Practice

外から採用するか、内側で育てるか――人材コストの本質を見極める意思決定フレーム

事業計画期に「足りないポジションをどう埋めるか」という議論が始まると、現場と経営の間でほぼ必ず生じる論点があります。それは、市場から経験者を採用して即戦力化するのか、内側で時間をかけて育てるのかという問いです。

公開日
2026/05/17
更新日
2026/05/17
読了時間
12
著者
WONDERFUL GROWTH 編集部
採用人材育成コスト設計

想定読者:人事担当者・経営層/カテゴリ:人事戦略・人的資本

はじめに:「採用か、育成か」は二者択一ではなく、コスト構造の設計問題です

事業計画期に「足りないポジションをどう埋めるか」という議論が始まると、現場と経営の間でほぼ必ず生じる論点があります。それは、市場から経験者を採用して即戦力化するのか、内側で時間をかけて育てるのかという問いです。多くの場合、経営層は「すぐ採用したい」と考え、人事は「育成と両輪で考えたい」と返し、現場は「採用にも育成にも、現場の手が回らない」と訴えます。

本記事では、この問いを感覚や精神論ではなく、コスト構造の意思決定問題として捉え直します。マイナビの中途採用調査では、2024年実績で1社あたりの年間中途採用費用は平均650.6万円、採用人数は平均20.8人と公表されています。一方、厚生労働省『能力開発基本調査』は、日本企業のGDPに占める能力開発費の割合が国際的に極めて低い水準にあることを継続的に指摘しています。つまり、日本企業は採用に資金を投じ、育成には十分な投資をしてこなかった、という構造が浮かび上がります。

本記事は、採用と育成のコストを単純比較するのではなく、(1) 採用と育成それぞれにかかる本当のコストの内訳、(2) ポジションの性質に応じた最適なミックス、(3) 助成金活用と人的資本開示を踏まえた中長期の投資判断、の三層で整理します。読み終えるころには、自社のどのポジションを採用で埋め、どのポジションを育成で埋めるかを、社内に説明できるロジックが手元に残るはずです。

採用コストの全体像:見えやすいコストと、見えにくいコスト

採用コストは、しばしば「媒体費+紹介手数料」だけで語られます。しかし、実際に1人の人材を採用し、戦力化するまでに発生する費用は、より広い範囲に及びます。経営判断のためには、外部コスト・内部コスト・機会損失コストの3層に分けて把握することが有効です。

2-1. 採用コストを3層に分解する

コスト分類

主な項目

目安と留意点

外部コスト

求人媒体掲載料、人材紹介手数料、適性検査、ダイレクトリクルーティング利用料

中途では紹介手数料が想定年収の30〜35%が一般的な相場とされ、ハイクラスは100万円超となる場合もある

内部コスト

人事担当者・現場面接官の工数、リファラル報奨、移動・会場費、入社準備費用

面接官1名あたり延べ10時間以上の工数が発生するケースが多く、可視化されにくい

機会損失コスト

未充足ポジションによる売上機会の喪失、既存社員の負荷増、退職リスクの上振れ

ポジションが空いている期間×当該ポジションが本来生む粗利で粗く試算可能

マイナビの「中途採用状況調査2025年版」によれば、1社あたりの年間中途採用費用は平均650.6万円、年間平均採用人数は20.8人で、単純割で約31.2万円となります。ただしこれは外部コスト寄りの金額であり、実務では内部工数を加味すると、1人あたりの実効コストはおおむね2倍前後に膨らむと考えるのが妥当です。

2-2. 採用コストが膨張する典型パターン

ポジション要件が曖昧なまま媒体に出稿し、応募の母集団は集まるが面接通過率が極端に低い

採用基準が現場と人事でずれており、内定承諾後のオンボーディング段階で「期待外れ」が顕在化する

オンボーディング設計が不十分で、入社1年以内に離職し、採用コストが回収されないまま再投資となる

マイナビ『中途採用実態調査2025年版』では、企業側が早期離職と認識する平均勤続期間は入社から9.6か月以内、2025年上半期に早期離職者がいた企業の割合は65.4%と報告されています。採用コストの議論をするときには、「採用できたか」ではなく「採用したうえで定着したか」までを射程に入れる必要があります。

