Practice

ポジティブにPIPを活用しよう

人事担当者や経営層からこのような声を聞く機会が増えています。確かに、PIP(Performance Improvement Plan:業績改善計画)は2000年代に外資系企業が日本に持ち込んだ制度として知られ、現場では「実質的な追い出し部屋の入口」と見なされてきた歴史があります。

公開日
2026/05/08
更新日
2026/05/08
読了時間
15
著者
WONDERFUL GROWTH 編集部
PIP評価制度人材育成

退職勧奨ツールから人材育成エンジンへ。経営層・人事担当者のためのPIP再設計ガイド

「PIPと聞くと、どうしても退職勧奨の前段というイメージが拭えない」

人事担当者や経営層からこのような声を聞く機会が増えています。確かに、PIP(Performance Improvement Plan:業績改善計画)は2000年代に外資系企業が日本に持ち込んだ制度として知られ、現場では「実質的な追い出し部屋の入口」と見なされてきた歴史があります。

しかし、PIPはそもそも従業員のパフォーマンス改善と成長支援を目的とした人材育成ツールです。設計と運用次第で、組織全体の生産性を底上げし、優秀層の離職を防ぐ強力な仕掛けに変えることができます。

厚生労働省「令和7年(2025)上半期 雇用動向調査」によれば、一般労働者の入職率は7.6%、離職率は6.5%となり、入職超過の状態が続いています。一方で、ベイン・アンド・カンパニーや経済産業省の人的資本に関する各種調査では、評価制度に対する従業員の納得度が業績連動性の高い組織でも依然として伸び悩んでいることが指摘されています。「人を辞めさせない仕組み」と「人を伸ばす仕組み」の両輪を、いかに整合的に設計できるか。本稿では、PIPをネガティブな最終手段ではなく、ポジティブな育成プログラムとして再定義するための実務的フレームを提示します。

出典:厚生労働省『令和7年上半期 雇用動向調査結果の概況』(2025)/厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』(令和2年)

本記事でわかること

PIPがなぜ「退職勧奨ツール」として誤用されてきたのか、その構造的な3つの原因

ポジティブPIPと従来型PIPの決定的な違いを比較表で整理

自社で再現可能な5ステップのポジティブPIP設計フレーム(実施チェック付き)

パワハラ防止指針と整合させるための運用上の留意点

中小企業でも明日から着手できる導入ロードマップ

なぜ多くの日本企業でPIPは「失敗」するのか

PIPの本来の目的は、業績や行動が期待水準に届いていない従業員に対して、明確な目標と支援を組み合わせ、一定期間内に改善を実現することにあります。海外では、PIPは管理職と人事部の協働による標準的な育成ツールとして運用されています。それでも日本企業では、PIPが「対象者を退職に追い込むための形式手続き」として運用される事例が後を絶ちません。

筆者がこれまで関わってきた人事制度設計の現場では、PIPの失敗には共通する3つの構造的原因が観察されます。

原因1:目的が「改善」ではなく「退職勧奨の正当化」になっている

解雇権濫用法理が確立している日本では、業績不振だけを理由に従業員を一方的に解雇することは法的に困難です。そのため、形式的な改善指導の記録を残すことが目的化し、達成不可能な目標が設定されたり、支援の実態が伴わなかったりするケースが見られます。これは厚生労働省のパワハラ防止指針が示す「過大な要求」に該当する可能性があり、組織にとって重大なリスクとなります。

原因2:上司と対象者の信頼関係が崩壊している

PIP対象者の選定段階で、すでに当該従業員は「会社から見放された」と認識しているケースが大半です。信頼関係が壊れた状態で改善指導を行っても、心理的安全性は確保されず、本人は防衛的な態度に終始します。結果として、書面上は改善活動を実施したことになっていても、行動変容は起こりません。

原因3:制度設計が「個人責任モデル」に偏っている

業績不振の原因は、本人のスキル不足だけでなく、配属ミスマッチ、上司のマネジメント不全、職場環境、ツールや権限の不足など、構造的要因が絡み合うことが多いものです。にもかかわらず、PIPは個人に対する処方箋として設計されることが多く、組織側の課題が放置されたまま、本人だけに改善を求める構図になりがちです。

