カイシャの育成論──まずは、現在御社が取り組まれている人材育成の全体像についてお聞かせください。昨年、制度を大きく刷新されたと伺いました。宇野様: 昨年社内の育成制度を改めて作り直しました。その背景には、当社の少し特殊な成り立ちと組織構成が関係しています。私たちは2007年に住友金属工業から独立して設立された会社なのですが、成長の過程で多くの中途採用を行ってきました。その結果、現在も社員の半分以上が中途入社の方々で構成されています。中途入社が多いということは、持っているキャリアも年齢も、業界知識の有無もバラバラだということです。新卒一括採用が中心の会社のように、全員に一律の教育を施すことが非常に難しいという課題がありました。さらに、我々のビジネスモデル上の特徴として、社員の約3分の1は施工管理として現場に出ています。彼らを一箇所に集めて集合研修を行うことは、物理的に非常に困難です。忙しい現場の合間を縫って特定の場所に集まってもらうことは、時間的にも場所的にも社員にとって大きな拘束となり、ストレスになってしまいます。そこで、物理的な障害やストレスを極力なくし、かつ個々のバラつきに対応できる教育体系が必要だと考え、新しい仕組みを構築しました。──「場所や時間の拘束」と「個人のスキルのバラつき」。この2つの課題を解決するために、具体的にどのような仕組みを導入されたのでしょうか。宇野様: 解決策の一つとして導入したのが、爄3,000講座が受け放題となるサブスクリプション型の研修サービスです。これであれば、施工管理の社員でも現場の休憩時間や移動時間など、自分の都合の良いタイミングで学習を進めることができますし、場所も選びません。そして、ただ「自由に学んでください」とするのではなく、学習の指針を作るために「アセスメントテスト」を導入しました。これは年度末に実施するもので、テストの結果がレーダーチャートのような形で可視化されます。これにより、社員一人ひとりが「自分はどこに強みがあり、どこが弱いのか」を客観的に把握できるようになりました。──自分の弱点を可視化した上で、それを補うための講座を3,000の中から選べるわけですね。非常に合理的です。宇野様:自分の弱さを理解した上で、それを伸ばすための学習を自分のペースで行えます。もちろん、自由選択だけでなく必修科目も設けています。例えば、管理職に上がる手前の段階の人には「これだけの科目は履修しておいてほしい」というパッケージを用意したり、部門ごとに必要な専門スキルをランク分けして、そのレベルに見合った研修を受講してもらったりといった形です。また、全社共通のeLearningとして、ハラスメント研修やシステムセキュリティ、内部統制といったコンプライアンス周りの教育も徹底しています。──アセスメントテストによってご自身の能力が「数値化」されることに対して、社員の皆様の反応はいかがでしたか?宇野様: アセスメントテストは今回初めて導入しましたが、結果を見て「自分が思っていたよりも、ここができていなかった」と自覚した社員が多かったように思います。自己成長というのは、どうしても主観的な感覚になりがちです。しかし、定期的にテストを行って定量的にモニタリングすることで、過去の自分と比較してどれだけ成長したかが目に見えて分かります。研修を受けた効果が数字として表れることは、本人にとっても成長の実感を味わえる良い判断材料になっていると考えています。──研修内容についてさらに詳しく伺いたいのですが、若手のうちから「会社の経営数値」に関する科目を必修化しているというお話も大変興味深いです。これにはどのような意図があるのでしょうか。宇野様:会社の経営数値を社員が若いうちから理解できるように、必修科目として組み込んでいます。意図としては、大きく2つあります。一つは、「会社の成長は、最終的に自分自身に跳ね返ってくるものである」ということを理解してもらいたいからです。自分たちの頻張りがどう数字に繋がり、それがどう会社を成長させ、自分たちの処遇に繋がるのか。そのメカニズムを知ることは、当事者意識を持つ上で非常に重要です。もう一つは、実務的な必要性です。営業であれ工事(生産設計)であれ、ビジネスをする上で数字は避けて通れません。