほぼバラバラの場所に行っているわけですから、同じ会社の人同士で仲良くなることもあまりないのが以前の状態でした。――人事部を立ち上げた背景を教えてください。経営的な観点から分析した結果、売上を上げるために最も効果的なのは離職率を下げることだと分かったんです。IT会社はプログラマーの数がそのまま売上に直結するため、人材が定着すれば自然と業績も向上します。例えば、従来は30人が辞めて70人が入ってくれば40人しか増えませんでしたが、離職率が下がった今では100人入社すれば93人が残るので、会社の成長スピードが格段に上がりました。また、弊社には引きこもり、ヤンキーなど、一般的に就職が困難とされる方々にプログラミングを教えることに創業期から取り組んできました。しかし、せっかく教育しても途中で辞められては意味がありませんし、教えている最中に辞められると会社も成長しませんからね。――人事部の具体的な取り組みを教えてください。人事部の役割は大きく2つあります。まず「とにかく会う回数を増やす」こと。私が長年の教育経験で気づいたのは、教育において最も大事なのは接触回数だということです。私はよく孫子の兵法や経営学、ブッダの教えなどを部下に話していたんですが、ある日分析してみると、良い話をしていなくても会う回数が多い人は会社に残っていて、会う回数が少ない人は辞めていることが傾向としてあることが分かったんです。そのため、現在レクリエーション活動を15~16個用意し、カードゲーム部、大須散策部など様々な形で社員同士が接触する機会を作っています。その他にもリモートでも積極的に声をかけ、おしゃべりする時間を設けています。2つ目は「その人のことを正確に教えてあげる」ことです。意外と自分のことって分からないものなんです。自分磨きができていないのにすごいモテる感を出している人や、全然仕事ができないのに「自分は仕事ができる」と言っている人、逆にめちゃくちゃ仕事ができるのに「私はダメです」と言っている人もいます。――客観視できるようになることは重要ですよね。自分が頭悪いってちゃんと分かっていれば、頭良くしようと勉強もするんですが、勉強しない人って意外と周りが思っているよりも賢いと思っていたりするんですよね。おしゃれしない人も、よくよく聞いていくとおしゃれしなくても、そのままでかっこいいと思っていたりします。そういう人に対して、オブラートに包みながらも短所を伝え、長所は結構ズバッと教えてあげる。例えば、LINEでご飯のお礼をすぐにレスポンス良く送ってきたら「すごく文章も綺麗だし、レスポンスも早くて、あなたは礼儀正しい人なんですよ」と明確に伝える。レクリエーションに5回連続参加したら「あなたは5回連続来たんですよ」と。その他にも、3年連続昇給していれば「3年連続昇給していますよ」と、意外と忘れがちな事実を教えてあげるんです。10年連続昇給しているのに「僕はこの会社に必要ない」と思っている人もいるんですよ。会社が10年連続で昇給させているということは、すごく評価しているということなのに、その人は「この会社をクビになるんじゃないか」と悩んでいる。こういう矛盾は結構あるんです。会社の理念や考え方について――御社の理念について詳しく教えてください。弊社の最も大事な理念は「愛」です。ただ、愛という定義は広いので、私なりの定義を持っています。これは私自身の人生経験に基づいているんです。私は偏差値30台の高校に入学し、しかもその学校で一番バカな部類で、卒業時は400人中400位という成績でした。すごくないですか?周りはいろんな人がいる中で、私自身も大卒の人を見ると道を譲りたくなるような考えを持つ環境で育ちました。税理士と聞くと天才だと思っていましたし、道行くベンツに乗っている人がどのようにしてそれを手にしたのか理解できませんでした。将来はバスの運転手かトラック運転手になって、50歳でクビになったらタクシー運転手か警備員になる、それが当たり前だと思っていました。友達も似たように考えていましたし、それに対して不満もありませんでした。大卒の人とは性能が違うという思い込みがあったんです。――その状況からどのように変わったのでしょうか。そんな私に、成功している億万長者の方々が「君でも成功できる」と言って教えてくれたんです。「どうやったらできるんですか?」と聞くと「勉強したらできる」と。営業のいろはや経営学、自己啓発のセミナーに連れて行ってもらいました。確かにお金は取られましたし、時には洗脳のように感じた内容もありましたが、その中に正しいものもあって、私にとっては暖かい言葉と教えでした。先輩が本当に親身になって朝まで時間をかけて、どうやったらお金持ちになれるのかを教えてくれました。当時の私はいい意味で馬鹿だったので素直で、めちゃくちゃ覚えるし、我もないものですから、上司の人も教えていて楽しいと言ってくれていました。次の日の朝にはもう一度メモを取ったノートを読み返して、また電話で質問したりして。