なぜ今、成人発達理論が重要なのか
次世代のリーダーや管理職が育たないという悩みは、多くの企業に共通する経営課題です。リクルートマネジメントソリューションズが2024年9月に公表した「マネジメントに対する人事担当者と管理職層の意識調査2024年」では、会社の組織課題の第1位が人事担当者・管理職層ともに『次世代の経営を担う人材が育っていない』であり、調査開始の2020年から一貫して首位が続いています。タナベコンサルティンググループが2024年に公表した「2024年度 人材採用・育成・制度に関する企業アンケート調査」でも、約6割にあたる57.6パーセントの企業が『次世代のリーダーづくり・後継体制づくり』を人材育成上の課題に挙げました。さらにパーソル総合研究所の「働く10,000人の就業・成長定点調査2026」では、現在の勤務先で管理職になりたい人の割合は15.7パーセントにとどまり、同社が集計を開始した2018年以降で最も低い水準となりました。
知識やスキルの研修を重ねても、リーダーが育ったという手応えを得にくいのはなぜでしょうか。その問いに一つの視点を与えるのが、成人発達理論です。ハーバード大学教育大学院の発達心理学者ロバート・キーガン氏は、人は成人後も生涯にわたって知性や意識の器を発達させ続けると論じました。キーガン氏は知性の発達段階を、周囲や既存の枠組みに順応する『環境順応型知性』、自分なりの価値観と判断軸で主体的に動く『自己主導型知性』、自らの価値観すら相対化し多様な視点を統合して他者と共に成長する『自己変容型知性』として整理しています。本記事では、この理論を正しく理解したうえで、管理職・次世代リーダーの成長にどう応用できるかを実務目線で解説します。
リーダー育成がうまくいかない3つの要因
多くの企業がリーダー育成に投資しながら成果を実感しにくい背景には、成人発達理論の観点から説明できる構造的な要因があります。ここでは代表的な3つの要因を整理します。
要因1:水平的成長に偏り、垂直的成長を扱えていない
成人の成長には、知識やスキルを増やす『水平的成長』と、ものの見方や判断の器そのものを広げる『垂直的成長』の2種類があります。多くの育成施策は、知識付与やスキル習得といった水平的成長に偏りがちです。しかし、リーダーに求められるのは、正解のない状況で自ら判断軸を持ち、複雑さを引き受ける器の大きさであり、これは垂直的成長にあたります。水平的成長だけを積み重ねても、知識は増えるものの意思決定の質やリーダーとしての在り方が変わりにくいのは、この違いを扱えていないためだと考えられます。
要因2:発達段階を無視した一律の育成を行っている
キーガン氏の理論に照らすと、同じ管理職でも発達段階は一様ではありません。周囲の期待に応えることを行動の基準とする環境順応型知性の段階にいる人と、自分の判断軸で組織を動かせる自己主導型知性の段階にいる人とでは、必要な支援がまったく異なります。にもかかわらず、全員に同じ研修を一律に課すと、ある人には難しすぎ、別の人には物足りないという事態が生じます。発達段階を見立てずに育成を設計している点が、成果が出にくい第二の要因です。
要因3:「変わりたいのに変われない」構造を見過ごしている
キーガン氏は、リサ・ラスコウ・レイヒー氏との共著『なぜ人と組織は変われないのか』のなかで、人が変革を望みながら変われない理由を『変革を阻む免疫』として説明しました。表向きの改善目標とは裏腹に、無意識のうちに自分を守ろうとする裏の目標や強固な固定観念が働き、変化を押しとどめるという考え方です。行動が変わらないのは意志が弱いからではなく、この免疫が作動しているためだと捉えます。この深層の構造を見過ごし、行動変容だけを求めても、リーダーの本質的な成長は起こりにくいのです。
成人発達理論をリーダー育成に活かす5つのステップ
ここからは、成人発達理論を管理職・次世代リーダーの育成に落とし込む手順を、5つのステップに分けて説明します。各ステップには、現場で使える実施チェックを添えます。理論を知識で終わらせず、垂直的成長を促す仕組みへとつなげることが目的です。
ステップ1:垂直的成長と水平的成長を切り分けて目標を設計する
最初に、育成目標を水平的成長と垂直的成長に切り分けます。専門知識やマネジメント手法の習得は水平的成長として、正解のない状況での判断力や、異なる価値観を引き受ける器の拡大は垂直的成長として、別々に言葉にします。両者を混同したまま『リーダーシップを高める』と漠然と掲げても、施策が知識付与に偏りがちです。二つの軸を意識的に分けることで、いま自分たちの育成がどちらに偏っているかが見えるようになります。
- 実施チェック:現在の育成施策を書き出し、水平的成長と垂直的成長のどちらを狙うものかを仕分ける。
- 実施チェック:垂直的成長を促す機会が育成計画のなかに十分含まれているかを確認する。
ステップ2:本人の発達段階を対話を通じて見立てる