育成コストの全体像:投資額の小ささと、リターンの遅さ

次に育成コストを見ていきます。育成は「コストとして大きい」と語られがちですが、国際比較データが示すのは、むしろ日本企業は育成に投じている金額そのものが極めて小さいという事実です。厚生労働省『平成30年版 労働経済の分析』に掲載されたGDPに占める企業の能力開発費の国際比較では、米国・フランス・ドイツ・イタリア・英国が概ね1%前後を投じているのに対し、日本は0.1%前後にとどまっており、その後の各年調査でも構造は大きく変わっていません。

3-1. 育成コストを3層に分解する

コスト分類

主な項目

目安と留意点

直接費用

外部研修費、e-ラーニング、講師謝礼、教材、認定試験受験料

1人あたり数万円〜数十万円が中心。人材開発支援助成金の活用で実質負担を圧縮可能

間接費用

受講中の業務代替工数、OJT担当者の指導工数、評価・面談に費やす管理職の時間

OJT指導工数は1名あたり年間100時間規模になる場合もあり、可視化が肝要

時間コスト

学習成果が業務成果に結びつくまでのタイムラグ、配置転換に伴う立ち上がり期間

効果はおおむね6〜18か月遅れで現れ、四半期業績には反映されにくい

ここで重要なのは、育成コストは「金額の大きさ」よりも「時間軸の長さ」が経営者の意思決定を難しくしているという点です。採用は支出してから戦力化まで概ね3〜6か月、育成は半年から1年半。短期業績で評価される経営層ほど、育成への投資が後回しになる構造があります。

3-2. 育成コストを下げる主要レバーとしての人材開発支援助成金

厚生労働省『人材開発支援助成金』は、計画的に行う研修に対し、訓練経費の一部および賃金の一部を助成する制度です。コースや事業規模により助成率は異なりますが、人材育成支援コースなどでは、要件を満たす中小企業が訓練経費の最大75%程度を助成対象とできる設計となっており、研修ベンダー任せにせず社内で「どのコースが自社の人材戦略と整合するか」を選択することが重要です。最新の要件・助成率は年度ごとに改正されるため、活用にあたっては必ず厚生労働省の最新公表資料および労働局窓口で確認してください。

人材育成支援コース:階層別研修や専門スキル研修への適用が中心

事業展開等リスキリング支援コース:DX・AI領域や事業転換に伴うリスキリングが対象

人への投資促進コース:高度デジタル人材育成や定額制訓練など、新規性のある投資を後押し

採用と育成の本質的な違い:5つの軸での比較

ここまでの整理を踏まえ、採用と育成を5つの軸で比較します。意思決定の際には、この比較表をベースに「自社のこのポジションは、どちらの軸でリスクをとれるか」を議論することを推奨します。

比較軸

外部採用

内部育成

立ち上がり速度

数か月で戦力化が期待できるが、文化適応が課題

半年〜1年半。業務適応は高いが、専門性の獲得には時間が必要

コスト構造

1回ごとの大きな外部支出。再採用時にコストが繰り返し発生

1人あたりの単価は低いが、継続的な投資と運用負荷が必要

不確実性

面接・適性検査の精度に依存。早期離職リスクが付きまとう

成果がぶれにくいが、学習意欲と上司の関与に強く依存

組織文化への影響

新しい知見をもたらすが、既存社員のモチベーション影響に注意

文化を強化する一方、同質化リスク。外部刺激の併用が必要

人的資本開示との整合

「市場で価値ある人材を惹きつけられるか」の証左になる

「育成投資・スキル向上指標」として情報開示で評価されやすい

経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』(2022年5月)は、人的資本経営の核心を「経営戦略と人材戦略の連動」「ギャップの定量把握」「経営トップによるコミットメント」と整理しています。採用と育成の選択は、単なる調達手段の比較ではなく、自社が今後3〜5年でどのようなスキルプールを持ちたいかという経営戦略の表現です。

