カイシャの育成論——御社の人材育成の特徴について教えてください。当社では5年前から教育カリキュラムを体系的に整備し、新入社員から5年目までの段階に応じた育成プログラムを展開しています。これは中小企業でも珍しい手厚い育成体制だと自負しています。1年目は基礎力を身につける新人研修を実施し、その後すぐに実務に就くことで、現場での経験を通じて学びを深めます。2年目の5月には、新人研修と同じ時期に合わせて、1年目で学んだ内容を振り返る研修を行い、課題設定などの理解を再確認します。あえて新人と同じタイミングで実施することで、先輩・後輩のつながりを強める狙いもあります。その後は、1年目と2年目の合同でプロジェクトに取り組み、技術力やプロジェクトの進め方について、社内のエキスパートが指導する形で実践的な学びを積み重ねていきます。——4年目、5年目の研修はいかがでしょうか?4年目には必ず社長との個別面談を実施しており、社員はこれまで関わってきたプロジェクトや取得した資格、今後挑戦したいことについてレポートにまとめます。その内容をもとに、社長自らが面談を行い、「今の経験を活かすなら、こういった部署やプロジェクトが向いているのでは」といった具体的なアドバイスを直接伝えています。5年目には、会社設立の経緯や企業理念に立ち返る研修を実施し、「なぜこの会社が存在するのか」「自分は何のために働くのか」といった問いを通じて、自らのキャリアを見つめ直す機会を設けています。——5年間一貫した教育制度の狙いは何でしょうか?当社はこれまで技術会社として、技術教育には一貫して力を注いできましたが、論理的思考力やマネジメント力といった側面については体系的な育成が手薄でした。そこで5年前からは、技術力に加えて人としての総合力を高める教育体制の構築に踏み出し、5年目までを一つの育成フェーズとして位置づけ、手厚く支援しています。その目的は、5年目以降に自ら考え、自ら動ける「自走できる人材」へ育てていくためのいわば土台づくりです。しかし実際には、5年目を超えると育成の手が行き届かず、成長を個人任せにしてしまっていた現状がありました。そこで今後は、若手社員の資質が向上している今だからこそ、より高度な成長機会が必要だと考え、PM(プロジェクトマネージャー)としての育成にも本格的に取り組んでいく方針です。——現在直面している人材育成の課題はありますか?PMの育成が1つの課題です。これまではFM(フィールドマネージャー)と呼ばれる課長職に近い役職者自身が複数のプロジェクトのPMを兼務していました。FMがマネジメントを担当することでメンバーには技術力の習得や現場の業務に集中させた方がよいと考えていたため、若手社員がPMを経験する機会が少なくなっていました。それによって、メンバーの技術力やスキルは向上しましたが、プロジェクトマネジメントスキルは停滞してしまいました。若手が自らプロジェクトを主導し、意思決定の場に立つ経験こそが、メンバーの更なる成長の鍵になると考え、数ヶ月前から育成の仕組みを刷新しました。「このプロジェクトはどうあるべきか?」「お客様の要求は何なのか」「どんな成果を出せば、自分たちのプロジェクトは成功と言えるのか」そういった対話が自然と交わされる環境づくりをしていくことで、自ら考えて行動できるPMが育つと考えています。ただ、結果がでるまではもう少し時間がかかると思っています。独自の資格制度「BASE」と企業理念の浸透——研修以外の教育制度についても教えてください。当社には「BASE(ベース)」という独自の社内資格制度があり、入社から満3年までに全社員が取得することを義務づけています。この資格では、会社の理念や創業の背景、行動指針(クレド)を理解し、それらをお客様や外部の方とのやり取りの中で体現できる力を養います。制度の目的は、単に技術者として優秀であることにとどまらず、「なぜこの会社で働いているのか」を一人ひとりが自覚し、自らの言葉と行動でその価値を伝えられる人材を育てることにあります。競争の激しい業界だからこそ、当社の強みや存在意義を明確に理解し、誇りを持って働けることが、社員一人ひとりの力になると考えています。——企業理念で特に重視されていることはありますか?当社では「QIC(クイック)」という独自の価値観を大切にしています。これは、疑問(Question)、違和感(Incompatibility)、好奇心(Curiosity)の頭文字をとった言葉で、日々の業務の中で生まれる「変だな」「なんだろう?」という感覚こそが、新たな提案やサービス、改善のきっかけになるという考え方です。多くの職場では、そうした気づきは心の中に留められてしまいがちですが、当社では必ず声に出して周囲と共有することを推奨しています。