ポジティブPIPと従来型PIPの決定的な違い

ポジティブPIPは、PIPを退職勧奨の正当化ではなく、人材育成と組織学習の機会として位置づけます。両者の違いを整理すると次のとおりです。

観点

従来型PIP

ポジティブPIP

目的

解雇または退職勧奨の前提条件を満たすこと

対象者の能力開発と組織側のマネジメント改善を同時に進めること

目標設定

達成困難なストレッチ目標、定量偏重

業務影響と本人の現状から逆算した実現可能な小目標の積み上げ

支援体制

形式的な面談記録のみ、実質的な支援は限定的

週次1on1、研修、メンター、業務再設計を組み合わせた多層支援

評価視点

結果のみで判断、未達は失敗

行動変容と再現性のある成果の両面で判断、撤退基準も事前に明示

組織側の責任

基本的に問わない

配属、上司スキル、業務設計を同時にレビューし、組織課題も改善対象とする

最終ゴール

対象者の自主退職または整理解雇

元の役割または別の適所での活躍、最後の選択肢として円満な配置転換または合意退職

最大の違いは、ポジティブPIPが「個人改善計画」と「組織改善計画」のセットで設計される点にあります。本人だけに変化を要求するのではなく、組織側のマネジメント、配属、業務設計の在り方を同時に問い直すことで、はじめてPIPは育成プログラムとして機能します。

5ステップで設計するポジティブPIP運用フレーム

ここからは、自社で再現可能なポジティブPIPの設計手順を5ステップに分解して提示します。各ステップには現場で活用できる「実施チェック」を添えています。

ステップ1:対象者選定とトリガー条件の透明化

最初の論点は、誰をどのような基準でPIP対象とするかです。多くの日本企業では、PIPの対象選定基準が暗黙知として運用されており、対象者本人が「なぜ自分が選ばれたのか」を明確に理解できないまま運用が始まります。ポジティブPIPでは、選定トリガーを制度文書に明記し、対象者と現場上司の双方が事前に把握できる状態にします。

例えば、評価制度において連続2期にわたって期待水準を下回った場合や、行動評価において再三のフィードバックにもかかわらず是正が見られない場合など、客観的に観測可能な条件をあらかじめ定義します。これにより、PIPを「個別の懲罰」ではなく「制度として設計された支援プロセス」として位置づけることができます。

[実施チェック] ステップ1の実施チェック

  • PIP発動のトリガー条件が、就業規則または運用要領に明文化されているか
  • 対象者本人に、トリガー条件と過去の評価データを開示し、対話の機会を設けたか
  • 現場上司・人事・本人の3者で、選定の妥当性をすり合わせる場を持ったか
  • 対象者の心理的負荷を考慮した告知方法(呼び出し場所、時間帯、同席者)を設計したか

ステップ2:原因分析の二軸化(個人要因と組織要因)

ステップ2では、業績不振の原因を「個人要因」と「組織要因」の二軸で構造的に分析します。スキル・経験・モチベーションといった本人側の要因だけでなく、職務設計、配属適合度、上司のマネジメントスタイル、ツール・権限の付与状況など、組織側の要因も同等に評価対象とします。

分析にあたっては、本人へのヒアリング、現場上司・同僚への360度フィードバック、過去の業務実績データの3点を最低限揃えます。ここで重要なのは、原因分析の結果を本人と共有し、合意のうえで次のステップに進むことです。組織側の課題が見つかった場合、人事はその是正計画もあわせて立案します。

[実施チェック] ステップ2の実施チェック

  • 本人ヒアリングを最低60分以上、複数回実施したか
  • 現場上司のマネジメントログ(1on1の頻度・内容、フィードバック実績)を確認したか
  • 業務量・難易度・権限が、対象者の経験値に対して過大・過小になっていないか検証したか
  • 原因分析シートを本人と共有し、認識の一致を確認したか

ステップ3:実現可能な小目標と支援パッケージの設計

ステップ3では、原因分析の結果に基づき、具体的な改善目標を設定します。ポイントは、いきなり高水準を求めるのではなく、3か月から6か月の期間を区切り、月次あるいは週次のマイルストーンに分解することです。

目標設定にあたっては、SMART原則(Specific/Measurable/Achievable/Relevant/Time-bound)を改めて確認します。とりわけAchievable(達成可能)とRelevant(業務との関連性)は厚生労働省のパワハラ防止指針に照らしても重要な観点であり、現職の経験・スキルに対して過大な目標を課すことは「過大な要求」に該当するリスクがあります。

