カイシャの育成論最初に、現在人材育成についてどのような取り組みをされているのか教えてください。荻久保様:当社では、スキルとキャリアの見える化を徹底しています。具体的には、調理員のスキルレベルを5段階で評価する「スキルマップ」を作成しています。評価の項目は「大量調理スキル」「ヒューマンスキル」「マネジメントスキル」などの大項目に分かれています。トータルで約40項目ほどの詳細な評価基準があり、それらをクリアできたら次のステップに進める仕組みです。このスキルの明確化は、その後の昇進や昇格にもしっかりと結びついています。約40項目にも及ぶ細かなスキルマップを導入された背景には、どのような課題があったのでしょうか。荻久保様:会社の規模が拡大するにつれて、調理員のスキルにばらつきが生じてきたことが大きな背景です。昔は職人気質の調理員が多く、技術は現場で見て覚えるという側面がありました。しかし現代では、ただ給食を作って出すだけではなく、円滑な業務のためのコミュニケーション能力など、ヒューマンスキルも非常に重要です。そこで、何をクリアすれば次のステップに進めるのかを明確化し、スキルの標準化を図りました。評価項目が明確になることで、社内にはどのような変化がありましたか。荻久保様:一番の変化は、従業員がキャリアの先を見通せるようになったことです。以前は「何をすれば昇進できるのか」という不安や不満の声もありましたが、現在ではそうした声はなくなりました。また、お客様からも「東洋食品には高度なスキルを持った人材がいる」と評価していただき、当社が高い品質の学校給食を提供しているというブランド化にもつながったと感じています。キャリアの道筋が見えることは安心感につながりますね。現場での育成は、具体的にどのような体制で進められているのでしょうか。荻久保様:本社などに集まって行う座学の集合研修と、調理の現場で直接指導するOJTの両面で育成を行っています。当社が特に大切にしているのは、実践的なOJTです。新入社員が入社したら、まずは野菜などの下処理から始めます。それがしっかりできるようになれば、次は揚げ物調理、そして煮炊き調理と、数ヶ月ごとに新しいスキルを身につけていくステップを踏みます。指導を担当する先輩社員自身も、人に教えるためのスキルを事前にしっかりと身につけてから指導に当たります。学校が休みになる期間も研修に活用されていると伺いましたが、詳細を教えてください。荻久保様:座学の研修については、学校給食がない夏休みなどの期間を有効に活用しています。従業員を一斉に集め、衛生マナーや最新の調理設備の扱い方などを集中的に学びます。メリハリのついた働き方ができるため、効率的な知識の習得が可能です。最近では動画を活用した研修も導入されているそうですね。荻久保様:最近は特に動画研修のブラッシュアップに力を入れています。テキストに文字で書いてあっても、なかなか読み込まれないことが多いのが実情です。そのため、10分程度で終わる短い動画を細かく区切って視聴してもらう仕組みを作りました。例えば、揚げ物を油に入れるベストなタイミングや、ちょうど良い焼き具合の色、混ぜる時の粘り気などは、文字や写真よりも動画で実際に見た方が分かりやすく、現場での再現性も高くなります。育成のベースをふまえて後輩を育成する際、どのようなことを大切にされていますか。N様:調理の基本的な部分をしっかりと教えることは大前提です。その上で、学校給食には「何時までに必ず提供しなければならない」という絶対的な時間の制約があります。そのため、ただ丁寧に作るだけでなく、提供時間から逆算して効率よく作業を進める意識を持たせることを大切にしています。本来なら10分で終わってほしい作業に30分かかっているような場合は、どうすれば時間を短縮できるのかを具体的にアドバイスしながら指導しています。I様:私は普段からコミュニケーションを密に取ることを意識しています。例えば、下処理で野菜を切っている時などのちょっとした時間を利用して、プライベートな話題も含めて会話をするようにしています。いざという時に「ここは気をつけた方がいいよ」と厳しい指導をしなければならない場面もありますが、普段から信頼関係が築けていないと、そうしたアドバイスも素直に受け取ってもらえません。相手との距離感を適切に保ちながら、伝えるべきことをしっかりと言える信頼し合える環境づくりを心がけています。会社の理念や考え方貴社が大切にされている理念や考え方について教えてください。荻久保様:当社の社是は「信頼」です。創業から59年間、この言葉をずっと大切にしてきました。創業者が人脈も何もないゼロの状態から苦労して会社を立ち上げた時代から、お客様との信頼、従業員同士の信頼、そして会社を取り巻くすべての人たちとの信頼がこの仕事のベースになると考えたからです。理念としては、「安全・安心でおいしい給食をお客様に提供する」ということを最も大切にしています。「信頼」という理念は、日々の業務にどのように落とし込まれているのでしょうか。荻久保様:私たちは仕事における明確な優先順位を定めています。