「親が倒れた」という一本の電話から、働き方が大きく変わることがあります。介護は、誰にでもある日突然訪れます。しかも、その担い手の多くは、組織の中核を支える40代・50代の社員です。本記事では、公的調査の数字を手がかりに、介護を理由とした離職(介護離職)を防ぎ、仕事と介護の両立を支えるために企業が取り組むべき5つの実践ステップを、各ステップの実施チェックとあわせて解説します。
介護離職は「年間10.6万人」――組織の中核を静かに失うリスク
総務省の「令和4年就業構造基本調査」によると、直近1年間に介護・看護を理由として離職した人は年間約10.6万人にのぼります(出典:総務省「令和4年就業構造基本調査」)。前回(2017年)の調査から約7,000人増えており、減る兆しは見えていません。
注目すべきは、その担い手の偏りです。介護離職者の約8割は女性で、年代別では50代が最も多くを占めています。さらに、離職した人の多くがそのまま無業の状態にとどまっており、いったん仕事を離れると復職が容易ではない実態もうかがえます。
50代は、管理職や熟練の担い手として組織の中核を支える世代です。介護離職は、単に一人分の労働力が減るだけでなく、長年培われた知識や人間関係、後進を育てる力までを一度に失うことを意味します。
介護・看護のために離職した人は年間約10.6万人。離職者の約8割を女性が占め、年代別では50代が最も多い(出典:総務省「令和4年就業構造基本調査」より整理)
なぜいま「仕事と介護の両立」が経営課題なのか――3つの背景
背景1:ビジネスケアラーが2030年に約318万人へ増える
働きながら介護を担う人は「ビジネスケアラー」と呼ばれます。経済産業省の試算では、2030年に家族の介護者は約833万人にのぼり、そのうち約4割にあたる約318万人がビジネスケアラーになると見込まれています(出典:経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」)。
同省は、ビジネスケアラーの増加にともなう労働生産性の低下と、介護離職による損失を合わせ、2030年時点で約9兆円の経済損失が生じると推計しています。介護はもはや一部の社員の個人的な事情ではなく、企業全体の生産性を左右する経営課題になりつつあります。
背景2:改正育児・介護休業法で企業の対応が義務になった(2025年4月)
2025年4月1日に施行された改正育児・介護休業法では、介護離職を防ぐための企業の取り組みが強化されました(出典:厚生労働省「育児・介護休業法 改正のポイント」)。主な内容は次のとおりです。
- 介護に直面した旨を申し出た従業員に対し、両立支援制度を個別に周知し、利用の意向を確認することが義務づけられました。
- 従業員が介護に直面する前の早い段階で、両立支援制度に関する情報を提供することが求められるようになりました。
- 研修の実施や相談窓口の設置など、両立支援に向けた雇用環境の整備が義務づけられました。
- 介護のためのテレワーク導入が、事業主の努力義務として加えられました。
これらは「制度を就業規則に記載しておく」だけでは満たせません。従業員に確実に情報を届け、使える状態にすることが求められています。
背景3:介護は「予測しにくく、言い出しにくい」
育児と異なり、介護はいつ始まり、いつ終わるのかを見通しにくいという特徴があります。さらに、家庭の事情であるがゆえに「職場には知られたくない」「迷惑をかけたくない」と感じ、誰にも相談できないまま一人で抱え込む人が少なくありません。
その結果、企業が実態を把握できないまま、ある日突然「介護のために退職したい」という申し出を受ける、という事態が起こります。見えにくいリスクであることこそが、介護離職の最も難しい点です。
介護離職はなぜ起きるのか――「制度がない」のではなく「使われていない」
多くの企業には、すでに介護休業や介護休暇といった法定の制度が整っています。それでも介護離職が減らないのは、制度が「あること」と「使われること」の間に大きな隔たりがあるからです。
従業員が「自社にどんな制度があるか知らない」「制度を使うと評価やキャリアに響くのではと不安」「上司に相談しづらい」と感じていれば、制度は存在しないのと変わりません。介護離職対策の核心は、新しい制度を増やすことではなく、すでにある制度を、安心して使える状態に変えることにあります。
仕事と介護の両立支援を機能させる5つの実践ステップ
経済産業省は「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」で、経営層のコミットメント、実態の把握、情報発信という流れを示しています(出典:経済産業省)。本記事では、これを現場で実行できる5つのステップに整理します。
ステップ1:経営層が「両立を支える」方針を明確に示す