次に、対象者がキーガン氏の示すどの発達段階に近いかを見立てます。判断の拠りどころが周囲の期待にあるのか、自分の価値観にあるのか、あるいは自らの価値観すら問い直せるのかを、日々の言動や1on1での対話から読み取ります。ここで大切なのは、段階に優劣をつけて評価する道具にしないことです。あくまで、その人に合った支援を選ぶための見立てとして扱います。発達段階は固定的なものではなく、適切な関わりによって時間をかけて広がっていくものだと捉えます。
- 実施チェック:本人が難しい判断を語る際、その根拠を『周囲の期待』『自分の信念』のどこに置いているかに注目する。
- 実施チェック:見立てた発達段階を評価や序列づけに使わず、支援方針の検討にとどめる。
ステップ3:内省を深める問いかけと対話の機会をつくる
垂直的成長は、経験を振り返り意味づける内省から生まれます。そこで、自分が当然視している前提や、判断の裏にある価値観に光を当てる問いかけを、1on1や研修の場に組み込みます。『なぜそう判断したのか』『その前提は本当に正しいのか』と問うことで、これまで無自覚に前提としていた枠組みを一度対象化して眺められるようになります。この、自分が囚われていたものを客観視できるようになる過程こそが、器を広げる垂直的成長の核心です。
- 実施チェック:出来事の事実確認だけで終わらせず、その背後にある本人の前提や価値観を問う一言を加える。
- 実施チェック:内省を促す際は結論を急がせず、本人が自分の言葉で語りきる時間を確保する。
ステップ4:一段背伸びする挑戦的な経験を意図的に設計する
内省の材料となるのが、今の器では簡単に扱いきれない挑戦的な経験です。現在の発達段階より一段背伸びが必要な役割、たとえば部門横断のプロジェクトや、より高い裁量と責任を伴う任務を意図的に与えます。難易度が低すぎると成長の負荷がかからず、高すぎると挫折を招くため、支援と組み合わせながら適切な背伸びの水準を設計することが重要です。挑戦的な経験と内省が往復することで、垂直的成長が現実の変化として立ち上がります。
- 実施チェック:任せる役割が、本人にとって適度な背伸びの水準になっているかを事前に検討する。
- 実施チェック:挑戦的な経験には、振り返りの対話や相談できる支援をセットで用意する。
ステップ5:変化を阻む固定観念に向き合い、行動につなげる
最後に、キーガン氏の『変革を阻む免疫』の視点を活かし、本人が変わりたいのに変われない構造に向き合います。改善したい目標と、実際にはそれを妨げている行動、その裏にある隠れた目標や固定観念を一緒に書き出し、思い込みが本当に正しいのかを小さく検証していきます。意志の弱さの問題として片付けるのではなく、深層の前提を扱うことで、無理のない行動変容へとつなげます。ここまでの内省と挑戦の積み重ねが、持続的な成長として定着します。
- 実施チェック:目標を妨げている行動と、その裏にある不安や固定観念を言葉にして書き出す。
- 実施チェック:固定観念を一気に覆そうとせず、正しさを試す小さな実験から始める。
よくある誤解:発達段階は人の優劣を示すものではない
成人発達理論を扱ううえで最も注意すべき誤解が、発達段階を人間の優劣や能力の序列として捉えてしまうことです。段階は、その人が世界をどう捉えているかという認識の枠組みの違いを示すものであり、人格の価値を測る物差しではありません。段階を評価や選抜のレッテル貼りに使えば、対象者は防衛的になり、垂直的成長に欠かせない率直な内省が起こらなくなります。あくまで一人ひとりに合った支援を設計するための地図として理解することが、この理論を健全に活かす前提になります。
まとめ
次世代リーダーや管理職が育たないという課題は、多くの企業に共通する経営課題です。成人発達理論は、その原因の一つが、知識やスキルを増やす水平的成長に偏り、ものの見方の器を広げる垂直的成長を扱えていない点にあることを示してくれます。ロバート・キーガン氏が示した発達段階と『変革を阻む免疫』の考え方は、リーダー育成を行動変容の表面だけでなく、認識の枠組みそのものの成長として捉え直す視点を与えます。
本記事で示した5つのステップは、目標の切り分けから発達段階の見立て、内省を深める対話、挑戦的な経験の設計、そして固定観念への働きかけまで、垂直的成長を促す一連の流れです。発達段階は優劣ではなく支援のための地図だという前提を守りながら、内省と挑戦を往復させる仕組みを整えることが、自ら考え判断できる次世代リーダーを育てる着実な道筋になります。
WONDERFUL GROWTHでは、成人発達理論にもとづき、内省と挑戦的経験を通じて管理職・次世代リーダーの垂直的成長を促す育成プログラムをご提供しています。リーダー育成の設計にご関心のある方は、ぜひ資料をご請求ください。
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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