なぜ今、ワーク・エンゲイジメントが注目されるのか
社員がいきいきと働き、仕事に誇りとやりがいを感じている。そのような組織をつくることは、人手不足が続く時代の経営課題そのものです。厚生労働省は「令和元年版 労働経済の分析(労働経済白書)」で、ワーク・エンゲイジメントを主要テーマの一つとして取り上げ、章を割いてその概念と効果を分析しました。前年の「平成30年版 労働経済の分析」でも、コラムでワーク・エンゲイジメントが労働者の健康や仕事のパフォーマンスに与える影響が解説されており、国の労働政策においても重要な概念として位置づけられています。
一方で、日本の実態は厳しいものがあります。米国の調査会社ギャラップが2025年に公表した「State of the Global Workplace(世界の職場の現状)」によれば、仕事に熱意を持って取り組んでいる日本の従業員の割合はわずか7%で、世界でも最低水準でした。世界平均は21%であり、その差は歴然としています。またパーソル総合研究所の2022年「グローバル就業実態・成長意識調査」でも、はたらくことを通じて幸せを感じている就業者の割合は日本が49.1%と、調査対象18カ国・地域のなかで最も低い結果でした。
こうした背景から、社員の働く実感をどう高めるかを科学的に捉える枠組みとして、ワーク・エンゲイジメントとJD-Rモデルへの関心が高まっています。本記事では、この概念を学術的な背景から正しく理解し、活力ある職場をつくるための5つのステップとして実践に落とし込みます。
ワーク・エンゲイジメントとJD-Rモデルの基本
ワーク・エンゲイジメントは、オランダ・ユトレヒト大学の心理学者ウィルマー・シャウフェリらが提唱した概念です。日本では、慶應義塾大学の島津明人氏らによって研究・紹介が進められ、労働経済白書などでも参照されてきました。単なる満足度や一時的なやる気とは異なり、仕事に対する持続的でポジティブな心理状態を指します。
この概念を理解する枠組みとして重要なのが、JD-R(仕事の要求度-資源)モデルです。JD-Rモデルは、2001年にデマルーティ、バッカー、シャウフェリらによって示された理論で、職場のあらゆる特性を「仕事の要求度」と「仕事の資源」という二つの側面から捉えます。ワーク・エンゲイジメントは、この資源が充実することで高まると考えられています。次の3つの要素と、対極にある状態を押さえておきましょう。
3つの要素:活力・熱意・没頭
ワーク・エンゲイジメントは、活力・熱意・没頭という3つの要素がそろった状態と定義されます。活力とは、仕事から活力を得ていきいきとしている状態を指します。熱意とは、仕事に誇りややりがいを感じている状態です。没頭とは、仕事に熱心に取り組み、集中している状態を意味します。これら3要素は、シャウフェリらが開発した尺度であるユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)によって測定されます。厚生労働省の令和元年版労働経済白書でも、この3要素からなる概念として説明されています。
対極にあるバーンアウト(燃え尽き)との違い
ワーク・エンゲイジメントを理解するうえで、その対極にあるバーンアウト(燃え尽き症候群)との対比が有効です。バーンアウトは、疲弊し、仕事への関与が低下した状態を指します。活力に対しては「疲労・消耗」、熱意に対しては「冷笑・シニシズム」が対置されます。同じように熱心に働いているように見えても、活力に満ちて没頭しているのか、それとも義務感からすり減っているのかは大きく異なります。ワーク・エンゲイジメントを高める取り組みは、社員を消耗させずに前向きな没入を促す点に本質があります。
鍵を握る「仕事の資源」と「個人の資源」
JD-Rモデルでは、ワーク・エンゲイジメントを高める要因として「仕事の資源」と「個人の資源」の二つが重視されます。仕事の資源とは、上司や同僚の支援、仕事の裁量、成長の機会、適切なフィードバックなど、職場に備わった支えとなる要素です。個人の資源とは、自己効力感や楽観性、レジリエンスなど、本人が備える心理的な強みを指します。過大な仕事の要求度はバーンアウトを招きますが、これらの資源が充実していると、要求度の悪影響がやわらげられ、ワーク・エンゲイジメントが高まると考えられています。
ワーク・エンゲイジメントを高める5つのステップ
ここからは、JD-Rモデルの考え方をもとに、ワーク・エンゲイジメントを高めるための具体的な手順を5つのステップで解説します。各ステップには、現場で確認できる「実施チェック」を添えました。自組織の状況に照らしながら読み進めてください。
ステップ1:現状のエンゲージメントと資源・要求度を可視化する
まず出発点となるのは、現状を客観的に把握することです。ワーク・エンゲイジメントの水準を測るとともに、職場の「仕事の要求度」と「仕事の資源」がどのような状態にあるかを可視化します。長時間労働や役割のあいまいさといった要求度が過大になっていないか、支援や裁量といった資源が不足していないかを、サーベイや対話を通じて確認します。JD-Rモデルの二つの側面から現状を整理することで、次に打つ施策の的が絞れます。
- 実施チェック:ワーク・エンゲイジメントや職場の状態を、定期的なサーベイなどで測定していますか。