それは「1番がお客様、2番が会社、3番が自分」という順番です。どんなに急いでいる時でも、この優先順位を守っていれば大きな間違いは起きません。世の中で不祥事を起こしたり不正に手を染めたりする企業は、この順番を間違えてしまっているのだと思います。当社がずっと食中毒ゼロを維持できているのも、絶対にズルをしないという誠実さと、社員一人ひとりにこの理念が深く浸透しているからです。素晴らしい徹底ぶりですね。人材に対するお考えについてもお聞かせください。荻久保様:学校給食事業は、形のある製品を販売するわけでも、巨大な固定資産を持つわけでもありません。だからこそ「人材が一番の重要な資産」であると確信しています。一人ひとりの従業員が自分の仕事に誇りを持ち、お客様のために最高の給食を提供し、同時に自分自身も成長していける。そんな環境を提供することが、当社の人材に対する理念です。会社の歴史・転換点現在の強固な組織に至るまで、どのような歴史や転換点があったのでしょうか。荻久保様:当社は創業59年になりますが、学校給食事業が始まったのは今から40年前のことです。1985年に学校給食の民間委託が初めて解禁され、翌年から当社はこのマーケットに参入しました。それ以前は学生食堂の運営を中心に手がけていましたが、新たな市場にいち早く挑戦したことが、現在の業績拡大の大きなきっかけです。参入当初は、ご苦労も多かったのではないでしょうか。荻久保様:最初のうちは民間委託という概念自体がなかなか社会に浸透しませんでした。「公共事業である学校給食を民間企業に任せていいのか」「利益ばかりを追求して、給食の質が落ちるのではないか」といった厳しい懸念の声も多くありました。そうした中で、社長自らが各地に足を運び、安全性が確実に担保できること、プロの民間企業に任せた方がノウハウが活かされ効率化が進むことを、一つひとつ丁寧に説明して回りました。信頼を得るまでには厳しい道程があったということですね。荻久保様:私たちにお任せいただくうえで、全国での給食運営で培ってきた新しいノウハウを実際の現場に次々と取り入れていきました。その結果、「東洋食品に委託してから給食が美味しくなった」というお客様の声が少しずつ広がり、現在の地位を築けました。また、25年前の関西進出も大きな転換点です。それまでは関東圏を中心に事業を展開していましたが、関西事業部を立ち上げて全国へと事業を拡大しました。最初は非常にリスクを伴う挑戦でしたが、その決断とPFI事業への参入が、その後の飛躍的な成長につながりました。直近ではコロナ禍という大きな危機もありましたが、いかがでしたか。荻久保様:2020年の春、緊急事態宣言により学校が一斉に休校となり、給食の提供が完全にストップしました。お客様から委託料を継続して支払っていただけるのか、従業員に給与を支払えるのか、本当に心配な時期でした。しかし結果としては、業務実態に応じた一部調整はありつつも、委託料はほぼ通常通りにいただくことができ、経営を安定して続けられました。これは、現場の社員たちが日々真摯に仕事に向き合い、お客様との間に強固な信頼関係を築き上げてきてくれたからです。日頃の「信頼」の積み重ねが会社を救ってくれました。活躍する社員について現場で活躍されているお二人は、どのような経緯で貴社に入社されたのでしょうか。N様:私は以前、機内食を調理する会社で集団調理を経験し、その後は一般の飲食店で働いていました。しかし大量料理の現場と飲食店では衛生管理にギャップがあり、厳格な衛生基準で働く方が自分に合っていると感じていました。そこで再び集団調理の世界に戻ろうと考えた際、他社で働いていた友人を尋ねると、「同業の東洋食品の方が歴史もあるし、管理もしっかりしているから良い環境だよ」と勧められたのが入社のきっかけです。実際に入社してみると、期待通りに衛生基準が厳格で、自分にはこの真面目な働き方が合っていると実感しました。I様:私は栄養士の専門学校を卒業し、新卒でそのまま当社に入社しました。同級生たちは病院や保育園など様々な分野に進みましたが、私は食事を通じて子どもたちの健康を助ける仕事に興味を持ち、学校給食の道を選びました。貴社で活躍する社員には、どのような共通点があるのでしょうか。荻久保様:大きく分けて2つの共通点があります。1つ目は、「お客様、会社、自分」という優先順位をしっかりと守り、お客様のために何ができるかを常に考えて行動していることです。2つ目は、「現状維持は後退である」という意識を持ち、今日より明日を少しでも良くしようと工夫する改善思考です。私は常々、「安全に関する失敗以外は、どんどん失敗していいからチャレンジしてほしい」と伝えています。新しいことに果敢に挑戦する社員が大きく活躍しています。主体的な行動が大きな成果につながった印象的なエピソードはありますか。荻久保様:2017年に他社で起きた、刻みのりによる大規模な食中毒事件の際の出来事が印象に残っています。当時はまだ原因が特定されておらず、複数の自治体で食中毒が発生していました。そんな中、のちに食中毒の原因と判明する刻み海苔を当社でも取り扱うことがありましたが、当社に勤務するチーフが、自治体に相談の上、刻みのりを加熱してから提供したのです。