意思決定フレーム:ポジション別「採用/育成ミックス」の決め方

実務では「全社的に採用と育成のどちらを優先するか」ではなく、ポジションごとに最適解を決めるアプローチが現実的です。以下の5ステップで意思決定を進めると、社内合意が得やすくなります。

ステップ1:ポジションを4象限に分類する

縦軸に「スキルの希少性」、横軸に「自社固有の文脈依存度」をとり、各ポジションをマップ上に配置します。

右上(希少性高×文脈依存度高):例えば、ドメイン知識と高度技術が両立する研究開発リーダー。採用と育成の両輪が必要

左上(希少性高×文脈依存度低):例えば、最先端の専門エンジニア。採用で機動的に補強

右下(希少性低×文脈依存度高):例えば、自社業務を深く理解する現場リーダー。育成中心

左下(希少性低×文脈依存度低):例えば、一般的な事務職。採用市場と社内ローテーションの双方を活用

実施チェック

  • 経営会議で議論する10〜20の主要ポジションを抽出した
  • 各ポジションを上記4象限にマッピングし、関係者の認識が揃った

ステップ2:ポジションごとに「採用コスト」と「育成コスト」を試算する

前章の3層コスト分解を使い、ポジションごとに採用・育成の合計コストを試算します。試算は精緻さよりも、内部工数や機会損失コストを「見える化」することを優先します。

実施チェック

  • 外部・内部・機会損失コストの3層について、エクセル等で計算式を統一した
  • 育成コストには間接費用と時間コストを含めた
  • 採用と育成のシミュレーションを、それぞれ複数シナリオで作成した

ステップ3:「採用しても定着するか」「育成しても残るか」を確認する

採用と育成のいずれを選んでも、定着しなければ投資は回収できません。早期離職率、エンゲージメントスコア、過去3年の昇進・配置転換実績を確認し、リテンションが担保される前提条件を明文化します。マイナビの中途採用実態調査が示すように、企業側が早期離職と認識する平均勤続期間は入社から9.6か月以内です。採用施策と並行して、オンボーディング設計と最初の1年の関与計画を必ずセットで議論してください。

実施チェック

  • 過去3年の早期離職率を、入社経路別(中途・新卒)に把握した
  • 採用後90日と180日の関与プログラムが明文化されている
  • 育成対象者には、習熟後のキャリアパスと処遇接続が示されている

ステップ4:人材開発支援助成金などの公的制度を組み込む

育成コストは、人材開発支援助成金の活用により実質的な企業負担を抑えられます。重要なのは、助成金ありきで研修を設計するのではなく、自社の人材戦略から逆算して必要な研修を特定し、その上で対象となるコースを精査することです。要件・助成率は年度ごとに改正されるため、当年度の最新版を必ず確認してください。

実施チェック

  • 当年度の助成金コース要件と助成率を、厚生労働省の公表資料または労働局で確認した
  • 研修計画と助成金申請計画が、年度初めに連動して策定されている
  • 助成金対象外でも投資価値のある研修を、別予算で確保している

ステップ5:人的資本開示で説明できる形に整える

上場企業や上場準備中の企業では、人的資本開示の観点から、採用・育成投資の方針を社外に説明する必要があります。経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』は、定量指標としての可視化と、経営戦略との連動の説明を重視しています。社内向けの意思決定資料を、そのまま開示資料の骨子として転用できる構造にしておくと、投資家からの問いにも一貫した回答ができます。

実施チェック

  • 採用と育成の投資総額・KPIが、経営会議資料と開示資料の双方で整合している
  • 「経営戦略上のどのスキルプールに投資しているか」が文章で説明されている
  • 中長期的な指標(離職率・育成達成率・社内流動性)の推移が時系列で示されている

