カイシャの育成論──現在、貴社が人材育成において最も力を入れている取り組みについて、具体的にお聞かせください。秋岡正之様:当社の育成には、大きく分けて2つの柱があります。1つは独自の「人事評価制度」を通じた個人の成長支援、もう1つは「小集団活動」による現場主導の組織改善です。特に小集団活動は、製造現場のボトムアップを目的として2016年頃から導入し、現在は同じ部署の8名程度のグループで活動を行っています。──「小集団活動」を導入された背景には、どのような課題があったのでしょうか。秋岡正之様:導入当時の当社は、多くの社員が「指示待ち」の状態で、上からの明確な指示がないとなかなか自律的に動けないという課題がありました。そこで、「小さな失敗はしてもいいから、まずは自分たちで考えてやってみよう」という姿勢を育むために、この活動をスタートさせました。──2016年からとなると、すでに9年近い歴史がありますね。活動はスムーズに進んだのでしょうか。秋岡正之様:決して最初から順風満帆だったわけではありません。通常の製造現場では「整理・整頓・清掃」の3Sから始めますが、当社はそれ以前の「0S(ゼロエス)」からのスタートでした。何が必要で何が不要かさえ判断がつかない、文字通りゼロの状態です。最初の2〜3年は、すべてのグループがこの基礎中の基礎である「0S」の定着に心血を注いでもらいました。──「0S」からとは、徹底されていますね。その地道な活動をどのようにして浸透させていったのですか。秋岡正之様:モチベーションを維持し、活動を自分事として捉えてもらうために、毎年「発表会」を開催しています。管理職が厳正な採点を行い、上位チームには賞金を授与する仕組みです。この賞金額は、他社と比較してもかなり多めに設定しています。明確なメリットを提示することで、それが自発的な行動の強力なきっかけになると考えています。──もう1つの柱である「人事評価制度」についても伺いたいと思います。この制度を構築された経緯を教えてください。秋岡正之様:私が社長に就任する前、当社の評価制度は曖昧で、いわば独善的なものでした。何を基準に評価されているのかが不明確では、社員の意欲は削がれてしまいます。そこで、コンサルティング会社と共に2年をかけて、独自の制度を構築しました。──2年という期間は、制度構築としてはかなり長いように感じますが。秋岡正之様:既製品のパッケージを当てはめるのではなく、当社の実態に即した「本物」(成果だけでなく成果をサポートする人や行動も評価したモノ)を作りたかったのです。各職場のリーダーたちをプロジェクトチームに招き入れ、現場の目線で「どのような項目を評価すべきか」を徹底的に議論しました。その結果、多くの社が納得感を持てる、共通の「物差し」が完成したのです。──制度を運用してみて、どのような変化を感じていらっしゃいますか。秋岡拓弥様:評価する側の管理職に、「部下をちゃんと見て、育成しなければならない」という意識が自然と芽生えたことが最大の収穫です。これまでは感覚的なイメージで評価しがちでしたが、具体的な指標に基づいたフィードバックが可能になりました。秋岡正之様:もちろん、課題も浮き彫りになりました。評価する側もこれまでは「人を育てる教育」を受けてこなかったため、管理職によって評価基準にばらつきが出てしまったのです。現在はこの「評価スキルの差」を埋めるべく、さらに試行錯誤を繰り返しながら、精度を高めている最中です。会社の理念や考え方──貴社の育成方針の根底にある、最も大切にされている理念について教えてください。秋岡拓弥様:3年ほど前に策定したミッション・ビジョン・バリュー(MVV)がすべての土台です。中でもバリューとして掲げている「できないと言わない。やれる方法を常に考える」という言葉は、当社が最も大切にしている姿勢です。──非常に力強い言葉ですね。この言葉はどこから生まれたものなのでしょうか。秋岡拓弥様:当社が町工場から現在の規模まで成長できた最大の要因は、現社長(正之氏)の仕事に対する飽くなき探求心と、執念とも言える取り組み方でした。社長交代という大きな節目を前に、その「成功のDNA」を感覚的なもので終わらせず、言語化して会社全体の共通言語として根付かせたいと考えたのです。──理念を形にするだけでなく、浸透させるために工夫されていることはありますか。秋岡正之様:策定したMVVをカードにして、全社員に配布しました。朝礼や会議など、あらゆる場面でこの言葉を意識できる環境を作っています。私は社員に、昨日よりも今日、今日よりも明日と、ほんの少しずつでも自分の環境を良くしていこうという向上心を持ってほしいと願っています。秋岡拓弥様:私が前職の経験から学んだのは、成長し続けている企業には必ず明確なビジョンと共通言語があるということでした。一部の人間だけが理解している状態ではなく、全員が同じ方向を向くための羅針盤として、この理念を活用しています。会社の歴史・転換点──これまでの歩みの中で、最大の苦難はどのようなことでしたか。秋岡正之様:先代の時代に町工場を今の工場へと拡大し、多額の融資を受けて勝負に出た直後に起きた「リーマンショック」です。工場移転から2年目という、最も勢いをつけなければならない時期に、仕事が激減しました。当時は工場長としてNo2でしたが財務的に非常に苦しく、精神的にも追い詰められた期間が続きました。──その危機を、どのようにして乗り越えられたのでしょうか。秋岡正之様:正直、当時は「やるしかない、やらなければ終わりだ」という覚悟だけでした。どうすれば生き残れるか、その方法を絞り出すことに全精力を注ぎました。また、幸いにも当社には、経営や品質の面で厳しくも温かいご指導をくださるお客様が多くいらっしゃいました。