はじめに:離職の主因が「労働時間」から「納得感」へと移った
厚生労働省『令和7(2025)年上半期 雇用動向調査結果の概況』によれば、入職率・離職率はともに低下し、入職超過率は拡大しています。市場全体では雇用は安定方向にある一方、パーソル総合研究所の調査では、離職に直結する不満が「労働時間の長さ」から「上司の指示や考えに納得できない」「評価への納得感がない」へと重心を移していることが示されています。離職対策の主戦場は、もはや労働時間管理ではなく、社員一人ひとりが自社で働き続ける意味を実感できるかどうかという、人材育成・キャリア支援の領域に移っているのです。
離職を防ぐうえで欠かせないのは、社員一人ひとりに成長の機会を見える形で示し、上司との対話の質を高め、評価制度と連動させた人材育成を続けることです。
データで読み解く2025年の離職構造
雇用動向調査が示す入職率・離職率の最新トレンド
厚生労働省『令和7(2025)年上半期 雇用動向調査結果の概況』では、入職率・離職率がともに前年同期から低下し、入職超過率(入職率−離職率)は拡大しました。表面的には「離職は減少傾向」とも読めますが、産業別に見ると宿泊・飲食サービス業や教育・学習支援業など、人手不足が深刻な業界では依然として高い離職率が続いています。労働力人口が縮小する局面では、わずかな離職率の差が事業継続性に直結します。
※出典:厚生労働省「令和7(2025)年上半期 雇用動向調査結果の概況」(2025年)
退職理由は「労働時間」から「納得感」へ
パーソル総合研究所が2025年に公表した『日本の「離職理由」はどう変化したのか』では、「上司の指示や考えに納得できない」「求められる成果が重すぎる」「評価への納得感がない」が上位に上昇し、「サービス残業が多い」「労働時間が長い」は順位を下げています。働き方改革関連法の浸透により、表面的な労働時間問題は一定程度の改善が進みました。代わりに前面に出てきたのが、評価・指示・成果配分に対する「納得感の欠如」です。
退職を踏みとどまらせる要因は、賃金や残業時間といった衛生要因だけではなく、自分の成長と会社の戦略がどうつながっているかという物語の納得感に依存し始めているといえます。
※出典:パーソル総合研究所「日本の『離職理由』はどう変化したのか― データから見る新しいリテンション・マネジメント」(2025年)
育成で成長の見通しを示すことが、定着を左右する
人材投資とエンゲージメントは連動する
経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)は、人材を「資本」と捉え、社員のエンゲージメントレベルを把握したうえで、ストレッチアサインメント、社内公募制、副業・兼業、ウェルビーイング投資などを組み合わせ、人材投資の効果を継続的に可視化することを提言しています。エンゲージメントが高い職場ほど離職が少ない傾向があるとされており、エンゲージメントを高める人材育成は、離職率の低下にもつながると考えられます。
育成は「成長機会の可視化」そのもの
「成長機会の不足」を感じるかどうかは、本人の主観によって決まります。研修制度や役割アサインの実態よりも、「自分はこの会社で次の3年後にどんな能力を獲得できるのか」が見えているかどうかが、定着を左右します。人材育成プログラムは、単なるスキル付与ではなく、社員一人ひとりに対して中期のキャリアパスを言語化して提示するための装置として機能します。
※出典:経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)
離職が集中する層の特定と、層ごとの育成設計
離職データを「層別」に可視化する
まずは過去2〜3年分の離職データを、入社年次・職種・等級・上司・配属拠点の5軸で集計します。全社平均の離職率を見るだけでは打ち手が抽象化してしまうため、必ず層別に分解してください。たとえば「入社3年目・特定上司配下」のように、ピンポイントで離職が集中している層を特定することが第一歩となります。
集計と層の特定がどこまで進んだかは、次の点で確かめます。
- 過去24か月の離職者リストを5軸で集計したか
- 全社平均より2倍以上離職率が高い「ホットスポット層」を特定したか
- 離職時アンケートまたは退職面談録があり、定性情報を確認したか
層別に育成KPIを再設計する
特定された層ごとに、必要な育成介入を定義します。たとえば「入社3年目・成長実感の不足」が原因であれば、ジョブローテーション、社内公募制、メンター制度などが候補となります。重要なのは、育成KPIを「研修受講率」ではなく「対象層のエンゲージメントスコア」「内部異動率」「自己啓発時間」など、行動と意欲に紐づく指標へ再設計することです。
育成KPIを見直したら、次の事項を振り返ります。
- 層ごとに離職要因仮説を3つ以内に絞り込んだか
- 育成KPIを「学習時間」ではなく「行動変化」で定義し直したか
- KPI測定の頻度(四半期/半期)と責任者を決めたか
上司の関わり方をプログラムに組み込む