実際、この姿勢から多くの挑戦が生まれており、「QIC」という言葉は毎週の朝礼でも繰り返し伝えられ、社内に定着しています。ただし、単に言葉として知っているだけではなく、実際の行動に移すことが重要です。特にソリューション部門では、お客様への提案において仮説を立てて対話を重ねる必要があるため、「QIC」の考え方が自然に根づいています。一方で、お客様の依頼に基づいて業務を遂行するアウトソーシング型の部門においては、「QIC」をどのように業務の中で付加価値として活かし、改善につなげていくかが課題となっており、実業務に落とし込むためには、上司層の指導力強化も重要だと考えています。——インナーブランディングにも取り組まれているとお聞きしました。はい、約3年前から、インナーブランディングに本格的に取り組み始めました。きっかけは、事業のマーケティング戦略を検討する際に、外部の専門コンサルタントから「外部への発信だけでなく、まずは社内の統一感を高めることが重要だ」とアドバイスを受けたことでした。これを機に、コーポレートカラーを統一し、ブランドとしての一貫性を高める取り組みを進めてきました。あわせてブランドガイドラインも策定し、現在はその浸透を図りながら、社員一人ひとりが会社の価値を意識して行動できるよう、社内文化の醸成を進めています。学習重視の企業風土と実践的教育の歴史——なぜこれほど教育に力を入れるようになったのでしょうか?当社は創業当初、海外向けの電話交換機の設計や構築といった特殊な技術を扱う事業からスタートしました。そのため、学校で学んだ専門知識だけでは対応できないことも多く、実際のマシンを用いた実践的な教育とOJTを重視してきました。そうした背景から、「仕事は現場で教え、学びながら成長していくものだ」という考え方が自然と社内に根づいており、教育への取り組みは創業当初から当たり前の文化として受け継がれています。——創業当初の教育はどのような形だったのでしょうか?創業当初の教育は完全に叩き上げのスタイルで、最初の3〜5年間はほとんど海外案件に特化していました。会社を立ち上げた当時は、お茶の水のオフィスの片隅に小さな机を借りて始まりました。社員採用も独特で、リクルートの雑誌に広告を出しても連絡が来ないので、お茶の水の居酒屋に行って学生を探していました(笑)。「海外に行かなくちゃいけない仕事なんだけどやってみない?」「エッフェル塔見たことある?」「ニューヨーク行ったことある?」なんて話をして。実際にやっていたのはアフリカの仕事が多かったんですけどね。創業当初の教育は、先ほども少し触れましたが入社2、3週間後には現地に連れて行き、実際のマシンを使いながら現場で直接技術指導を行うOJT中心のスタイルを徹底していました。現地に数か月間滞在する中で、英語力も自然と身につき、技術だけでなく自信も養われていきました。この自信が社員の成長意欲をさらにかき立て、結果的に高い技術力と積極的な姿勢を持つ人材の育成につながっていきました。——現在の教育制度に至るまでの変遷を教えてください。創業当初、本格的な教育制度は存在せず、先輩社員が現場で直接指導する“OJT”が中心でした。当時は「仕事を通じて自然と覚えていけばよい」という考えが一般的で、体系的な教育は必要とされていなかったのです。しかし、技術の進化のスピードが加速し、多くの新しい仲間を迎える中で、教育の重要性を強く実感するようになりました。特に、社長自身がエンジニアとして学び続けてきた経験から、「学ぶ姿勢」や「新しい技術を積極的に吸収すること」の価値を社内に浸透させるべく、本格的な技術教育がスタートしました。その後、技術力の向上にとどまらず、課題解決力やマネジメントスキルといったビジネススキルの育成も、他社との差別化を図るうえで不可欠だと考え、教育の領域を拡大。現在では、対面型の研修に加え、eラーニングやオンライン研修など、学びのスタイルも多様化させながら、社員の成長を支援しています。かつては会社が必要とする知識やスキルを一律に提供し、社員に受講を義務づける場面もありました。しかし今では、社員一人ひとりが自らのキャリアを主体的に考え、必要な技術やスキルを自ら選んで習得するスタイルへと変化しています。このような「自律的な学び」の文化が、社員の主体性と行動力を育み、会社全体の成長につながっていると実感しています。活躍する社員の共通点と人材像——御社で活躍されている社員の特徴を教えてください。まず大切なのは、与えられた仕事に対して興味を持ち、自ら深掘りしようと努力できる人です。性格やタイプは問いません。実際、当社には物静かで落ち着いている一方で確実に成果を出す社員もいれば、陽気でエネルギッシュに活躍する社員もいます。重要なのは「主体性」、つまり自分から積極的に動こうとする姿勢です。もう一つ大切なのは、上司やクライアントから無理難題とも思える要求が来た時に、ただ「できません」と終わらせないことです。