質問してくる人のことは可愛いんでしょうね。1時間も電話で話してくれたりしました。――その経験が現在の理念にどうつながっているのでしょうか。人生の中で人からもらった愛情の中で一番嬉しかったのが「教えてもらったこと」だったんです。だから愛の定義を「自分の知識をみんなに教えること」としています。教えてもらうことってすごく幸せなことですよね。引きこもりやヤンキーの子たちにプログラミングを教えることで、今まで月給20万円だった人が、プログラマーとして月給40万円になれる。プログラミングを覚えるだけで給料が倍になるなら、絶対覚えた方がいい。たった2~3年本気で勉強すれば、だいたいそこにはみんな行くものですから。ただし、プログラミングができるようになっても、人に嫌われては仕事になりません。上司から嫌われたら仕事を教えてもらえない状況になって、成長できない。逆に上司に好かれると可愛い部下として真面目に教えてもらえて、また成長する。この差で人生が180度変わってしまうんです。だからモラリティや人に好かれる方法も教えています。会社の歴史について――事業を始めた当初はどのような困難がありましたか。本当に大変でした。暴力を振るう子もいましたし、引きこもりの子は翌日から出勤してこない。そもそも翌日から無断欠勤が始まるので、毎回その子の家まで車で迎えに行くところから仕事がスタートしていました。この現実に真っ向から育成という武器で対話を継続していくことが最初は本当に苦労しました。――どのようにして現在の体制を築いたのでしょうか。当時は毎日のように「今日ちゃんと仕事したら夜はご飯だ」とか「月末にみんなで飲みにいこう」とか、なにかと動機をつくって何とか引き止めていました。今思えばめちゃくちゃなやり方でしたが、それでも辞めずに継続した先に成功を実感してもらいたかったので必死でした。――青野さんご自身にも大きな転機があったとお聞きしました。私自身も26歳の時に色々騙されて借金まみれになり、自殺を考えるほど追い込まれました。その時に「これからは愛だけで生きよう、お金は一切追わない」と決意したんです。なぜそのように考えたかというと、5歳の頃になりたかったヒーローを思い出したんです。ウルトラマンって怪獣を倒してみんなを救いますが、その後政府に「2億円ください」とか言わないじゃないですか。なので、この経験を大切にして、26歳で自分は一度死んだものとして、金大好きな私から、ここからは愛に振り切って生きてみようと思ったんです。面白いことに、お金を求めなくなったら逆に会社は成長し、今では当時より資産も増えています。お金を求めていた時は借金まみれで死にそうになって、お金を求めなくなったら金が入ってくる。人生の不思議ですよね。活躍する社員について――現在活躍している社員に共通する特徴はありますか。やはり弊社での歴が長い社員が最も力をつけていますね。スキルがない頃から育て上げられた社員は、愛社精神が非常に強く、エンゲージメントの数値も高いです。時には厳しいことも言うのですが、それに対しても感謝を示されることが多いです。やっぱり「育ててもらった恩」をすごく感じているんじゃないかと思います。――転職市場との関係はいかがですか。他社から月給100万円の条件でオファーが来ても、「こっちの方が居心地いい」と言って残る社員が多いです。現代社会では1万円多く儲かったら平気で転職する時代じゃないですか。そういう風潮と逆行した、愛社精神の強い社員が多いんです。そういう上司を見て、部下もまたそれをかっこいいと思って憧れる。どんどんこの連鎖が生まれているフリースタイルの現状を見て、自分の会社ながらめちゃくちゃ美しいなと個人的に思っています。――他社との違いをどのように感じていますか。他社は戦力として、プログラミングできる人を雇いますが、うちは別で、プログラミングできない人を雇って育てるという考えです。即戦力として雇われた側からすると、プログラミングができるから雇われているんですから、その会社に愛は感じにくいでしょう。等価交換の取引のようなものですから。その状態である日、その会社が傾いて従業員に助けてくれと言っても、本来助ける義理はないということになります。でもうちの会社は、その子たちがどこにも雇われないような状態の時に採用して育てているので、会社に対する愛社精神が付いて、それが結果的にエンゲージメントの高い数字や離職率の低さに寄与しています。他社のIT会社の社長さんがうちの離職率を見て「どうやって離職率を下げているのか」とセミナーを依頼されることもありますが、優秀な人だから雇っているような会社では、優秀じゃなくなったら辞められてしまいますよね。ドライな関係性です。会社の事業について――技術教育の体制について教えてください。技術教育とモチベーション管理は役割を明確に分けています。プログラミングスキルを教えるトレーニングチームが4人おり、カリキュラムの作成・改変、個別対応を行っています。