カイシャの育成論──まず、現在会社として取り組まれている育成制度について教えてください池田様:当社はこれまで、社員の成長をサポートするため、「新入社員研修」や「階級別研修」、日々の改善活動を推進する「QCサークル研修」そして年間1講座の「通信講座受講」などを実施していました。しかし、これらの制度を社長就任時に大きく変更することにしました。新入社員研修では、今までは外部講師を呼び、研修を開催していましたが、社員を講師として研修をおこない、新入社員にとって身近で距離の近い安心できる研修を開催しました。また、全員必須であった通信教育の受講は中止にしました。これは、受講を終えることが目的になってしまう「やらされ感」をなくし、通信教育が形骸化する可能性を危惧したためです。日々の業務を効率化し、改善する活動である「提案活動」は1人12件以上提案を提出をしなければならないというルールがありました。しかし、目標提出件数を達成することが目標になってしまっていたため、提案活動もより創造的で質の高い提案を生み出せるよう、年間提出件数を半分に削減しました。 ──新たに始められた取り組みはありますか?池田様:当社では、主体的に行動する「自律型人材」の育成に力を注いでいます。そのため、次世代の幹部候補育成として「クリティカルシンカーズ」というプログラムを始めました。中堅層、管理職の30〜40代を対象に完全選抜制で実施しています。1チーム9人程度の構成で、Aチーム、Bチーム、Cチームでそれぞれ半年間のプログラムを受講させています。 このプログラムを始めたのは、HOW型(どうやるか)ではなくWHAT型(会社のために今、何をすべきか)という本質を自ら見抜く力を養ってほしいという願いから生まれました。階層が上がるほど、物事を多角的に捉え、批判的な視点を持って本質を見抜く思考力を養ってほしいという願いをプログラム名称に込めました。指示を待つ姿勢から、自ら課題を発見し、解決策を導き出す人材へと成長していただきたいです。今まではトップダウンの側面が強かったので、新鮮に捉えてくれるようになったかと思います。 もう1つは目標管理制度です。幹部候補生だけでなく、全社員に主体性を持ってほしいという思いから、3年前から「目標管理制度」の運用にも力を入れています。年に一度、上司との対話を通じて、社員が自ら「業績目標」と「行動目標」を設定する制度です。社員一人ひとりが「自分は会社にどう貢献したいか」「そのために何をすべきか」をじっくりと見つめなおすための大切な機会なので、この制度を通じて、社員自らのキャリアと成長を実感できる環境づくりを目指しています。 中村様:新入社員研修についても人事総務メンバーで工夫するようになりました。以前は入社式以降、新入社員同士が顔合わせすることがあまりありませんでしたが、入社3カ月後の6月にフォローアップ研修、入社11カ月後の3月にファイナル研修を新たに追加しました。特に好評なのが、入社5年前後の若手先輩社員が講師となり、自らのキャリアや仕事について自由に語るセッションです。集合研修を通じて、普段交流のない社員とも交流ができるため、会社の全体像をこれまでよりも早く把握できる環境が提供できていると感じています。 池田様:この集合研修は好評だという声を社内からも聞けています。今までは埼玉、群馬などに支店、工場があるため、配属されたあとは本社に来たことがないという人もいました。こういった研修によって、現場でのコミュニケーション以外にも本社にも輪をかけるように関係性を持てるようにしています。会社の理念や考え方──会社として大切にされている理念や価値観について教えてください池田様:「人間尊重」「いかなる時代にも存在価値のある会社であり続ける」という経営理念は保持していますが、少し抽象的で、社員にはイメージしづらいかもしれないため、日常に落とし込むための行動指針を新たに設けました。「挑戦、成長、利他の心」を行動指針として掲げています。この指針は、従業員一人ひとりの成長を重視し、そのための評価軸として策定しました。