ありがちな失敗パターンと回避策

失敗パターン

起きやすい状況

回避策

採用偏重で育成停止

業績好調時にポジション増設が続き、採用予算だけが膨張する

採用と育成の投資比率を経営会議で四半期ごとに点検する

育成偏重で市場感を喪失

外部採用を絞り、内部昇進のみで人事を運用する

重要ポジションの一定割合は外部採用に開放し、社内基準のキャリブレーションを継続する

コスト比較が外部費用のみ

媒体費と研修費だけで比較し、内部工数や機会損失を無視する

3層コスト分解をテンプレート化し、起案時の必須項目とする

早期離職を「個人の問題」と片づける

定着率の低さを面接の見極め問題に矮小化する

オンボーディング、上司の関与、初期成功体験の3点をセットで設計する

90日ロードマップ:明日から動かせる順序

期間

主要アクション

アウトプット

1〜30日

経営会議で主要20ポジションを抽出し、4象限分類とコスト試算の前提を合意する

ポジションマップと試算テンプレート(v1)

31〜60日

採用・育成の3層コスト分解を実データで埋め、ポジション別の投資ミックス案を作成する

ポジション別投資方針(採用/育成/併用)の初稿

61〜90日

助成金活用計画と早期離職防止のオンボーディング計画を組み込み、人的資本開示の骨子に反映する

次年度予算と開示資料の骨子(v1)

まとめ:採用と育成は対立ではなく、ポートフォリオ設計です

「採用すべきか、育成すべきか」という二者択一の議論は、しばしば、現場の負荷と経営の短期志向の間で迷子になります。本記事で示したように、両者は本来、自社のスキルポートフォリオをどう構築するかという経営戦略の表現であり、ポジション単位で最適なミックスを決める意思決定問題です。

コスト比較を行うときには、外部コストだけではなく、内部工数と機会損失、そして定着までの時間軸を必ず織り込んでください。育成は時間がかかりますが、人材開発支援助成金などの公的制度を活用すれば、企業負担を抑えながら戦略的に進めることができます。採用と育成のどちらかに偏らず、両輪をどのように設計するかを、四半期ごとに点検する習慣を組織に根づかせることが、人的資本経営の出発点となります。

研修・人材育成のご相談はWONDERFUL GROWTHへ

WONDERFUL GROWTHでは、人事戦略と連動した研修プログラムの設計から、人材開発支援助成金の活用、人的資本開示を見据えた育成KPIの設計まで、貴社の文脈に合わせた伴走型支援を提供しています。採用と育成のミックス設計に課題を感じている方は、ぜひ一度ご相談ください。

■ 資料請求・お問い合わせ:https://wonderful-growth.com/contact

引用元一覧

マイナビ『中途採用状況調査2025年版(2024年実績)』(2025年3月)

マイナビ『中途採用実態調査2025年版』(2025年)

厚生労働省『令和6年雇用動向調査結果の概況』(2025年)

厚生労働省『新規学卒就職者の離職状況』(令和3年3月卒業者)

厚生労働省『令和6年度 能力開発基本調査』(2025年公表)

厚生労働省『平成30年版 労働経済の分析』(GDPに占める企業の能力開発費の国際比較)

厚生労働省『人材開発支援助成金』(令和8年度/2026年度版・人材育成支援コース/事業展開等リスキリング支援コース/人への投資促進コース ほか)

経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』(2022年5月)

Editor’s Note

本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
ご質問・取材のご依頼は お問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。

Related Download

研修プログラム カタログ

WG が提供するテーマ別研修プログラム 18 種の全容・カリキュラム・対象者をまとめた資料です。

✦ SHARE with カイシャの育成論

メディアでも、深く発信しています。

自社メディア『SHARE with カイシャの育成論』では、企業インタビューと人事用語辞典を通じて、より深い知見をお届けしています。