また、目標達成のための支援パッケージを必ず併設します。1on1の頻度引き上げ、外部研修、メンター制度、ジョブシャドウイング、業務範囲の段階的拡張など、対象者の特性に応じた手段を組み合わせます。会社が「投資する」というメッセージを行動で示すことが、ポジティブPIPの本質です。

[実施チェック] ステップ3の実施チェック

  • 目標は3か月以内に達成可能な水準で、月次のマイルストーンに分解されているか
  • 目標達成のための具体的な支援メニューが、最低3種類以上組み込まれているか
  • 目標と支援メニューのセットを、書面で本人に提示し、合意のサインを得たか
  • 達成基準と未達の場合の次ステップ(撤退基準)が、事前に明示されているか

ステップ4:週次1on1と心理的安全性の担保

PIP期間中の運用において、最も成果を左右するのが日々のコミュニケーション設計です。週次1on1を必ず実施し、進捗の確認だけでなく、本人の不安や疑問、職場での出来事を率直に話せる場を設けます。

ここで人事担当者が留意すべきは、上司との1on1だけでは心理的安全性が確保されにくい点です。PIP対象者は、評価権を持つ上司に本音を伝えにくい立場にあります。そこで、人事部または信頼関係のあるメンターによる「斜めの1on1」を月1回程度組み込むことを推奨します。

また、PIP実施中であっても日々の業務に対しては通常の感謝・称賛のフィードバックを欠かさないことが大切です。「PIP対象だから細かい成果を認めない」という対応は、本人の心理を一気に折り、改善意欲を奪います。

[実施チェック] ステップ4の実施チェック

  • 週次1on1の予定が、PIP期間全体にわたってカレンダーに先付け設定されているか
  • 1on1のフォーマットに「成果報告」だけでなく「困りごと」「上司への要望」欄が含まれているか
  • 月1回、人事または第三者メンターとの1on1が組み込まれているか
  • 本人の小さな成果や行動変容を称賛するメカニズム(メッセージ、社内表彰など)が機能しているか

ステップ5:終了判定と次の役割設計

PIPの最終ステップは、終了判定とその後の処遇設計です。多くの企業はここで「達成/未達」の二分法に陥りますが、ポジティブPIPでは判定軸を3層に分けます。

第1層は「目標達成度」、第2層は「行動変容の定着度」、第3層は「組織側の課題改善度」です。たとえ数値目標が未達であっても、行動変容が起きており、組織側の課題が新たに浮かび上がった場合には、配置転換や役割再設計が次の選択肢になります。

一方、十分な支援を投下したにもかかわらず行動変容が見られず、組織側の課題も特定できなかった場合は、最後の選択肢として円満な合意退職や別社への紹介を検討します。重要なのは、これらの選択肢を本人と対話のうえで決めることであり、一方的な通告にしないことです。

[実施チェック] ステップ5の実施チェック

  • 終了判定が「目標達成度」「行動変容の定着度」「組織側の課題改善度」の3層で行われたか
  • 未達の場合に検討する選択肢(配置転換、役割再設計、合意退職など)が事前に整理されているか
  • 終了判定の場に、本人・現場上司・人事・経営層代表者が参加し、合意プロセスを経たか
  • PIPプロセス全体の振り返りを行い、制度運用上の改善点を社内ナレッジとして蓄積したか

パワハラ防止指針との整合をどう取るか

ポジティブPIPを設計するうえで避けて通れないのが、パワハラ防止指針との整合です。改正労働施策総合推進法(2020年6月施行、中小企業は2022年4月施行)により、パワハラ防止対策はすべての事業主の義務となりました。

厚生労働省告示第5号は、パワハラの6類型のうち「過大な要求」について、「新卒採用者に対し必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること」を該当例として明示しています。一方、「労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること」は該当しないとされています。

つまり、PIPの目標設定が「現状から少し高いレベル」にとどまっているか、「到底対応できないレベル」になっていないかが分水嶺です。ポジティブPIPの設計では、目標水準が現職の経験・スキル・職位に対して過大ではないことを、第三者(人事部または社労士)がチェックする工程を必ず組み込みます。

