2026年10月、カスハラ対策がすべての企業の義務になります
2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、事業主にはカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)を防止するための雇用管理上の措置が義務づけられます。対象は従業員を一人でも雇用するすべての企業であり、企業規模による例外はありません。パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントと同様に、カスハラも会社として防止に取り組むべき課題として、法律上明確に位置づけられました。
この義務化は、現場で起きている問題の深刻さを背景としています。厚生労働省が令和5年度に実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間にカスハラを受けたと回答した労働者は10.8%にのぼりました。また、過去3年間にハラスメントの相談があったと回答した企業のうち、カスハラに関する相談があった企業は27.9%で、パワハラ(64.2%)、セクハラ(39.5%)に次ぐ多さでした。カスハラの件数が「増加している」と回答した企業も23.2%にのぼります。
民間の調査でも同様の傾向がみられます。流通・サービス業などの労働組合であるUAゼンセンが2024年に公表した調査では、直近2年以内に顧客から迷惑行為を受けた人の割合は46.8%でした。多くの従業員が、日々の業務のなかで理不尽な言動にさらされている現実があります。
そもそもカスタマーハラスメントとは何か
国が公布した「カスタマーハラスメント防止指針」では、カスハラを次の3つの要素を満たす言動として整理しています。自社で対応を判断する際の出発点として、まずこの定義を社内で共有しておくことが重要です。
顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行う言動であって、社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること。
ここで誤解してはならないのは、すべての要望や苦情がカスハラに当たるわけではないという点です。商品やサービスに問題があった場合の正当な指摘や改善の要望は、企業が真摯に受け止めるべき大切な声です。一方で、要求の内容が妥当でない場合や、要求自体は妥当でも、暴言・威圧・長時間の拘束といった手段や態様が社会通念に照らして相当でない場合に、カスハラと判断されます。この線引きをあらかじめ社内で共有しておくことが、現場の迷いをなくす第一歩になります。
放置が招く「離職とメンタル不調の連鎖」
カスハラを軽視できない最大の理由は、従業員の心身と人材の定着に直接の影響を及ぼすからです。
UAゼンセンの調査では、被害の内容として最も多かったのは「暴言」(39.8%)で、「威嚇・脅迫」(14.7%)が続きました。こうした言動は、たとえ一度きりであっても従業員に強いストレスを与えます。パーソル総合研究所の調査では、カスハラを経験した従業員は、経験していない従業員に比べて高ストレス者の割合が高く、メンタルヘルスの悪化が病気休職や退職につながりやすいことが示されています。
人材の採用や育成にどれだけ投資をしても、現場が守られていなければ人は定着しません。カスハラ対策は、法令上の義務であると同時に、人材の定着と組織の生産性を守るための経営課題でもあるのです。
義務化で企業に求められる3つの措置
カスタマーハラスメント防止指針は、事業主が講ずべき措置として次の3点を挙げています。まずは自社の取り組みが、この3点を満たしているかを確認することが出発点になります。
- 事業主の方針等の明確化と、その周知・啓発:カスハラに組織として対応する方針を定め、従業員に周知します。
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備:相談窓口を設け、相談者が安心して相談できる体制を整えます。
- カスハラが起きた場合の、事後の迅速かつ適切な対応:事実関係を確認し、被害を受けた従業員へのケアと再発防止に取り組みます。
あわせて、相談したことを理由とする不利益な取り扱いの禁止や、相談者のプライバシーの保護も求められます。これらは、従業員が安心して声を上げるための前提条件です。
従業員を守り離職を防ぐ5つの実践ステップ
ここからは、3つの措置を現場で機能する具体的な行動に落とし込みます。各ステップに「実施チェック」を添えましたので、自社の進捗の確認にお使いください。
ステップ1:基本方針を定め、社内外に宣言する
経営トップの責任のもとで「カスハラから従業員を守る」という基本方針を明文化し、全従業員に共有します。あわせて、企業のウェブサイトや店頭などで対外的に方針を表明することは、来訪者への抑止力としても有効です。会社が従業員を守る姿勢を明確に示すことが、すべての対策の土台になります。
- 実施チェック:カスハラに対する会社の基本方針を文書化し、全従業員がいつでも確認できる状態になっていますか。
ステップ2:判断基準と対応マニュアルを整備する
どの言動をカスハラとみなすか、どの時点で対応を打ち切るかといった基準を、具体的な場面に沿って明文化します。厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」や業種別のマニュアルを公開しており、自社マニュアルを作成する際の参考になります。現場の担当者が一人で判断を抱え込まずに済む仕組みをつくることが目的です。
- 実施チェック:現場の担当者が、その場で「これはカスハラに当たる」と判断できる基準と対応手順が用意されていますか。
ステップ3:相談窓口を設け、上司のラインケアを強化する
相談窓口を設置し、相談者のプライバシーが守られること、相談を理由に不利益な扱いを受けないことを明確に保証します。あわせて、日頃から上司が部下と話しやすい関係を築くこと(ラインケア)が、被害の早期発見とストレスの軽減につながります。パーソル総合研究所の調査でも、上司の支援がカスハラによるメンタルヘルスの悪化を和らげる可能性が示されています。
- 実施チェック:相談窓口の存在と利用方法が全従業員に周知され、管理職が一次的な相談を受け止める役割を理解していますか。
ステップ4:現場と管理職に対応研修を実施する
方針やマニュアルは、現場で使える形に体得されてはじめて機能します。想定される場面を用いたロールプレイ型の研修で、初期対応の言葉づかい、上席者へのエスカレーションの判断、複数名での対応といった実践力を養います。とりわけ管理職には、部下を守るための判断と、被害を受けた部下へのケアの両面を学ぶ機会が欠かせません。
- 実施チェック:現場の担当者と管理職のそれぞれに対し、実際の場面を想定した研修を計画・実施できていますか。
ステップ5:発生後のケアと再発防止の仕組みをつくる
カスハラが起きた際は、事実関係を速やかに確認し、被害を受けた従業員の心身のケアを最優先します。そのうえで対応の記録を蓄積し、再発防止や、方針・マニュアルの見直しにつなげます。悪質な事案に備えて、警察や弁護士など外部機関との連携体制をあらかじめ整えておくことも大切です。
- 実施チェック:発生時の対応フローと記録の仕組みが定まり、被害者のケアと再発防止が一連の流れとして回るようになっていますか。
まとめ:「従業員を守る仕組み」が人材定着の土台になります
カスハラ対策の義務化は、企業にとって新たな負担に見えるかもしれません。しかしその本質は、理不尽な言動から従業員を守り、誰もが安心して働ける環境を整えることにあります。それは離職を防ぎ、採用や育成への投資を確実に成果へと結びつける、人材定着の土台でもあります。2026年10月の施行を、自社の働く環境を見直す好機として捉えていただければ幸いです。
WONDERFUL GROWTHでは、カスハラ対応をはじめとする現場の実践力を高める研修を、貴社の業種や課題に合わせて設計しています。従業員を守る仕組みづくりにご関心をお持ちの方は、資料請求・お問い合わせから、お気軽にご相談ください。
参考・引用元
- 厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査(令和5年度)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40277.html
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために(カスタマーハラスメント対策企業マニュアル等)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
- 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容」 https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html
- UAゼンセン「カスタマーハラスメント対策アンケート調査結果」(2024年) https://uazensen.jp/
- パーソル総合研究所「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/customer-harassment.html
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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