また、週2回の勉強会も開催しており、常に最新の内容にアップデートしています。人事部は「やる気を出させる」ことに特化しています。他社では「やる気があればOK」という求人もよく見ますが、それができるのは上位25%の優秀な人だけです。有名大学に行くような、やる気を自分で出せて維持もできる人たちです。私たちは下位25%の人たちをどうやる気にさせるかを研究しています。やる気を持ってきてねという話は、寝坊している子に寝坊するなと言うのと一緒で、それで寝坊しなくなるならなにも問題にはならない話ですから。どうにかやる気を出させる研究をしないといけないわけです。――具体的にはどのような工夫をされていますか。面白い実験をしたことがあります。寝坊ばかりする5人に対して、会社の人気者の社員から「話があるらしいから朝8時くらいに会社に来れたら来てほしいらしいよ」と伝えたところ、全員面白いぐらい7時半には会社に来ていました。つまり、寝坊する人や無断欠勤する人は真面目じゃないのではなく、会社に行く動機がないだけなんです。逆に力もあるし、努力もできるんですよね。ただ行く理由が見つかっていない、動機がないんです。勉強会に可愛い女の子が来ているから行ったら会えると言うと、そんなことでも動機が生まれて勉強会に参加したりするんですよ。最初はそんな動機でも、1年勉強会に行けば、1年勉強した人になるんです。これは面白いことに、最初はやる気ゼロでもきっかけを与えるだけで成長に繋がるんですよね。そういったきっかけが行動に繋がるわけです。人間の人生って動機や心の中は全く関係なくて、行動のみが未来に反映されると思うんです。どういう理由でもいいと思うんです。一度その無断欠勤や寝坊ばかりのサイクルから抜け出せれば。未来への取り組み、今後やりたいことについて――今後のビジョンをお聞かせください。私の夢は、雇われる機会が少ないような、学力では下位25%の人たちを雇った会社が、教育によって100億、200億の会社になることを証明することです。そして私がフェラーリに乗っているような姿を見せれば、他の経営者も「真似してみよう」と思うはずです。もし真似されるとしたら、すごいことが起こりませんか。いろんな会社が教育主体の株式会社としてでき上がっていくということですよ。経営は難しいですが、今の日本はいろいろ荒れていて、私は日本って優しさがどんどん失われていると思うんです。でもこの証明ができればこの世の中に、ほんのちょっとだけ優しさが戻ってくるんじゃないかと思っています。私の会社だけでそうしていてもダメで、やっぱり真似されないといけません。そのために上場したり、売上高も大きくする必要があります。決算書を公開して「めちゃくちゃ儲かってますよね」というのを見せたいんです。――具体的にはどのような展開を考えていますか。絶対いろんな社長さんたちが「どうやって儲けましたか?」と聞いてくると思うんですよ。その時に「誰でもいいので雇って、教育を主体にした人事部を作れば、めちゃくちゃいいよ。離職率も低くなるし、エンゲージメントも高くなるから」と答えたい。IT会社で悩んでいるのは全部そこですから。そういう経営者や大きな会社がそこに変貌していけば、この日本のアイデンティティになるんじゃないかと思っています。学歴なんかで選ばずに、誰でも入社できる日本の会社というアイデンティティが広がって。それってちょっと優しい社会だと思いませんか。その時には私たちの人事のやり方やノウハウも鍛えられていると思うので、もっと簡単に人間を構成するシステムのようなものが完成したら、コンサルティングとしていろんな会社に教えていきたいですね。――社会への想いについて詳しくお聞かせください。昔の日本には愛があったんですよ。私が入社式の時に地下鉄に乗っていたら、目の前に座っていたおじさんがいきなり立って、私のネクタイを締め直してまた座ったんです。「入社式か?」と言われて「はい」と答えたら「入社式でネクタイが曲がっていたらダメだろう」と。大阪という土地柄かもしれませんが、そんなことが珍しくない光景でした。でも今そんなことしたらSNSで炎上すると思うんですよね。こんな愛のない世界の中で、少しだけ愛があるような世界を作れたらいいなと心から思っています。――最後に、メッセージをお願いします。今は手段を問わず10億円儲けた人が尊敬される時代ですが、それの何がすごいのかまで考える人は多くありません。手段を問わずに儲けている人がいるとしたら、私は子供食堂を10年やっているおばちゃんの方が人間的に素晴らしいと思います。清貧という言葉がありますが、人に優しく自分は貧しく暮らすのは素晴らしい精神性だと思います。でもそれはみんな真似しないんですよね。やっぱり貧乏だから。現代社会で真似していただくためには、富を得ていないと周りの人が真似してくれません。だから善な心を持って富を得て、上場して決算書を公開すれば嘘をつけませんから、それを多くの人に伝えていきたい。それが私たちの使命だと考えています。