要求を出す側は「なぜ無理なのか」を理解していない場合が多いため、単純に拒否しても話が進みません。そのため、「この要求は実現できませんが、本当に達成したい目的はこれですよね。であれば、こういった方法なら可能です」というように、要求の本質を読み取り、解決策を考え提案できる人こそが今のマネージャー陣の姿だと思います。失敗することがあっても、「どうしたらできるか」を真剣に考え続ける姿勢こそが何より重要であり、そうした姿勢が組織を強くします。——組織としてはどのような特徴がありますか?社員一人ひとりにはそれぞれ「譲れないもの」、しっかりとしたポリシーがあります。周囲からすごく適当な印象を持たれている人がいたとしても、これと決めたものはしっかりとポリシーを持ってやるから、最終的にうまくいく。周囲もその人のブレない部分が何かを理解しているからこそ、それ以外の細かい部分はお互いに許容し合える関係性が築かれています。私も社長として、「それがアイツらしい」と受け入れているので、多様性のある組織になっています。よく「動物園のような会社」「ガラパゴス的な会社」とも言われますが(笑)、一つの会社だからといって皆が同じ枠にはめられるべきだとは考えていません。根底にあるのは、誰もがそれぞれ活躍できる場所が必ずどこかにあるという信念です。だからこそ、画一的な型にはめることなく、一人ひとりの個性や強みを活かせる組織づくりを大切にしています。確かな技術力を背景とした事業展開——現在の主力事業について教えてください。移動体通信が当社の事業の8〜9割を占めており、1995年頃の携帯電話会社の急増期にタイミングよく参入できたことで、主力事業として大きく成長してきました。当時、移動体通信を扱える会社は多くなかったため、その波に乗ることができたのです。現在は、通信キャリアのコアネットワークから基地局に至るまで、設計・構築・運用・保守など幅広いネットワーク業務を担っています。最近では海外から商品を持ってきて国内で独占販売する契約も結んでいます。例えばイスラエルの企業と1年半かけて検討した優秀なツールを国内キャリア向けに展開し、大きな契約を獲得する成果も上げています。——技術開発への取り組みはいかがでしょうか?現在、当社では新たな自社サービスの開発を進めています。開発の中核部分はほぼ完了しており、今後は見た目や操作性の改良を進めることで、さまざまな現場で実際に活用していただける段階に来ています。実は正式リリース前にもかかわらず、お客様に話をしたところ「早く使いたい」との声をいただくほど、期待を集めているサービスです。実際はまだ販売契約は締結していませんが、こうした“完成前に購入を希望”していただくような状況は、かつてアメリカで電話交換機の開発を担当していた時と重なります。あの時は製品が完成する前に販売が決まり、現地で半年以上、ホテルにほとんど戻れないほどのハードな日々を過ごしました。食事は毎日マクドナルドしか選択肢がなく、「もう二度と見たくない」と思うほど食べ続けたことを今でも覚えています。しかし、サービス開始の夜、顔も知らない人たちがその交換機を使い、CPUのトラフィックが徐々に増えていく様子を見て、込み上げるものがありました。自然と涙があふれたあの瞬間が、ものづくりの原点であり、いまなお挑戦を続けるモチベーションになっています。——現在の技術レベルはいかがでしょうか?当社では、現場の技術者が自らの気づきから生み出したツールや仕組みが実際の業務に採用されることもあります。「この作業、面倒だったので自分でツールを作ってみました」といった形で持ち込まれるケースが多く、そうした提案に対しては「いいね、それ使おう」と現場で即採用される文化が根づいています。これはまさに、当社が大切にしている「QIC(クイック)」の価値観、すなわち疑問(Question)、違和感(Incompatibility)、好奇心(Curiosity)から出発し、自動化や効率化を推進する社員一人ひとりの行動が実を結んだ結果だといえます。さらに最近では、Salesforceに特化した自動テストツールを扱うロンドンの企業と出会い、日本国内の独占販売契約も結びました。Salesforceは年に3回バージョンアップされるのですが、新しい機能の追加や修正など常に進化し続けているため、バージョンアップするとこれまで作り上げたものが思った通りに動かなくなることがあります。そのため、バージョンアップする度にきちんと動作するか確認しておく必要があり、手間がかかるなど運用が複雑になるケースが少なくありません。そのロンドンの企業はそれを解決する製品を開発・販売しており、動作検証の手間を大きく削減できるようになります。