カイシャの育成論──現在、人材育成についてどのような取り組みをされているのか教えてください。吉岡様:現在は若手教育プログラムとマネジメント層の教育プログラムの体系化を進めています。これまで当社には年間を通じた体系的な教育プログラムがありませんでした。そのため、まずは新入社員向けの研修を5月以降定期的に実施し、これからはマネジャー層向けの研修もスタートする予定です。──研修プログラムを設計する上で、特に工夫された点はありますか。吉岡様:当社ならではの取り組みとして、人事が一方的に研修を設計するのではなく、現場で活躍している若手社員や経験豊富なメンバーを集めて、研修設計を行うプロジェクトを立ち上げました。創業14年目でまだ成長途上の組織だからこそ、現場の課題を肌で感じている社員たちに参画してもらい、自分ごととして捉えてもらうことが重要だと考えました。──プロジェクトメンバーはどのように選定されたのでしょうか。吉岡様:各部門長に、今回の研修目的を達成できる人材を推薦してもらいました。社歴が浅い若手メンバーと経験豊富な社員、この2つの視点が必要だと考え、部門横断型のチームを編成しました。部門長も期待を寄せる社員をアサインしてくれたので、選ばれた本人にとってもモチベーションの向上にもつながったと思います。──週1回のディスカッションを重ねられたそうですが、どのような発見がありましたか。吉岡様:研修設計を始める前のミーティングから部署間にシナジーが生まれたことですね。当社は昨年9月まで、物理的にオフィスが分かれていて、相互の交流が希薄でした。そのため、ミーティングを通じて、ランゲージソリューション事業本部で行っている営業トレーニングが、実は他部署でも活用できる汎用性の高い内容であることが分かるなど、新たな発見が色々とありました。こういったことはプロジェクトを立ち上げた大きな効果だと思います。──プロジェクトに参加したメンバーの反応はいかがでしたか。吉岡様:最初は受け身の姿勢の人が多かったように感じます。週に1回必ず集まり、各自にタスクを与え「自分の部署にはどのようなマインドが必要か」「1年目、2年目にはそれぞれ何を身につけてもらうべきか」を考えてもらううちに、だんだん主体的な姿勢に変わっていきました。議論を重ねるごとに精度も高まり、部署特有の必要スキルと、全社共通で必要なスキルが明確になりました。伊藤様:現場の声を反映したことで、当社で活躍する人材像や、各役割・階層に求められる共通の姿勢なども明確になってきました。それらをプログラムに落とし込み、意味のある研修を作っていくことが特徴的だと思います。会社の理念や考え方──貴社が大切にしている理念について教えてください。伊藤様:当社のパーパスは「人と企業が成長し合う、多様性のある豊かな社会の実現」です。私たちはパーパスの実現に向けて、すべてのビジネスパーソンがグローバルで活躍することを支援しています。当社は創業時から「多様性」を大切にしております。その理由は創業メンバー自体が多様だったことに裏付けされています。日本人の社長、カナダで生まれ育った日経2世の私、そしてフィリピン出身の女性という、全く違うバックグラウンドを持つ3人で立ち上げた会社です。現在も社員の2割が外国籍で、英語でしか会話できない人もいれば、日本語しか話せない人もいます。その中で、どちらかの言語だけに頼るのではなく、日本語も英語も使い、歩み寄ってコミュニケーションをとることを大切にしています。吉岡様:私が入社して驚いたのは、ミッション・ビジョン・バリューが社内にしっかり浸透していることです。その理由の一つとして、新卒でも中途でも、入社初日に社長が1時間かけて、立ち上げの背景やミッション・ビジョンに対する思いを自ら直接話すことを大事にしている点が大きいと思います。バリューは「成長し続ける」「建設的に対話する」「新しい価値を生み出す」の3つ。これらを体現できる人が活躍しています。──オンライン英会話「Bizmates」を通じたグローバル人材育成において特に重視されていることは何でしょうか。伊藤様:当社が提供するオンライン英会話「Bizmates(ビズメイツ)」は、1500社以上の法人企業に導入いただいています。企業の「グローバル人材を育成したい」というニーズに対し、英語研修やグローバルマインド研修を提供させていただくことが多いのですが、ソリューションを提供するうえで最も大切にしているのは「Why-What-How」のフレームワークです。まず「Why」=なぜその研修を行うのか目的を明確にすることが最も重要です。