- 実施チェック:測定結果を「要求度が高いのか、資源が足りないのか」という観点で分けて分析していますか。
ステップ2:過大な仕事の要求度を適正化する
資源を増やす前に、まず過大な要求度をやわらげることが重要です。慢性的な長時間労働、役割や責任のあいまいさ、過度なプレッシャーは、バーンアウトを招く典型的な要因です。業務量の偏りを見直し、優先順位を整理し、役割分担を明確にすることで、社員が消耗せずに働ける土台を整えます。要求度が過大なまま資源だけを足しても効果は限られます。まずは負荷の適正化から着手しましょう。
- 実施チェック:特定のメンバーに業務負荷が集中していないか、定期的に点検していますか。
- 実施チェック:役割・責任・期待される成果があいまいなまま放置されていないか確認していますか。
ステップ3:仕事の資源を増やす(裁量・支援・成長機会)
次に、ワーク・エンゲイジメントを直接高める「仕事の資源」を充実させます。具体的には、社員が自分で判断できる裁量を広げる、上司や同僚が支え合う関係をつくる、学びや成長の機会を提供する、といった取り組みです。仕事の資源は、要求度の悪影響をやわらげるだけでなく、社員の内発的な動機を引き出し、熱意や没頭を育てる原動力になります。日々のマネジメントのなかで、これらの資源を意識的に増やしていくことが求められます。
- 実施チェック:メンバーが自分で判断・工夫できる裁量の余地を意識的に広げていますか。
- 実施チェック:学びや挑戦の機会、周囲からの支援が得られる環境を整えていますか。
ステップ4:フィードバックと承認で手応えを返す
仕事の資源のなかでも、適切なフィードバックは特に重要です。自分の仕事がどう役立ち、どう評価されているかが分かると、社員は熱意と手応えを持って働けます。成果や努力を具体的に承認し、改善点は前向きな助言として伝えることで、社員は自分の成長を実感します。評価面談の時だけでなく、日常のなかでこまめに反応を返すことが、活力と没頭を支えます。承認は、コストをかけずに資源を増やせる有効な手段です。
- 実施チェック:成果や努力に対して、具体的な言葉で承認を伝える機会を日常的に設けていますか。
- 実施チェック:フィードバックが評価面談時だけに偏らず、短いサイクルで返せていますか。
ステップ5:個人の資源を育て、ジョブ・クラフティングを促す
最後に、本人が備える「個人の資源」を育てる視点です。自己効力感や前向きさ、困難から立ち直る力は、研修や日々の成功体験を通じて高めることができます。あわせて有効なのが、社員が自ら仕事の意味や進め方を工夫する「ジョブ・クラフティング」を促すことです。任された仕事を受け身でこなすのではなく、自分なりに意味づけ、やり方を工夫できるよう後押しすることで、熱意と没頭が自発的に高まります。組織の支援と本人の主体性がかみ合ったとき、ワーク・エンゲイジメントは持続的なものになります。
- 実施チェック:成功体験を振り返り、本人の自信や前向きさを育てる関わりができていますか。
- 実施チェック:社員が自分の仕事に意味を見いだし、進め方を工夫できるよう後押ししていますか。
効果測定の視点
ワーク・エンゲイジメント向上の取り組みは、一度実施して終わりではなく、効果を測りながら継続的に改善することが大切です。厚生労働省の令和元年版労働経済白書では、ワーク・エンゲイジメントと個人・企業の労働生産性との関連が分析されており、この概念が単なる従業員満足の話にとどまらないことが示唆されています。定期的なサーベイで3要素(活力・熱意・没頭)の推移を追うとともに、離職率や生産性といった組織指標との関係も併せて見ていくと、施策の効果を多面的に捉えられます。
測定にあたっては、点数の高低に一喜一憂するのではなく、JD-Rモデルの枠組みに立ち返り、資源が増えているか、要求度が適正化されているかという観点で結果を読み解くことが重要です。数値の変化の背景にある職場の構造を理解することで、次の一手が見えてきます。
まとめ
ワーク・エンゲイジメントは、シャウフェリらが提唱し、日本では島津明人氏らによって紹介された、活力・熱意・没頭からなる持続的でポジティブな心理状態です。その向上を体系的に捉える枠組みがJD-Rモデルであり、過大な仕事の要求度をやわらげつつ、仕事の資源と個人の資源を充実させることが鍵となります。バーンアウトと対比すれば、社員を消耗させずに前向きな没入を促す点にその本質があることが分かります。
本記事で紹介した5つのステップ、すなわち現状の可視化、要求度の適正化、仕事の資源の充実、フィードバックと承認、個人の資源の育成は、いずれも人事・経営の意思決定と日々のマネジメントに組み込めるものです。日本の従業員エンゲージメントが国際的に低い水準にあるいま、学術的な理解に裏づけられた着実な取り組みが、活力ある職場と人材の定着につながります。
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Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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