また、運用面では「叱責」の代わりに「事実に基づくフィードバック」を徹底し、対象者の人格や能力そのものを否定する発言を避けます。1on1の場で議論されるべきは、行動と結果に対する具体的な改善策であり、本人の性格や属性ではありません。

参考:厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』/改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)

ポジティブPIPで陥りやすい失敗パターンと対策

最後に、ポジティブPIPの導入過程で観察される代表的な失敗パターンを5つ挙げ、それぞれの対策を整理します。

失敗1:制度導入が目的化し、運用が形骸化する

対策:導入から3か月、6か月、12か月のタイミングで運用レビューを実施し、対象者数・成功率・離職率・行動変容の事例を経営層に報告する仕組みを設けます。数字と事例の両面で運用品質を可視化することが鍵です。

失敗2:上司側の対話スキル不足で1on1が機能しない

対策:PIP担当上司に対して、傾聴・フィードバック・コーチングの研修を必ず提供します。上司の準備が整わないままPIPを発動すると、ポジティブPIPは容易に従来型PIPへと退化します。

失敗3:人事部のリソース不足で支援が薄くなる

対策:PIPケースの同時並行数を、人事部のマンパワーに応じて上限管理します。一人の人事担当者が同時に5件以上抱える設計は持続不可能です。外部メンターやコーチを活用する選択肢も検討に値します。

失敗4:職場の同僚に対象者の情報が漏れ、孤立が進む

対策:PIPは原則として本人と上司、人事のみが知る運用とし、業務分担の調整など必要最小限の情報共有にとどめます。ただし、業務の引き継ぎや支援のために同僚の協力が必要な場合は、対象者本人の同意を得て情報共有の範囲を決めます。

失敗5:成功事例の社内共有が進まず、制度の正当性が浸透しない

対策:PIPで成果を上げた事例を、本人の同意のもとで(必要に応じて匿名化して)社内に共有します。人事制度はストーリーで運用されるという原則に立ち返り、ポジティブPIPの価値を組織文化として定着させます。

中小企業でも始められる導入ロードマップ

人事部が小規模な中小企業でも、ポジティブPIPは段階的に導入可能です。以下、3段階のロードマップを提示します。

段階

期間目安

着手内容

第1段階:制度設計

0〜3か月

評価制度の見直し、PIPトリガー条件の文書化、現場上司へのヒアリング、社労士との法的整合チェック

第2段階:パイロット運用

3〜9か月

1〜3名規模で試験運用、上司への1on1研修、人事担当者によるケース管理、終了判定までの一連の流れを検証

第3段階:本格展開

9〜18か月

制度文書の確定、全社展開、運用レビューの定例化、ナレッジの社内共有、外部メンター・研修パートナーとの連携拡大

いきなり全社展開を狙わず、まずはパイロット運用で「ポジティブPIPで成果を上げた事例」を1件作ることを目標にします。1件の成功体験が、組織内のPIPに対するイメージを大きく塗り替えます。

まとめ

PIPは、設計と運用次第で、組織の人材育成エンジンにも、退職勧奨ツールにもなりえます。ポジティブPIPの本質は、対象者と組織の双方が変わることを前提に置く点にあります。

本記事で提示した5ステップのフレームと実施チェックは、自社の人事制度に組み込みやすい形で構成しました。とくに目標水準とパワハラ防止指針との整合、週次1on1での心理的安全性の担保、3層での終了判定の3点が、ポジティブPIPの成否を分ける勘所です。

PIPを「最後の手段」から「人材育成の正式な選択肢」へと位置づけ直すことで、組織の生産性と従業員エンゲージメントの双方を高めることができます。本稿が、自社の人事制度を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

WONDERFUL GROWTH の研修サービスについて

ポジティブPIPの設計と運用には、上司側のコーチング・フィードバック能力の引き上げが不可欠です。WONDERFUL GROWTH では、人事制度と現場マネジメントを橋渡しする実践型の研修プログラムを提供しています。自社のPIP運用、評価制度、1on1の質を見直したい方は、ぜひ資料請求からご検討ください。

資料請求はこちら:https://wonderful-growth.com/contact

人事戦略・人材育成・組織開発に関するご相談を承っております。お気軽にお問い合わせください。

参考文献・出典

厚生労働省『令和7年(2025)上半期 雇用動向調査結果の概況』

厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』(令和2年)

改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)

経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』

Editor’s Note

本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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