次に「What」=どのようなスキルが必要なのかを見極め最後に「How」=どうやって習得するかを考えるという流れです。実は多くの企業では、この「Why」の部分が曖昧なまま、研修を設計してしまうことがよくあります。「グローバル人材を育成したい」だけでは不十分で、誰と、どこで、何について話すのか、いつまでに必要なのか。これらが明確になって初めて、私たちが提供するべき必要なスキルも見えてきます。会社の歴史・転換点──貴社の2つの事業はどのような経緯で生まれたのでしょうか。伊藤様:よくビズメイツは「オンライン英会話サービスの会社」と言われますが、「英会話学校ではなく、ビジネスパーソンがグローバルで活躍するためのサービスを作りたい」という想いで創業しました。最初の5~6年は英会話サービスが中心でしたが、事業を進めていく中で、自社でIT人材の採用が難しい時期がありました。その時に、外国籍人材を積極的に採用していこうと決めたら、とてもうまくいったんです。自社の課題解決をきっかけとして、グローバル人材の紹介サービスを立ち上げ、日本におけるIT人材不足を解決できるようなサービスになりました。さらに外国籍の方が日本で働く際、言語が最大の壁になっていることから日本語学習サービスも開始しました。現在は人材と語学の2事業を軸に、グローバル人材の採用支援と英語・日本語の語学学習サービスに加え、法人向けに、グローバル人材に求められる異文化理解をベースとしたマインドセット研修も提供しています。──日本のポテンシャルを世界に広げたいという思いが根底にあるそうですね。伊藤様:私はカナダで生まれ育ち、子供の頃、祖父母から送られてくる日本のお菓子やおもちゃを学校に持っていくと、みんなに「すごい!」とよく言われました。自分も誇らしくて親に「なぜこんな素晴らしい商品がカナダで売られないの?」と聞くと「日本のものは高いから」と。でも、大人になって来日してから気づいたのは、必ずしも「高いから売れない」のではなく、日本の魅力が英語で伝えきれていないことが大きな理由だと気づきました。価値があるのに届かない、そのもどかしさを強く感じました。同じような問題意識を、社長も別の角度から持っていました。ベルリッツで働いていた時、英語ができる人が活躍する姿を見ながら、社長自身が海外で仕事をする中で実感したのは「日本人だからこそ信頼される場面が確かにある」ということ。特にアジアでは、日本人というだけで「嘘をつかない」「真面目」「クオリティが高い」といったイメージから信頼を得やすい。これは大きなアドバンテージです。それにもかかわらず、英語ができないからと挑戦を諦めている人が多いのは、非常にもったいない。日本の力や価値を、きちんと言葉にして世界に届けられる人を増やしたい―その思いが、私たちの事業の原点にあります。活躍する社員について──貴社で活躍されている社員に共通する特徴はありますか。吉岡様:当社はベンチャー企業なので、社歴・年齢に関係なく責任ある仕事を任せる機会が多くあります。その中で活躍しているのは、成長に対して貪欲な人、主体的に動ける人、チャンスを自ら掴みにいこうとする人です。若くても経験が浅くても、手を挙げる人にチャンスを与えるという考え方を大切にしています。また、これからはさらに「前に出る文化」を作っていきたいと思っています。成長意欲を持った人を採用し、活躍できる場を作る。そのためにも会社を成長させ続けることが大事だと考えています。会社の事業について──貴社が提供している企業向け研修の特徴的な事例を教えてください。伊藤様:大手家電量販店様の事例では、外国人観光客への対応力向上が課題でした。英語力を上げること自体が目的ではなく、「外国人観光客に商品を説明し、納得して購入してもらうこと」が真の目的です。これが先ほどお伝えした「Why」を明確にする、ということですね。そこでこの企業専用にカスタマイズした教材を作成し、提供しました。商品の機能説明だけでなく、購入につながるベネフィットを説明できるようなフレーズを日英両方で用意し、実際に店舗で起こりうる状況のロールプレイも組み込みました。受講者は休憩時間にオンラインレッスンを受けて、午後にはすぐ現場で試せます。学んだ内容が成果につながるプロセスを体感しやすく、成長実感を得やすい設計が特徴でした。静岡ガス様の場合は、ローカル企業として静岡で働きたいという社員が多く、誰も海外に行きたがらないという課題がありました。つまり、英語学習の前に「マインドを変える」ことが優先される状況でした。