育成論について──最初に、現在人財育成についてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。 澤尻様:さまざまな制度がある中でも、新入社員が入社後に実施している1ヶ月間の研修は、面白い内容だと思います。 西川様:私たちの仕事でトッププレイヤーを目指すには、クリエイティブ性や専門性を磨くことが重要です。そのため、研修でお伝えする内容は、企画を生み出す思考法、マーケティングマインドやあるべき姿勢、デザインに対する考え方など多岐にわたります。ビジネス面では、クライアントの課題をヒアリングする能力を重要視しているので、現在の営業トッププレイヤーが直接スタンスや考え方を含めて研修しています。一方で、社内で活躍する要素だけを育てるのではなく、外部でも通用する人材になってほしいという想いもありますので、ビジネスマンとしての基礎的な部分やコンプライアンス、営業でもある程度財務を理解してもらうための財務研修など、かなり盛りだくさんの内容で1ヶ月ほどかけて研修をしていきます。 この研修が私たちの研修で一番面白く、熱い部分だと感じています。 澤尻様:新人社員研修では、社内のトッププレイヤーの方々にそれぞれの知見を発信してもらい、研修参加者には毎日、何を思ったのか、何をしたのか、日報を書いてもらっています。 弊社では配属前に、数日間OJTで業務を経験してもらうのですが、そこでも、この感想文で個々の考え方などをキャッチアップしています。例えば、この方にはこういうクライアントを担当してもらおうとか、この勉強をさせようとか、そういった検討を重ねて本配属を決定しています。 これらの研修を4月に実施し、5月から9月は、配属先での教育や、実際に仕事に触れながらのバージョンアップを行い、みんなで育成を行う形をとり、10月にローテーションを行います。 弊社は社員が約120名と、大企業と違って全員がお互いを理解できるという特性があるので、最適な配置や研修を行うことができます。 西川様: 大小を含めると、プログラムとしては40講義ほどあり、半期に分けている項目もありますが、大半は1ヶ月間で行われます。 ビジネスマナーなどの基礎的な部分は、外部の研修機関を利用することもありますが、多くは社員が講師となって社内で運営をしています。講師になる人間はある程度限定されているのですが、声をかけると自らテキストを作成したり、過去のテキストを更新したりと、積極的に参加してくれています。 澤尻様:見積や営業の基礎などの講義もあれば、全員で大阪まで工場見学に行ったり、各営業部隊に同行したりする内容もあります。 最後には1ヶ月間の発表会を行い、3年後・5年後・10年後にどんな自分になりたいかを発表してもらい、配属をお伝えしています。 全社員が集まる全社会議が開催されるので、その際に新入社員の方の配属について全社に発表しています。 ──入社してから1ヶ月間みっちりと研修をして、現場配属があると、社内で浮く新入社員が生まれなさそうですね。 西川様:おっしゃる通りだと思いますね。 澤尻様:社内で浮いてしまうということはないと思います。また、そういった面のフォローアップで「メンター制度」もあります。新入社員に対して3年目くらいの社員がメンターとしてつき、日頃の悩みなどの相談に乗れる環境にしています。できるだけ部署を近づけたり、同じテーマにするなどの工夫を施しています。やはり、2、3年目くらいになると、大体同じことに躓くので、そういったところで先輩として背中を見せたり、アドバイスを行ったりといった取り組みをさせていただいています。 また、それとは別に、人事総務の方で、定期的に面談対応も実施しています。 他にも、育成という点で言うと弊社は入社前からこだわっておりまして、だいたい新卒採用の選考回数は内々定までに2、3回程度のところが多いのですが、弊社は内々定までに4回実施しており、その期間内に2、3年目の社員から最後は取締役まで、様々な役職の社員が、学生さんと接点を持たせていただいています。 そこで、さまざまな角度から我々も判断させていただき、学生さんにも多くの社員と会って弊社を知ってもらい、「この人が面白い」「この人と働いてみたい」と感じていただけるよう、できるだけ接点を増やすようにしています。 選考内容についてはあまりお話しできないのですが、結構面白いんです。 10年後の自分を雑誌の切り抜きで表現したり、文章を書いたり、人生曲線を作成して発表会をしたりと、多面的に見ることができる内容で設計しています。 最後までこの選考についてきてくださった方や昨年採用した方からお話を伺うと、「いろいろな人に会って働くイメージがついた」とかなり好評でした。さまざまな人と接点をもち、会社のことを理解してもらった上で、1ヶ月の新入社員研修をし、その後ジョブローテーションをやっていただくと、かなりしっかりと定着していただけるのではないかと考えています。 ──会社全体で、育成意欲や成長意欲の高い方が多いのかなという印象も受けたのですが、実際、いらっしゃる社員の皆さんも、意欲が高かったり、積極的に行動できる方って多かったりするのでしょうか? 