特に営業であれば、お客様の与信管理など、数字を通して相手を見る力が求められます。人の噂や感覚ではなく、数字という事実に基づいて「自分で自分の顧客を知る」。そのための知識とリテラシーは、プロフェッショナルとして必須だと考えています。──管理職への昇格時にも、手厚い研修を用意されているそうですね。宇野様:以前から昇格時の研修はありましたが、昨年からは「次のステップに上がるための準備」という視点を強化しました。例えば、チーフに上がった人には「次はサブリーダーになるために何が必要か」を学んでもらい、サブリーダーには「管理職になるための準備」を、リーダーには「経営層に上がるための視点」を学んでもらう。昇格したそのポジションの仕事をするためだけでなく、常に一つ上の視座を持つための準備期間として研修を位置づけています。会社の理念や考え方──独自の育成システムを支える、御社が大切にしている理念やマインドについて教えてください。宇野様: 私が社長就任時の行動指針として掲げたのが、「志を持つ」「興味を持つ」「夢を持つ」という3つのキーワードです。特に強調しているのが「興味を持つ」ことです。興味というのは、すべての行動の引き金になります。与えられた仕事に対して「面白くない」と片付けるのは簡単ですが、まずは興味を持って取り組んでみる。そうすることで、意外な面白さが見つかったり、そこから志や責任感が生まれたりします。結果として、それが自己成長に繋がります。「自分事」として捉え、様々なことに興味を持ってアンテナを張れる人は、成功体験も多く積み上げられ、伸びていく人材だと考えています。──事業運営においては、どのようなビジョンをお持ちでしょうか。宇野様: 我々の事業の大きな特徴は、工場を持たない「ファブレス」メーカーであることです。工場を持たないからこそ、社員だけでなく、協力会社様やお客様と共に作る「共創」が何より重要になります。一方で、メーカーとして淸汰されずに生き残るためには、「独自技術」を持たなければなりません。この「共創」と「独自技術」の2つを軸に社会に貢献していくことを企業理念に掲げています。今後は開発にさらに力を入れ、独自技術によるコア商品を確立し、パートナー企業と共に成長していく未来を描いています。会社の歴史・転換点──2007年の独立から現在に至るまで、順風満帆ではなかった時期もあったのではないかと思います。宇野様:システム建築の創成期は、在来工法が建築業界のほとんどを占める主流だったので、「住友金属はどこの金物屋さん?」などと言われることがあるほどシステム建築という工法自体の知名度が低い状態からのスタートでした。新会社として独立した最初の10年ほどは、とにかく実績を増やすための開拓期でした。自分たちで市場を作り上げなければならないプレッシャーの中、社員一丸となって飛び込み営業などを行い、お客様を一人ずつ増やしていきました。今振り返ると、今の時代ではとても公には話せないような、いわゆる「ブラック企業」のような猛烈な働き方で乗り切ってきた時代もありました。──そのような激動の時代を経て、特に印象に残っている苦労や転換点はありますか。宇野様: 大きな危機は二度ありました。一度目は、過去に品質問題を起こしてしまった時です。その際は、全社員が半年ほど通常業務を離れ、補修対応やお客様への説明に奔走しました。リコールに近いような事態でしたが、会社の存亡に関わる危機として全社員の方向性が一致し、なんとか乗り越えることができました。二度目は、やはり新型コロナウイルスの流行です。社員の身の安全を最優先に考えなければならない一方で、現場は動いており、先が見えない中で事業継続のために決断もしなければいけないジレンマがありました。──未曾有の事態において、経営としてどのような決断をされたのでしょうか。宇野様: 当時はまだリモートワーク環境も十分に整っていませんでしたが、「請求・支払い関係だけは絶対に止めてはいけない」という覚悟を決めました。協力会社様への支払いが滞れば、彼らの生活を脅かすことになります。そのため、本来社員の安全確保を最優先にすべきところ、経理担当者など特定の社員には出社をお願いするなど、苦渋の判断もありましたが、事業を継続させるために必死でした。あの時の「正解がわからない中で決断を下し続ける怖さ」は、今でも鮮明に覚えています。