人間尊重を根底に、社員一人ひとりが成長できる環境を作ることが重要だと考えています。 ──行動指針の浸透度はいかがですか?池田様:挑戦・成長・利他の心は根付いていると思います。これまではトップダウンが一つの強みでもありましたが、やり方に関して指示が多すぎた一面もあったように思います。行動指針を明確にすることで社員が仕事の目的や理由に立ち返り、自らを考えるための道しるべになったと思います。この指針を土台とすることで何事にも自信をもって取り組めるような「心理的安全性」を育んでいきつつ、現場が方針に基づいて自律的に判断し、実行することを期待しています。 根本様:この行動指針は、日々の業務改善制度の「提案活動」でも活かされています。業務効率化のための様々なアイデアが持ち寄られる中で、行動指針を自然と意識した提案が多く見受けられます。さらに、提案活動を通じて業務改善に繋がり、優秀な提案は表彰されるだけでなく、社員が自律的に行動するきっかけにもなっています。この活動は社員が行動指針を身近に感じ、主体的に行動する絶好の機会となっており、指針が着実に社内に浸透している手ごたえを感じています。会社としての歴史も長く、これまで行っていたものを当たり前にやる力は当社の優れている点だと思います。一方で「なぜやるのか」という目的意識が薄れがちになる課題もありました。仕事の目的や理由を意識した取り組みが今後ますます重要になってくると感じています。 会社の歴史──社長就任後、どのような変化を意識されましたか?池田様:社長に就任して以来、私が最も意識してきたのは、組織を「硬直化」させないことです。会社の現状に合わせて、時には現状を打破するような「揺さぶり」も必要だと考えています。柔軟に対応することで社員一人ひとりから活力や主体性いわゆる「ダイナミズム」が生まれるのが理想です。その考えを具体的に反映したのが、戦略的な人事異動です。これまで当社では、同じ事業所内での異動はあっても、事業所を超えるような大きな異動はありませんでした。例えば、欠員が出た際に営業から工場へ異動するケースはありましたが、それは場当たり的なもので、戦略的な異動とは言えませんでした。そこで、過去の評価だけでなく、将来への期待も込めた異動を開始しました。異動は新しい環境への挑戦であり、本人にとっては大変な面もあるでしょうが、適度な緊張感こそが、人と会社を成長させる活力となると考えています。 ──制度変更で苦労されたことはありますか?池田様:社長就任以来、常に人を大事にしたい、人を成長・育成したいという思いがあります。また、経営面では壮大な全体像を描き、実行することにも苦心しており、これもまた大きな課題だと認識しています。制度改革を進める上での一番の苦労は、これまで私たちが得意としてきたことと、これから成し遂げなければならないことのギャップを埋めることです。これまで当社は、経営のハード面、特に事業における「HOW」に注力してきました。一方、ソフト面である「人」の部分、例えばパーパス(会社の存在意義)などはそれほど重視してきませんでした。ハード面だけでは、社員の自律的な成長を促すには限界があると再認識し、今後ソフト面の強化を図ることがまさに「産みの苦しみ」であると考えております。この土台があって初めて、人材育成と会社の成長が両立できると確信しています。 ──ソフト面の強化にあたり、人の成長に対して強い思いを感じているのですが、そう思われる理由を教えて下さい池田様:私が人の成長にこだわるのは、私自身が「成長すること、できることが増えることは、楽しい」と感じているからです。これは人間が感じる幸福の一つの本質だと思っています。この考えは、祖父の代に作られた当社の経営理念である「社員の働きがいと豊かな生活実現、会社の発展」から来ています。しかし、理念が作られた当時と今とでは「豊かな生活」の意味が大きく変わりました。娯楽は多様化し、人々は物質的な豊かさだけではない、心の満足を求めるようになっています。そのため、時代に合わせた経営理念の再解釈が必要だと感じています。その中で一つ「成長」が重要な要素であると考えています。