西川様:そうだと思いますね。 もともと、広告代理業の業界自体が「自分たちの能力やアイデアで稼ぐしかない」というマインドをみな持っているのだと思います。その中で、やはり自分の後進を育てていかないと、より大きな仕事にチャレンジできない、という意識をずっと文化として持っていたりするので。若手や後輩はどんどん育てていかなければいけません。時には厳しいことを言いながら、一皮むける経験を与えていかなければいけないというのは、ずっと私たちが引き継いできているものなのかなと思います。 ──現状の体制になるまでの間に、会社としても変えていかなければいけないと感じるような大きな出来事やきっかけはあったのでしょうか? 西川様:私の中での一番はやはりコロナです。 それまでは、先ほどお話ししたように、固定制度というか、OJTを中心とした師弟関係の中で育っていくという側面が強かったんですね。 私たち独自の文化でガラパゴスな人材が育っていくことを面白がっていた部分もあったのですが、コロナでいろいろなことが変わっていった時に、外の世界や時代の変化に本当にちゃんと対応できる人材に育っているのか、というのはすごく感じた部分ではあります。 先ほどお話しした新人研修のプログラムもそうですし、今まさに人事制度を変えようと思っています。階級に応じて、適切な研修を受けられるように企画しているところなのですが、いろいろなものが変わっていた時に柔軟に対応ができるとか、ちゃんと顧客の目線で話ができるような人材になっているかとか、そういうところをもっとちゃんと制度にしていかないといけないと気付いたのは、やはりコロナが大きかったのではないかなと思っています。 澤尻様:コロナ禍で社会が大きく変わり、個々の働きだけでなく、もっとチームで協力し、1+1=3といった形で、より積極的にチームワークを発揮したり、プレイヤーやマネージャーとして、育成していくことをしていかないといけないと考えるようになりました。採用活動での社員10名以上と会っていただくという形式も、コロナ禍以降に始まった取り組みです。会社自体が大きく変わる中で、採用であったり、育成であったり、それに伴う人事制度も刷新している状況です。 理念について──御社の大切にしている理念について教えてください。 澤尻様:理念の中でも特に大切にしているのがバリュー(行動指針)の部分です。弊社は6つの行動指針に基づいて仕事に取り組んでいます。 Value1 現場起点で考える Value2 クリエイティブ全開 Value3 プロフェッショナルであれ Value4 もっとチームワーク Value5 何でもまずはトライ Value6 誰にでも誇れる正しい行動で これらは、幹部で話し合って決めたもので、まず、会議室ではなく現場起点で考えること、そして、最高の企画・クリエイティブで勝負していくこと、その上で、何に対してもプロフェッショナルであることなど、大切にしたい想いを込めています。 特に、「もっとチームワーク」というバリューについては、さまざまな会社で言えることではあると思うのですが、弊社の場合、よりチームワークを意識しないとプロジェクトが遂行できません。デザイン、企画、提案、業者さんや協力会社さんとの連携、そしてデリバリーも含め、各所と連携していく必要があります。テーマの内容に応じて、いろいろな部署の方と連携しないとできない部分や、逆に助けてもらう部分もありますので、そういったところからこのようなバリューを考えております。 さらに、「何でもまずはトライ」というバリューについて、弊社の事業領域はかなり幅広い範囲に及んでいます。これはクライアントとの話の中で結果として広がっていったということがありまして、例えば、店舗をまるごと任せていただいた際に、それに対するPOPやチラシ、来店されるお客様へのノベルティ作成、それらのSNSでの拡散など、選り好みせず何か新しいことができないかというチャレンジも進めているため、このようなバリューを設けています。 最後に「誰にでも誇れる正しい行動で」というところで、Value1からValue5までを見ると、”何でもあり”の会社になってしまいかねないので、一番最後に「とはいえ」という要素も入れさせていただいております。このあたりは社員の皆さんに思っている部分であり、誰にでも誇れる正しい行動を徹底してお仕事していただくこと、そしてそれを働きかけていくことを大切にさせていただいております。 バリューの他にも、クライアントにも一緒に働く仲間にも信頼いただくために弊社には、大切にしている4つのスタンスがあります。 Stance1 積極的な姿勢 Stance2 自責思考 Stance3 協力的な態度 Stance4 完遂意識 この4つのスタンスについては、どちらかというとバリューに近いものだと考えており、 採用活動の基準としている部分でもあります。 例えば面接の時に、アルバイトや研究などいろいろな経験があると思うのですが、それに対して最後まで諦めなかったか、どのように協力してやってきたか、など話していて見えてくるものがありますので、それぞれチェックポイントでその要素を見ています。 ──4つのスタンスを見て、ご入社されてくる方々は、一定、求められるレベル感の理解が早く、活躍していくまでのスピードが早いといった共通点があるのでしょうか? 澤尻様:そうですね。ホームページを2024年5月にリニューアルしまして、昨年と今年で比べると、採用活動時の応募者の傾向として、かなりはっきりと目的意識を持って事前準備をしていただいてると感じています。ですので、ホームページをリニューアルしたのは非常に良かったと思っています。社員インタビューを掲載し、活躍している人がわかるような設計にしています。 基本的には、新卒採用も中途採用も両方いますが、インタビューページにいるのはほぼ新卒入社の社員です。管理部門の方で中途採用の社員のインタビューも掲載しています。 また、2023年に社長が変わりまして、会社として「”顔が見える”ということを大切にしていきたい」という考えから、積極的に露出することを意識しています。 そういった中で、会社の平均年齢や男女比、育休の取得率などもオープンにしています。男性の育休取得率は2023年度に66.6%、2024年度には100%と高い実績を達成しました。 育児と両立してご活躍いただけるよう会社としても制度を少しずつ拡充しています。 例えば、育児も人生において大事だと思うので、ドイツなどで行われている「タンデム方式」と呼ばれる、管理職を2名おく共同部長制度を導入しています。フレックス制度や在宅ワークなどもご活用いただいて、いろいろな制度を試してみつつ、トライアンドエラーを繰り返しているところです。そういった形で活躍された方をロールモデルとして、若手の方も「こういう働き方ができるんだ」と思っていただけると、良いのではないかと考えております。 男性の育休取得の推進は人事が担当しているのですが、推進する人事社員自身も育休取得を経験しており、積極的に制度を作ったり、働きかけていただいております。 今後の取り組みについて──将来の部分として育成の観点で、今後取り入れて行きたいところがあれば、お伺いしたいです。 西川様:新入社員に関する育成制度は、ある程度形になってきたと思いますので、次は入社後の段階的な人材開発・育成に力を入れて行きたいと考えており、現在企画しております。 プログラムで言うと、入社して2〜3年目ぐらいの仕事にある程度慣れ始めてきた時に、それを論理的に考えられるような「ロジカルシンキング」の教育であったり、もう少し上のマネージャーになっていく層に対しては、「管理職とは」といった基礎知識を持たせる内容であったりとか。実際に、管理職になった際の「部下とのコミュニケーションの取り方」とか、「評価のやり方」とかを体系的に教えたり・・・ さらに上がっていくと、「経営戦略」を作ったり、自発的に外部に行って研鑽を積みたい方を支援をしたり。そういったところを拡充していきたいと思っています。弊社の中だけで通用する人材ではなく、外の世界でもちゃんと通用する人材でないと、変化に対応できなかったり、クライアントのビジネスパートナーにはなっていけないので、階級に応じた必要な知識の共有や育成を 進めて行きたいと考えています。 澤尻様:人事制度は結局「箱」だと思います。各等級でコンピテンシーを持ち、それが血となり肉となっていく経験が必要で、等級ごとにこういうことをやろうというのが明確になっています。我々の会社で、採用面や確率を上げるという観点からいうと、幹部になるメンバーは他社でも通用するメンバーであると感じています。出向を経験しているメンバーが幹部になっている傾向があり、やはり外部を知る、外部で揉まれるといった経験を、何か社内で再現できないかと研修なども模索しています。 ──ビジョンとして、会社の方向性について、今後はどういうところに事業として力を入れたいといった先行きも、お伺いしたいです。 西川様:一番大きいのは、オンラインの世界と、オフラインの世界をどう融合させていくかです。 私たちはオフラインのお店やイベントなど”リアル”の世界を相手に勝負してきた広告代理店なのですが、これだけオンライン化が進んでいくと、世の中的にもオンラインとオフラインの融合が非常に大事になってくると考えています。私たちがこれまで強みにしてきたオフラインだけでなく、しっかりオンラインのことも理解して融合させていけるように変化していかなければいけないというのは、会社の戦略として一番大きく取り組んでいるところだと思っています。 澤尻様:デジタルの方に振り切るわけではなくて、コロナ前、コロナ中、アフターコロナでまた考え方が変わっていて、コロナ前はデジタルより店頭が良かったのですが、コロナの中で店舗にリアルで行くことがなくなり、かなりデジタルに寄った時代でした。そして、今、アフターコロナで、またオフラインに回帰してきています。 オフラインとオンラインの繋がりや融合という中で、オフラインを知っている私たちだからこそできることがあると思うので、デジタルに振り切るわけではなく、オフラインもしっかりやりながら、その繋がりを作るという役割を果たしていくことを体現し、弊社として強化していきたいと考えております。