ただ、今の若い社員にそうした苦労話をして見習えとは言いません。昔は昔、今は今です。今の環境に合わせたやり方で成長していけばいいと考えています。活躍する社員について──現在、どのような社員が活躍されているのでしょうか。菅原様: やはり「素直」で、何事にも「興味」を持って取り組む方が成長し、活躍している印象です。林様: 制度面から見ると、資格取得奨励制度を活用している社員は伸びていますね。会社から言われて渋々取るのではなく、自発的に「このスキルが必要だ」と理解して取り組む社員は、資格取得後にお客様と対等に渡り合えるようになったり、自信がついたりと、明らかに仕事の質が変わります。目的意識を持って学ぶ姿勢が良い循環を生んでいるのだと思います。──最近では「オープン社内報(note)」の取り組みも活発だと伺いました。これが社内の意識改革にも繋がっているそうですね。菅原様: 元々社内外への発信ツールが少なく、採用広報やインナーブランディングを目的に2年前に立ち上げました。最初は正直、何を発信すればいいのかネタに困っていたんです。そこで他社の事例をリサーチする中で、「育児休業」というテーマに着目しました。社内の実態を調べてみると、会社として特に強力に推奨していたわけではないのに、実は男性社員で育児休業を取得している人が意外と多くいることが分かったのです。──灯台下暗し、と言いますか、発信しようとして初めて社内の事実に気づいたわけですね。菅原様:そこで、実際に育休を取得した男性社員のインタビューを記事にして特集しました。すると社内外から大きな反響があり、その事実を知った会社側も「であれば、会社としてもっと後押ししよう」という動きになり、「男性育休取得率100%」を目指すという方針決定に繋がりました。宇野様: こうした発想は、まさに社員が「興味」を持って行動した結果です。noteの記事を見た取引先のお客様から「読みましたよ」と声をかけていただき、そこから会話が弾むなど、営業活動の潤滑油としても機能しています。硬い話だけでなく、社員の人柄や会社の雰囲気が伝わることで、新たな関係性が生まれています。会社の事業について──御社の事業の特徴について改めて教えてください。宇野様: 私たちは「システム建築」を手掛けていますが、先ほど申し上げた通り、工場を持たないファブレス体制が最大の特徴です。ここ数年は事業の基盤を作るために、DX(デジタルトランスフォーメーション)に軸足を置き、業務効率化やデータ連携を進めてきました。これからは、メーカーとしてさらに長く事業を継続させるために、再び商品開発に力を入れ、今の時代に求められる商品を作りやすい体制、そしてそうした商品を提供していく体制を構築していくフェーズと位置づけています。未来への取り組み・今後の展望──最後に、今後の展望について教えてください。宇野様: これからの5年、10年を見据えると、国内の労働人口は確実に減少していきます。その中で事業を縮小させずに成長させるためには、事業領域を広げていくことも必要になります。そのための最大の課題は「経営人材の育成」です。現在の経営陣がいなくなった後も会社を成長させられる次世代のリーダーを育てなければなりません。社内リソースだけで育てるのは難しい面もあるため、今後は外部のコンサルタントなども活用し、伴走型で1年間かけてトップグループを育成するような取り組みを始めているところです。──採用や働き方についてはどのようにお考えでしょうか。宇野様: 働き方に関しては、世の中が「出社回帰」に向かう中で、あえてリモートワークができないか模索しています。ファブレスメーカーである我々だからこそできる、柔軟で働きやすい環境を制度として整え、多様な人材が活躍できる土壌を作りたいですね。林様: 採用環境は依然として厳しいですが、noteなどのオープン社内報を通じて、当社のリアルな雰囲気や働きやすさを伝え続けていきたいです。条件面だけでなく、「この会社なら自分らしく働けそうだ」という感覚が、最終的な入社の決め手になると信じています。宇野様: 世代交代も視野に入れ、しっかりとした教育体制で経営人材を輩出していく。そうして会社としての基盤をより強固なものにし、次の20年、30年へとバトンを繋いでいきたいですね。