そこで英語力の向上よりもマインド変化を重視し「グローバルマインドセットプログラム」を提供しました。このプログラムは、英語力そのものを教えるのではなく、"今ある英語力で自信を持って伝える姿勢"を身につけることを重視した体感型研修です。研修後には英語に向き合うマインドの変化"や"発信への自信"といった内面的な変化が明確に見られました。実は語学試験の点数が高くなくても海外で活躍している人はたくさんいます。日本の小・中・高で学んだ英語だけでも、実は十分コミュニケーションが取れることに気づいてもらうことが重要だと考えています。マインドが変わると、研修後も自ら学び続けるようになります。私たちはこういった"きっかけ"を生む仕掛けを研修の中に数多く取り入れるように心がけています。実際に当社内でも、会議では日本語と英語が自然に行き交う場面がよくあります。英語の完璧さよりも、「目的を達成するために言語を使いこなす」ことこそが重要だと考えています。──研修設計では大切にされているポイントがあるそうですね。伊藤様:設計部分では先程の「Why-What-How」のフレームワークを固めた上で5つのポイントを重視しています。1つ目はトップダウンのメッセージ。人事主導ではなく、社長や役員から「会社として取り組む」という意思が明確に示されることが必要です。2つ目は実践的な内容であること。ビジネスで使わない単語や文法の学習だけではモチベーションが下がってしまうので、先ほどの事例のように、現場で実際に使える内容を取り入れています。3つ目は実践の場。研修で学んだことをすぐに使える環境を作ることです。実務で使えればもちろんいいのですが、難しい場合は当社で実践の機会を作ってサポートすることもあります。4つ目はスキルだけでなくマインドセットの変化を測定すること。TOEICの点数よりも、グローバルで働くイメージができるようになったか、英語への意欲が高まったかといった変化が重要です。研修は一時的な学習に過ぎません。その場で全てを習得することは難しいので、「継続して取り組む姿勢」を大事にしてもらいます。そうすれば、研修後も能動的に新しい分野の習得が可能になるからです。5つ目はサポート体制。研修をやりっぱなしにせず、悩んだ時に相談できる体制を作ることです。研修を実施して終わり、というケースは少なくありませんが、先ほどの4つ目とも繋がる「継続の土台づくり」まで含めて、私たちも積極的にサポートしています。──こういった研修は社内に語学理解の深い担当者がいないと実施に結びつかないイメージがあるのですが。伊藤様:むしろ、明確にイメージを持っているケースはそんなに多くありません。「Why-What-How」のフレームワークでもお伝えした通り、Whyが固まっていないままとりあえず英語を使えるようになりたい」という漠然とした目的で始まることが多いです。だからこそ、まずは一緒に具体化していきます。その後、研修を実施すると、「頑張る人」が誰なのか見えてきます。企業としては、この研修をきっかけに頑張る人に投資を集中させ、変化を促してもらいたいと思っています。こうした取り組みを継続的に行うことで、頑張る人たちがマジョリティになると、これまで動いていなかった人も「まずい」と気づいて動き始めます。日本企業では、頑張る人が1~2割にとどまってしまうことも少なくありませんが、それを3割まで増やせれば、組織としては大きな変化になります。未来への取り組み・今後の展望──今後の貴社の取り組みや、方向性についても教えてください。吉岡様:パーパスの実現に向けて、現在の事業にとどまらず時代の変化に応じて事業そのものを進化させていきます。新規事業の立ち上げやM&Aも積極的に検討しており、来年には新しい取り組みを始められるよう準備を進めています。大切なのは、パーパスとミッションから大きく外れないこと、そして既存事業とシナジーを生み出せることです。伊藤様:私たちは日本のポテンシャルを世界に広げたい。日本には素晴らしい商品やサービス、高い技術を持つものづくりの職人がいるのに、日本国内でしかその価値が活かされていないケースが多い。これは本当にもったいないことです。グローバルで活躍するための言語だけでなく、マインドセットから変えていく。それが私たちの使命だと考えています。──マネジメント層向けの研修も、現場の声を反映させた内容になるのでしょうか。吉岡様:はい。多様性のある組織だからこそ、画一的な研修ではなく、現場の声を活かした研修を作ることが重要です。そして何より、参加者が「自分ごと」として捉えられる仕組みを作ることが、私たちの人材育成の根幹にあります。