研修に費用は投じている。それでも「何を伸ばせば成果が出るか」は見えているか
厚生労働省の「令和6年度 能力開発基本調査」によると、OFF-JT(通常の業務を一時的に離れて行う教育訓練)を実施した事業所は73.8%、教育訓練費用を支出した企業は54.9%にのぼります。多くの企業が、社員の学びに一定の投資を続けていることがわかります。
一方で、正社員のOFF-JT受講率は44.6%、社員1人当たりのOFF-JT費用は年間およそ1.5万円にとどまります。「研修は実施している。しかし、それが成果につながっている実感がない」——人事のご担当者から最もよく伺う悩みのひとつです。
この違和感の根っこには、多くの場合「何を伸ばせば成果が出るのか」という基準の曖昧さがあります。伸ばすべき力が定義されないまま研修を積み重ねても、学びは現場の成果に結びつきにくいのです。この基準を言葉にする手がかりが、コンピテンシーです。
コンピテンシーとは、成果につながる「行動特性」
コンピテンシーとは、高い成果を安定して生み出す人に共通してみられる行動特性を指します。この概念は、米国の心理学者デイビッド・マクレランド(David McClelland)が1973年に発表した論文『Testing for Competence Rather Than for Intelligence』を起点とします。マクレランドは、学歴や知能テストの点数よりも、実際にとっている行動のほうが仕事の成果をよく説明すると論じました。
マクレランドは、これを「氷山モデル」で説明しています。水面から見える部分が知識やスキルであり、研修や学習で比較的短期間に伸ばせます。水面下に隠れているのが、動機・価値観・自己概念といった深い部分です。ここは直接測りにくく短期間では変わりにくい一方で、成果を大きく左右します。コンピテンシーは、この水面下の特性が「行動」として表れたものに着目する考え方だといえます。
スキルとの違い
スキルが「何ができるか(能力を持っているか)」を指すのに対し、コンピテンシーは「成果につながる行動を実際にとれているか(能力を発揮しているか)」に着目します。たとえば「交渉の知識がある」はスキル、「相手の利害を事前に把握し、合意点を提示して交渉をまとめている」はコンピテンシーです。持っているだけでは成果になりません。行動として発揮されて初めて成果につながる——ここがコンピテンシーの要点です。
なぜ今、コンピテンシーが人材育成の軸になるのか
人的資本経営への関心が高まり、育成の成果を社内外に説明する必要が増しています。「研修を何回実施したか」ではなく「どの力が伸び、成果にどうつながったか」を語るには、伸ばすべき力、すなわちコンピテンシーが定義されていることが前提になります。
公的な後ろ盾もあります。厚生労働省は、職種・職務別に「成果につながる職務行動例」を体系化した「職業能力評価基準」を整備し、これを事実上のコンピテンシーの辞書(コンピテンシーディクショナリー)として無償で公開しています。人材育成・採用・人事評価のいずれにも活用できる公的なツールであり、自社モデルづくりの出発点として参照できます。
コンピテンシーモデルの作り方 5ステップ
コンピテンシーを評価と育成に活かすには、自社の成果に即した「モデル(項目とレベルの一覧)」を持つことが欠かせません。ここでは、実務に落とし込める5つのステップに分けて解説します。各ステップの末尾に「実施チェック」を添えますので、自社の状況と照らし合わせてお読みください。
ステップ1 目的を先に決める
コンピテンシーは、評価・育成・採用のいずれにも使えます。だからこそ、目的を先に定めないと項目が総花的になり、現場で使われないモデルになりがちです。「次世代リーダーを育てる指針にする」「営業職の育成基準を統一する」など、まずは一つの用途に絞りましょう。
実施チェック:このモデルを「誰の・何のために」使うかを、一文で言い切れますか。
ステップ2 ハイパフォーマーの行動を集める
成果を出している社員が、実際にどう行動しているかを観察し、ヒアリングして集めます。「なぜうまくいったのか」を具体的な場面で語ってもらうと、再現できる行動が見えてきます。抽象的な資質(例:責任感がある)ではなく、観察できる行動(例:期日の三日前に進捗を共有し、遅れの兆候を早めに相談する)まで落とすことが大切です。
実施チェック:集めた項目は、第三者が見て「やっているか・いないか」を判断できる行動になっていますか。
ステップ3 コンピテンシーモデルを設計する
集めた行動を似たもの同士でまとめ、項目名とレベル(段階)を定義します。項目は欲張らず、職種ごとに5〜10項目程度に絞ると運用しやすくなります。各レベルは「レベル1:指示があれば実施できる」「レベル3:自ら判断して実施できる」「レベル5:他者に指導できる」のように、段階を行動で描き分けます。厚生労働省の職業能力評価基準を下敷きにすると、ゼロから作るより早く、抜け漏れも防げます。
実施チェック:各レベルの違いを、行動の具体例で説明できますか。
ステップ4 評価と育成の両輪で運用する
モデルは、作って終わりではなく、運用して初めて価値が出ます。評価では、現在のレベルを本人と上司ですり合わせ、認識の差を対話の材料にします。育成では、目標とするレベルとの差を埋める経験・研修・支援を具体的に計画します。ここで評価だけに使うと「査定の道具」で終わり、育成につながりません。評価で現在地を測り、育成で次の一歩を設計する。この両輪で回すことが肝心です。
実施チェック:評価の結果が、次の育成計画(どんな経験を積ませるか)に接続していますか。
ステップ5 定期的に見直す
事業環境や求められる成果が変われば、成果につながる行動も変わります。コンピテンシーモデルは、一度作れば不変というものではありません。少なくとも年に一度は、項目が今の事業の成果と合っているかを点検し、現場の実感とずれた項目を入れ替えます。運用の手応えを現場から吸い上げる仕組みを持つと、モデルは形骸化しにくくなります。
実施チェック:モデルを見直すタイミングと担当を、あらかじめ決めていますか。
つまずきやすい三つの落とし穴
コンピテンシーの導入がうまくいかないとき、原因はおおむね次の三つに整理できます。
- 項目が抽象的すぎる:「主体性」「協調性」だけでは、何をすればよいかが伝わりません。観察できる行動まで具体化します。
- 項目が多すぎる:評価のたびに大量の項目を確認するのは負担が大きく、形骸化を招きます。まず絞り、運用しながら磨きます。
- 評価で完結してしまう:現在地を測るだけでは人は育ちません。差を埋める育成の設計まで一続きにします。
いずれも、「行動で描く」「絞る」「育成につなぐ」という原則に立ち返れば避けられます。
まとめ
コンピテンシーは、成果につながる行動特性を言葉にし、評価と育成の基準をひとつにつなぐ考え方です。伸ばすべき力が定義されれば、研修は「実施すること」から「成果につなげること」へと近づきます。まずは一つの職種・一つの目的から、小さくモデルを作って運用してみることをおすすめします。
WONDERFUL GROWTH では、コンピテンシーを軸にした育成体系の設計や、行動レベルに落とし込んだ研修プログラムづくりを支援しています。自社の成果につながる育成の仕組みづくりをご検討の際は、下記より資料をご請求ください。
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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