2025年のデータでは、離職につながりやすい不満の上位に「上司の指示や考えに納得できない」が挙がっています。社員向けの研修だけでは効果が出にくく、管理職側の1on1スキル、フィードバックスキル、キャリア対話力をセットで強化する必要があります。1on1の頻度・記録様式・キャリア対話の必須項目を社内標準として明文化し、管理職研修と連動させてください。
上司の関わり方が仕組みとして根づいたかどうかは、以下を手がかりに判断します。
- 管理職に対し1on1の標準フォーマットを配布しているか
- 1on1の実施記録を人事が一定範囲でレビューできる仕組みがあるか
- 管理職評価項目に「部下の成長支援」が組み込まれているか
人材開発支援助成金を活用しコストを最適化する
厚生労働省の人材開発支援助成金は、企業内の人材育成投資を支援する制度であり、人材育成支援コースでは1事業所1年度あたり1,000万円を上限として、訓練経費と訓練期間中の賃金の一部が助成されます。さらに令和8年(2026年)4月8日以降は、45歳以上の労働者を対象とした「中高年齢者実習型訓練」が新設され、シニア層の活躍支援にも適用可能となりました。育成投資のROIを高めるためにも、計画書の段階で活用を前提に設計することをお勧めいたします。
助成金の活用を計画に織り込むときは、次の要件と段取りを事前に押さえておきます。
- 対象コース(人材育成支援コース/中高年齢者実習型訓練 等)を確認したか
- 訓練計画届の提出スケジュールを年間カレンダーに組み込んだか
- 助成金の支給要件(OFF-JT 10時間以上等)を満たす設計になっているか
- ※出典:厚生労働省「人材開発支援助成金」(令和8年度/2026年度版)
効果測定と改善サイクルを回す
プログラム実施後は、3か月・6か月・12か月の3点で効果を測定します。学習満足度(カークパトリックLevel1)だけで終わらせず、行動変化(Level3)と業績影響(Level4)まで追跡することが重要です。エンゲージメントスコア、対象層離職率、内部異動率の3指標を主要KPIに据え、改善サイクルを四半期単位で回してください。
効果測定と改善の仕組みが整ったかどうかは、次の運用ができているかで見極めます。
- Level1〜Level4の評価指標を事前に設計したか
- 対象層離職率を、対照群(実施しなかった層)と比較できる形で記録しているか
- 四半期ごとの振り返り会を経営層と人事で実施しているか
研修ありきの設計と、満足度で止まる効果測定
「研修ありき」で設計してしまう
「とりあえず管理職研修を入れる」「メンター制度を導入する」など、施策ありきで進めると、層別の離職要因と打ち手がかみ合わず、効果が出にくくなります。離職データの層別可視化を必ず最初に置き、原因の仮説検証を経てから施策を選択してください。
育成と評価制度が分離している
育成プログラムを実施しても、評価制度が短期業績一辺倒のままでは、現場の管理職は育成行動に時間を割きません。評価制度と育成プログラムは必ずセットで設計し、管理職評価における「部下の育成・定着への貢献」の重みを5〜15%程度確保することをお勧めいたします。
効果測定をLevel1(満足度)で止める
研修満足度のアンケートだけでは、離職防止への寄与は証明できません。エンゲージメントスコアや対象層離職率といった、行動・成果指標までを測定範囲に含めてください。
今日から始められる初期アクション
社内で本日から着手できる初期アクションは、次のとおりです。
過去24か月の離職データを、入社年次・職種・等級・上司・拠点の5軸で集計するExcelシートを作成する
離職率上位の層を特定し、退職面談録または退職者アンケートを再読する
管理職向けに1on1標準フォーマットを1ページで配布する(雛形は人事ポータルに掲載)
まとめ
2025年の離職構造は、「労働時間」から「納得感」へと主因が移行しています。離職を防ぐ最有力策は、社員一人ひとりに成長機会を可視化し、上司との対話品質を高め、評価制度と連動させた人材育成プログラムを継続的に運用することです。人材開発支援助成金などの公的制度を活用すれば、投資負担を抑えながら制度設計を本格化できます。
まずは「離職データの層別可視化」から、社内で着手いただくことをお勧めいたします。
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【主要参考文献】
厚生労働省「令和7(2025)年上半期 雇用動向調査結果の概況」(2025年)
厚生労働省「人材開発支援助成金」(令和8年度/2026年度版)
経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)
パーソル総合研究所「日本の『離職理由』はどう変化したのか― データから見る新しいリテンション・マネジメント」(2025年)
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。ご質問・取材のご依頼は お問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。
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