そして、仕事を通じて社会に貢献できるという「自己効力感」が高まっていくのが理想だと考えます。活躍する社員について──社員の方の変化で印象的だったエピソードはありますか?池田様:最近の中国出張での出来事が私にとって忘れられない経験となりました。これまでガラス業界の海外展示会などには、慣例として生産現場の責任者だけが参加していました。しかし、世界の市場動向を知ることは、特定の役職者だけでなく、全社員にとって貴重な学びの機会になるはずです。そこで今回は、見聞を広めることを目的に、部署をと問わず意欲のある中堅社員にも積極的に同行してもらうようにしました。この中国出張にも、経理の女性社員も同行しましたが視野が広がったと大変好評でした。技術的な視点だけでなく、それぞれの持ち場で多くのことを学んでくれたようです。しかし、その中国出張中、私は急な体調不良に見舞われてしまったのです。現地でのアポイントもあり大変な状況で、当初は不安でいっぱいでしたが、同行した皆さんが自発的に機転を利かせて対応してくれました。当初の不安をよそに、彼らが見せてくれた頼もしい姿は、まさに「嬉しい誤算」であり、心から助けられました。未来への取り組み、今後やりたいこと──事業の方向性について教えてください池田様:事業の方向性としては、ガラスという面で堅実な経営を続ける所存であり、特に奇をてらったことは考えておりません。現在、「建築」「自動車」「産業」という3つの分野それぞれに専門工場があり、お客様の多様なニーズに柔軟にお応えできる供給体制が整っています。この強みを最大限に活かし、ガラスの領域で挑戦を続けていきたいと思っています。その一方で、この強固な基盤があるからこそ、新しい挑戦にも積極的に取り組んでいます。その取り組みの一つとして、2025年3月に立ち上げたガラスのECサイトによるダイレクト販売です。ショップ開設初日から問い合わせがあり、幸先の良いスタートを切ることができました。ガラスは種類が豊富であるため、販売方法も含め、固定概念に捉われない柔軟な取り組みを続けていきたいと考えています。──社内の制度はどうでしょうか池田様:ひと昔前の当社は、非常に多くの社内行事がありました。毎年の社員旅行に始まり、事業所ごとのBBQ、ボウリング大会、そして当社が強豪として名を馳せていたガラス業界の野球大会、さらには歓送迎会や忘年会、新年会などと行事が多すぎたかもしれません。しかし、これらの行事の一番の問題は、イベントそのものではなく、「参加して当たり前」「やらなければならない」というトップダウンの強い空気があったことです。社員が心から楽しむというより、義務のようになってしまっていました。現在では、5年に一度の周年行事のみを残しています。毎年実施していた社員旅行や懇親会は、各部署が本当にやりたいものを自分たちで企画する形に変更し、会社が主催する飲み会も年に一度だけと定めました。社員がそれぞれの形で自由に楽しめることを意識し、形式よりも、中身を重視したいと考えています。また今後は「AIを学ぶ会」のような社員が自発的に集まるスキルアップ目的のサークル活動なども、会社として支援していきたいと考えています。──学習の面でAIの取り組みなどは始められていますか。池田様:提案活動の枠組みを使って「AIアイデアマラソン」というのを始めました。これは社員なら誰でも、AIに関する提案を毎月1つ提出するというシンプルなルールです。毎月提案を出し続ければ「完走」となり、優れた提案には表彰も行います。この取り組みの目的は、会社全体のDX化を加速させることはもちろんですが、それ以上に「AIを誰にとっても身近なツールにする」ことです。すでにAIを導入して、自動検査装置を内製化して検査できるレベルになってきています。また、AI工場長なんていうのも考えています。AIの導入によって生産性を飛躍的に向上させるため、まずは全社員にAIに触れてもらいたいです。AIアイデアマラソンを通じて、全社員に「自分でもAIで何かできるかもしれない」と感じてもらい、活用のハードルをぐっと下げていきたいです。