当時はのりを加熱するというマニュアルはありませんでしたが、「のりにウイルスが付着しているかもしれない」という仮説を立てて自主的に行動した結果、食中毒を未然に防げました。ルールを守るだけでなく、自分で考えて行動することで、子どもたちの健康被害を防いだ事例です。長く働き続けられる理由や、働きやすさについてはいかがですか。I様:給食の仕事は朝が早いのですが、その分、終わる時間もきっちりとしています。よほどのトラブルがない限り退社時間が延びることはありませんし、土日祝日もしっかり休めます。私は今子育てをしているのですが、時間の調整がしやすく、生活のリズムが安定している点が長く働き続けられる最大の理由です。N様:確かに、時間が決まっていることは大きな魅力です。私は最近子どもが生まれ、妻も育児休業を取得しているのですが、私自身も1ヶ月間の育休を取得しました。一時的に現場を離れることに不安はありましたが、本社の指導員という非常に優秀な方が代わりに現場に入ってくださり、安心して休めました。復帰の際もスムーズに引き継ぐことができ、会社や周囲の温かいサポートには心から感謝しています。会社の事業について改めて、貴社の事業内容と、その中でのやりがいについて教えてください。荻久保様:当社は、学校給食事業をビジネスの柱として展開しています。毎日、安全・安心でおいしい給食を提供することはもちろんですが、近年では食育の推進や地域貢献、環境対応、災害時の対応など、幅広いお客様のニーズにお応えするサービスへと事業領域を広げています。現場でお仕事をされる中で、「やっていてよかった」と感じる瞬間はどんな時でしょうか。N様:やはり一番嬉しいのは、給食の時間が終わって返ってきた食缶が、綺麗に空っぽになっているのを見た時です。その瞬間に、「今日の給食は美味しかったんだな」と実感でき、大きな達成感を感じます。I様:私も同じです。子どもたちが直接「美味しかった!」と声をかけてくれることは何よりの励みになります。また、中学校の卒業式の前などに、中学3年生の子どもたちからお礼の手紙をもらうことがあります。「このメニューが一番好きでした」といった一言を読むとこれまでの苦労が報われた気がして、「また来年も一年間頑張ろう!」という強いモチベーションにつながります。給食を作る私たちが学校で主役になることは多くありませんが、子どもたちの成長を確実に支えられているという誇りを持てる瞬間です。社員同士のコミュニケーションなど、職場の雰囲気はいかがでしょうか。N様:現場では横のつながりが非常に強いと感じます。講習会やチーフ会議で顔を合わせる機会も多いです。ベテランの方々も気さくに話しかけてくださり、仕事の相談にも乗っていただけるので、その時の経験やアドバイスが今の業務にも大きく役立っています。未来への取り組み・今後の展望今後、事業や組織開発においてどのようなことに取り組んでいきたいとお考えですか。荻久保様:将来も引き続き学校給食事業を柱としながら、地域のニーズにさらに寄り添ったサービスを展開していきたいです。学校給食の施設は、夏休みや春休みなど年間で約160日も稼働していない期間があります。このリソースを活かし、学童保育や保育園への給食提供、食育の拠点、あるいは災害時の防災拠点など、地域の「食のインフラ」として事業を深化させていきたいと考えています。また、ホテル事業や外食産業などの周辺事業もバランスよく展開し、過度に一つの事業に集中しないポートフォリオを構築します。根本にあるのは、「食の力で社会課題を解決したい」という強い思いです。人材育成の面での今後の展望はいかがでしょうか。荻久保様:ただ漫然と給食を作るだけの作業員ではなく、お客様に喜ばれるサービスを提供できる人材に育ってほしいと願っています。研修を通して正しい知識や技術を身につけることは当然のベースですが、先ほどの食中毒を防いだ事例のように、自分で考える力を伸ばすことが重要です。「お客様や地域の役に立つにはどうしたらいいか」を常に考え、自ら実践していける人材を一人でも多く育てていきたいですね。最後に、業界全体に向けたメッセージもお願いいたします。荻久保様:学校給食業界が抱える課題として、これだけ調理の技術や機械が発展している現代においても、未だに「手作り=愛情」という考え方が根深く残っており、機械で効率化できる作業まで手作業が求められてる現場もありますし、書類も紙ベースです。また、都内の学校であっても約2割の給食室にはエアコンが設置されておらず、真夏に長袖の白衣とマスクを着用し、締め切った空間で火の前で調理を行うという、熱中症リスクの非常に高い過酷な労働環境です。エビデンスに基づいた機械化の推進やDX、空調設備の設置など、働く従業員の労働環境の改善を国や自治体には強く求めていきたいです。同時に安全で安心な給食を維持するためには、高騰する人件費に見合った適正な委託料の確保も不可欠です。私たちはこれからも、高い理念と確かな育成体制のもと、子どもたちの健康と未来を守り続けていきます。