現場の声と国内外にいる当社のパートナー企業の技術が融合することで、当社のソリューションの幅はますます広がっています。——御社の仕事の社会的意義についてはいかがでしょうか?実は当社の仕事は、世の中に大きく知られることはほとんどありません。多くの場合、私たちの存在が表に出るのは、何かトラブルが起きた時。たとえば、通信障害のニュースが流れると「もしかしてうちのメンバーが関わっているのでは…?」とドキドキしてしまう、というのが正直なところです(笑)。それでも、当社のエンジニアたちが担っているのは、まさに日本の社会インフラを支えるネットワークづくりという極めて重要な仕事です。しかしながら、当の本人たちはそれを特別なこととは思わず、「自分はただこういう作業をしているだけです」といった謙遜をすることも少なくありません。でも、もし彼らが「自分たちが社会を動かしているんだ」という自覚を持って日々の業務に取り組めば、さらに誇りと主体性を持って成長できるのではないかと考えています。自分の仕事の価値に気づくことが、次のステップへの原動力になると思っています。グローバル展開と次世代人材育成への取り組み——今後のビジョンについてお聞かせください。今後はソリューション事業のさらなる拡大を目指しています。現在開発中の自社サービスについても、来月にはデモンストレーションを実施し、本格的な展開に向けて動き出す予定です。すでにお客様から「早く使いたい」とのお声もいただいており、期待に応えるべく社内一丸となって準備を進めています。また、日本国内における少子化の進行を踏まえ、数年前から東南アジアへの進出を再開しています。以前はミャンマーを中心に事業を展開していましたが、クーデターの影響により一時撤退。しかし、現地のパートナーとの信頼関係は継続しており、情勢が落ち着けば再開の可能性も十分にあります。現在は韓国、台湾、インドネシア、タイとのネットワークを築いており、特にタイでは近いうちに具体的なプロジェクトがスタートする見込みです。また、ロンドンの企業とも引き続き協力関係を築きながら、今後はより一層グローバルな視点で事業を展開していく方針です。——人材面でのグローバル化についてはいかがでしょうか?当社では、国籍に関係なく意欲のある人材を積極的に採用しており、留学生の採用にも力を入れています。実際、韓国や中国、アメリカ、モロッコなど、多様なバックグラウンドを持つ社員たちが、さまざまなプロジェクトで活躍しています。私は「全員が留学生でも構わない」と思っているほど、国籍に対するこだわりはなく、むしろ多様性が組織にもたらす力を信じています。ただし、日本の企業として、日本のお客様と仕事を進める以上、日本独自のビジネスマナーや企業文化を理解することは不可欠です。そのため、留学生が安心して働けるよう、企業文化やマナーに関する研修の充実を図っており、現在、教育担当とともに具体的なプログラムの設計を進めています。多様な人材が、それぞれの力を最大限に発揮できるような環境づくりを、今後も継続していきたいと考えています。——9月から35周年記念事業も始まるとお聞きしました。はい。今年9月で創立35周年を迎えます。現在、周年イベントの実行委員が中心となって企画を進めており、単なるお祝いの場にとどまらず、「自分たちの会社がどのように歩んできたのか」「どんなことを成し遂げてきたのか」を再確認できるような内容を検討しています。節目の年だからこそ、社員一人ひとりが自分たちの仕事の価値や意義を改めて認識し、「自分のやっている仕事って実はすごいんだ」と実感してもらうきっかけにしたいと考えています。会社の歴史を振り返ることで、今の仕事への理解や誇りが深まり、これからの未来への意欲にもつながっていく。そんな前向きなエネルギーを共有できる場にしたいと思っています。——人材育成で最も大切にしていることを改めてお聞かせください。当社では「実践から学ぶ」ことを最も重視しています。理論だけでは習得できないスキルや感覚を、実際の経験を通して身につけることこそが、本質的な成長につながると考えているからです。だからこそ、社員一人ひとりが常に挑戦できるような実践的な学習環境を継続的に整え、その成長を会社全体で支援する姿勢を大切にしています。また、どんなに難しい状況でも「無理」と決めつけるのではなく、「どうすればできるようになるか」を考える発想も重要にしています。無理を前提に考えるのではなく、無理だからこそ可能性を広げる。そうした挑戦的な文化と、段階的に設計された体系的な教育制度を両立させることで、技術力と人間力を兼ね備えた人材の育成を目指しています。今後は入社5年目以降のPM教育やマネジメント教育の強化、さらには国際化にも対応した教育体制の整備を進め、創業以来培ってきた「実践から学ぶ」という企業文化を、さらに進化させていきたいと考えています。