「お客様のためにやらなければならない」という強い使命感が、私たちを突き動かしてくれました。──その苦難があったからこそ、現在の「強い組織」があるのですね。秋岡拓弥様:そうですね。最近の大きな転換点としては、やはりMVVを策定し、「100億円」という具体的な目標を掲げたことです。これまでは外向きの営業施策に注力してきましたが、次なる成長段階へ進むためには、内側の組織的な土台、つまり「人の力」を盤石にする必要があると痛感したのです。社長交代というタイミングもあり、自分たちが何者であり、どこへ向かうのかを明確に示したことは、組織の結束を強める大きな一歩となりました。活躍する社員について──貴社において、特に「頼りにされている」と感じる社員の方々には、どのような共通点がありますか。秋岡拓弥様:バリューでも掲げている通り、「やれる方法を自律的に考え、物事を自分事として捉えられる人」です。当社の規模であれば、自分の担当範囲だけをこなすのではなく、自分の仕事が周りや後工程にどう影響するかを想像し、枠を超えて何ができるかを考えられる人が非常に活躍しています。──社員の方々の「主体性」や「絆」を感じた、具体的なエピソードはありますか。秋岡正之様:2018年7月に発生した倉敷の豪雨災害の時のことが、今でも強く心に残っています。2階まで浸水した社員自宅の復旧作業を、会社として手伝いに行こうと呼びかけました。当時は仕事が少なかった時期とはいえ、どれだけの社員が手を挙げてくれるか不安もありました。──実際には、どのような反応があったのでしょうか。秋岡正之様:驚いたことに、管理職だけでなく、非常に多くの社員が自発的に作業時間の調整をして参加してくれたのです。誰が指示するわけでもなく、泥を運び出し、片付けを率先して行う姿がありました。まさに「出来る」「出来ない」ではなく、「やるか」「やらないか」【やれる方法を考える】社員の姿がみられました。 指示待ちではなく、仲間のために自ら動く組織へと変わった瞬間を目の当たりにし、この団結力こそが当社の真の強みだと確信しました。会社の事業について──現在の事業特性と、それが人材育成に与える影響についてお聞かせください。秋岡正之様:当社は鋳鉄の技術を核とした部品メーカーです。BtoBの「部品屋」であるため、自分たちの仕事が最終製品として市場でどう評価されているか、工場で働く社員には見えにくいという課題があります。──その課題に対し、どのような意識付けを行っていますか。秋岡正之様:「自分たちの技術が会社の成長の基礎である」という誇りを持てるよう伝えています。例えば、海外から調達した製品の品質を正しく判断できるのは、自社工場で培った高い技術とノウハウがあるからです。お客様が求める品質、コスト、そして何より「量」を安定して提供できる供給能力こそが、私たちSupplierの存在価値と考えています。──鋳鉄以外の素材への挑戦についても、ビジョンに掲げられていますね。秋岡正之様:はい。鋳鋼品や非鉄金属など、扱う鋳造素材の領域を広げていきます。コロナ禍において、他社部品の供給不足によりお客様の生産ラインが止まる事態を目の当たりにし、自社で供給できる範囲を増やすことの重要性を痛感しました。素材のテリトリーを広げることは、お客様の安心に直結し、結果として当社のさらなる成長と社員の幸福につながると信じています。未来への取り組み・今後の展望──ビジョンとして掲げられている「100億円宣言」について、その高い目標を打ち出した経緯と、実現に向けた具体的な戦略を教えてください。秋岡正之様: 現在の当社の売上規模や工場の敷地面積、そして人員確保の難しさを考えると、従来の「鋳鉄メーカー」という枠組みのままでは、これ以上の大きな成長は容易ではありません。そこで目をつけたのが、売上の半分を占めるまでに成長した「海外へ製造委託した鋳造品」のさらなる拡大です。──素材のテリトリーを広げていくというお話もありましたが、具体的にどのような展開をイメージされているのでしょうか。秋岡正之様: 当社はこれまで鋳鉄の技術をコアとしてきましたが、「金属を溶かして型に流し込む」という点では全ての金属の鋳造も共通する部分が多いのです。私たちが培ってきた鋳鉄の技術・ノウハウを、全ての金属の鋳造や素形材へ応用し、「鋳鉄メーカー」から、より広義の「鋳造品サプライヤー」へと進化していきます。そのために、専門的な提案ができる技術営業スタッフの増員や、海外調達網の強化を計画しています。──自社で扱う素材を広げることは、お客様にとっても大きなメリットになりますね。秋岡正之様: コロナ禍での手痛い経験が教訓になっています。当時、当社の製品は納品できる状態だったにもかかわらず、お客様の生産ラインが「他社が供給するアルミ鋳造品の不足」によって止まってしまい、結果として当社のものも納品出来ない事態が起きました。──自社の努力だけではどうにもならない壁にぶつかったのですね。秋岡正之様: だからこそ、私たちが供給できる素材の範囲を増やすことで、お客様の生産ラインを守ることに直結すると考えました。私たちが多角的に部品を供給できれば、お客様に安心を提供でき、同時に当社の収益も 拡大できる。この「100億円」という数字は、お客様に提供できる価値の大きさを表しているのです。──この壮大な事業計画を推進していくためには、どのような人材が必要になるとお考えですか。秋岡正之様: 今までのモノづくりを守り、経験や知識などナレッジを活用した新しい事業なので、プロジェクトを牽引していけるような、主体性と専門性を持った人材の獲得と育成が不可欠です。新たなリーダーが育ち、一つの事業を軌道に乗せれば、その人はまた次の新しい事業へと挑戦できる。そのような成長の連鎖、守・破・離による変革を生むことで、100億円という目標を必ず達成できると考えています