はじめに、仕事と介護の両立を支えることを会社の方針として明確に打ち出します。経営トップが「介護を担いながら働き続けてほしい」というメッセージを発信することで、従業員は「相談してよいのだ」と受け止められるようになります。担当部署任せにせず、経営課題として位置づけることが出発点です。
- 経営層が両立支援に取り組む方針を社内に明示したか
- 介護を理由に不利益な取り扱いをしないことを明確にしたか
- 推進の責任部署と担当者を定めたか
ステップ2:従業員の介護の実態を把握する
次に、自社の従業員がどのような状況に置かれているかを把握します。匿名のアンケートで「現在介護をしている」「数年内に介護の可能性がある」人の割合や、抱えている不安を可視化します。実態が見えてはじめて、どこに手を打つべきかが定まります。把握した数値は、人的資本に関する指標としても活用できます。
- 介護の状況や不安を把握する調査を実施したか
- 介護に直面しやすい年代(40代・50代)の状況を確認したか
- 把握した実態を、取り組みの優先順位づけに用いたか
ステップ3:制度を整え、確実に「届ける」仕組みをつくる
法定の介護休業・介護休暇に加え、短時間勤務やテレワーク、時差出勤など、働き方の選択肢を整えます。そのうえで、2025年4月の法改正が求めるとおり、介護に直面した従業員への個別の周知・意向確認と、直面する前の早い段階での情報提供を、仕組みとして業務に組み込みます。制度は「届いてはじめて意味を持つ」と考えることが大切です。
- 介護と両立できる柔軟な働き方の選択肢を用意したか
- 介護に直面した従業員へ個別に制度を案内する流れをつくったか
- 介護に直面する前の段階で情報提供する機会を設けたか
ステップ4:管理職が「相談を受けられる」状態をつくる
従業員が最初に介護を打ち明ける相手は、多くの場合、直属の上司です。その管理職が制度を知らなかったり、対応に困ったりすれば、相談はそこで止まってしまいます。管理職向けに、介護に関する基礎知識、相談を受けたときの初期対応、人事や相談窓口へのつなぎ方を学ぶ研修を行い、「受け止められる現場」を整えます。
- 管理職に両立支援制度と初期対応を学ぶ機会を設けたか
- 相談を受けた際に人事や窓口へつなぐ流れを明確にしたか
- 管理職が一人で抱え込まない体制を整えたか
ステップ5:情報をくり返し発信し、効果を検証して改善する
制度や相談窓口は、一度案内しただけでは浸透しません。介護はいつ直面するか分からないため、平時から研修・社内報・イントラネットなどでくり返し発信し、「いざというときは、ここに相談すればよい」を社員の共通認識にします。あわせて、制度の利用状況や介護を理由とした離職の有無を定期的に確認し、取り組みを見直します。
- 平時から両立支援の情報をくり返し発信しているか
- 制度の利用状況や相談件数を継続的に把握しているか
- 検証結果をもとに毎年取り組みを改善しているか
進めるときの3つの注意点
第一に、制度を増やすこと自体を目的にしないことです。重要なのは、すでにある制度が、安心して使われる状態をつくることです。
第二に、プライバシーへの配慮を欠かさないことです。介護は機微な情報を含むため、本人の同意なく情報を共有しない、相談内容を評価に用いないといった原則を徹底します。
第三に、「介護はまだ先のこと」と先送りしないことです。介護はある日突然始まります。直面してからでは対応が後手に回るため、平時の備えこそが離職を防ぎます。
まとめ:介護を「個人の問題」から「組織の備え」へ
ビジネスケアラーが増え、法改正で企業の対応が義務づけられた今、仕事と介護の両立支援は、福利厚生の一部ではなく、組織の戦力を守る経営戦略の一部になりました。鍵となるのは、立派な制度を新設することではなく、経営の意思を示し、実態を把握し、すでにある制度を確実に届けて、安心して使える状態にし続けることです。介護を「個人で抱える問題」から「組織で備えるテーマ」へと変えることが、貴重な人材の離職を防ぎ、組織の持続的な成長を支えます。
WONDERFUL GROWTH では、管理職向けの両立支援・相談対応研修をはじめ、従業員が安心して働き続けられる組織づくりを支援する研修・人材育成サービスをご提供しています。仕事と介護の両立支援の仕組みづくりにお取り組みの方は、ぜひ一度ご相談ください。
出典
- 総務省「令和4年就業構造基本調査」(2022年)
- 経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(2024年公表)
- 厚生労働省「育児・介護休業法 改正のポイント」(2025年4月施行)
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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