経営層と人事が直視すべき採用ROIの構造的問題と、再設計のための5ステップ
「採用人数の目標は達成したのに、現場からは人手不足の声が止まらない」「採用にかけた費用が業績に結びついている実感が薄い」――。多くの経営層と人事担当者が抱えるこの違和感の正体は、採用活動そのものが「数を埋める作業」に変質してしまっていることにあります。本稿では、公的調査と業界統計をもとに、無駄な大量採用が組織に与える損失を可視化したうえで、コスト垂れ流しの構造を断ち切るための実践的な5つのステップを解説します。
採用市場が陥っている「数で埋める」悪循環
現在の日本企業の採用環境は、構造的な需給ひっ迫のなかにあります。マイナビキャリアリサーチLabが2025年11月に発表した「2026年卒企業新卒内定状況調査」では、新卒採用充足率は69.7パーセントとなり、同調査の開始以降で過去最低を更新しました。これは4年連続の低下であり、企業規模別では大手企業でも75.6パーセント、中小企業では57.2パーセントにとどまっています。つまり、計画した人数の3割前後を、毎年どの企業も採用しきれていない状態が常態化しているのです。
この未充足を埋め合わせるために、多くの企業がとってきた対応が「母集団を広げる」「採用チャネルを増やす」「内定数を多めに出す」といった、いわば数量による解決策です。短期的には頭数が揃うため安心感が得られますが、その裏で必ず発生するのが、入社後のミスマッチと早期離職です。厚生労働省が2025年10月に公表した最新の「新規学卒就職者の離職状況」によると、令和4年3月卒の大卒者の就職後3年以内の離職率は33.8パーセント、高卒者では37.9パーセントに達しています。宿泊・飲食サービス業に至っては大卒で55.4パーセント、高卒で64.7パーセントが3年以内に離職している計算です。
採用が足りないから多めに採る、その結果として育たないうちに辞めていく、再び不足を頭数で埋める――。このループが、経営層から見えにくい場所で、組織のキャッシュと現場の余力を静かに蝕んでいます。
「無駄な大量採用」が垂れ流すコスト
では、この悪循環が具体的にどれほどの金額を消費しているのかを、入手可能な統計を組み合わせて試算してみます。
2-1. 採用1人あたりの直接コスト
マイナビが2025年3月に公表した「中途採用状況調査2025年版(2024年実績)」では、企業の年間平均採用費総額は650.6万円、平均採用人数は20.8人と報告されています。これを単純計算すると、中途採用1人あたりの直接コストは約31.2万円となります。なお、人材紹介サービスや成果報酬型エージェントを多用する企業では、1人あたりの単価が80万円から100万円を超えるケースもめずらしくありません。
新卒採用については、近年は1人あたり90万円から110万円程度が一般的な目安として各種調査で示されています。リクルートの就職みらい研究所が公表していた「就職白書2020」のデータでは、新卒採用1人あたりの平均採用費は93.6万円でした。広告費、合同説明会、選考のための交通費、内定者フォロー、選考にあたる社員の人件費など、見えにくいコストを含めると、実際の支出はこれを上回ることが多いのが実情です。
2-2. 早期離職が生む間接コスト
直接コスト以上に経営にダメージを与えるのが、早期離職に伴う間接コストです。一般的に1人の若手社員が3年以内に離職した場合、その損失額は採用コスト・教育研修費・在籍期間中の給与・既存社員のフォロー工数・欠員補充の再採用費などを合算すると600万円を超えるとの試算が、複数のHRコンサルティング会社から示されています。
仮に年間20人を新卒採用している企業を考えてみます。大卒3年以内離職率33.8パーセントを当てはめると、3年間で約7人が離職する計算です。1人あたりの損失を600万円とすれば、3年間で約4,200万円の損失が、表面化しないまま発生していることになります。これは、年間で1人分の管理職人件費に匹敵する規模の損失であり、しかも毎年積み上がっていく性質を持っています。
2-3. 数字に表れない3つの隠れコスト
金額換算しにくい影響もあります。第1に、既存社員のエンゲージメント低下です。同期や後輩の離職が続く職場では「ここにいてよいのか」という不安が伝播し、優秀層から先に他社を検討し始める傾向があります。第2に、採用ブランドの毀損です。退職者の口コミは社外に蓄積し、次年度以降の母集団形成をいっそう難しくします。第3に、現場マネジャーの疲弊です。育成と引き継ぎを繰り返すうちに、本来の事業活動に割ける時間が削られていきます。
なぜ「無駄な大量採用」が発生するのか――3つの構造的原因
この問題は、人事担当者個人の力量ではなく、採用に関する経営の意思決定構造そのものから生まれています。代表的な原因を3つに整理します。
原因1:採用充足率を最終KPIに置いている
経営会議で人事が問われる指標が「計画人数に対して何人採れたか」に偏っていると、人事は短期的な頭数達成に最適化された行動を取らざるを得なくなります。結果として、入社後3か月のパフォーマンスや3年定着率といった、本来重要な指標は後回しになります。「採れた」イコール「成功」とみなす評価設計が、無駄な採用を構造的に量産しているのです。
原因2:採用ペルソナが曖昧、あるいは存在しない
「自走できる人」「コミュニケーション能力が高い人」といった抽象的な要件で母集団を集めると、選考の現場では面接官の主観に判断が委ねられ、合否がぶれます。配属部署と人事の認識がずれたまま採用が進めば、「採用時の期待」と「現場の業務実態」のギャップが構造的に生まれ、入社初日からミスマッチが顕在化します。マイナビの2026年卒調査では、内定辞退の最大理由は「より志望度の高い企業から内定が出た」ことでしたが、その背景には「自社が求める人材像を、応募者にも社内にも明確に伝えきれていない」という根本課題が横たわっています。
原因3:母集団形成偏重で、入社後の現実を伝えていない
応募者数を稼ぐために、求人広告や説明会では「魅力的な側面」が前面に押し出されがちです。しかし、入社後に直面する困難や成長に必要な負荷をきちんと伝えなければ、ワナウスが提唱したRJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)の研究が一貫して示しているとおり、入社後の失望と離職が増えます。エン・ジャパンの事例では、中途入社者の37パーセントが1年以内に離職していた状態から、RJPに基づく「体感転職プログラム」を導入したことで、プログラム経由の入社者の1年以内離職率がゼロパーセントになったと報告されています。
コスト垂れ流しを阻止する5つのステップ
ここからは、無駄な大量採用の構造を断ち切り、採用コストを「投資」に転換するための実践プロセスを5つのステップで示します。各ステップの末尾に、自社で実行可能かを確認するための「実施チェック」を添えました。
ステップ1:採用目的を経営戦略に接続し直す
最初に行うべきは、「なぜ今、何人採用するのか」を経営戦略から逆算して定義し直すことです。事業計画上、今後3年で必要となる職務(ジョブ)と人数を、職務記述書のレベルで可視化します。新規事業の立ち上げが控えているなら、必要なケイパビリティと採用時期を逆算する。既存事業の安定運用が中心なら、退職予測と内部育成・配置転換で何人カバーできるかを差し引きしたうえで、外部採用の最低必要人数を導きます。「昨年と同じ人数を採る」という慣性で動かないことが、無駄な採用を止める第一歩です。
実施チェック
- 経営戦略・中期事業計画と採用計画が、職務単位で紐づいているか
- 既存社員の内部育成・社内公募・配置転換で代替可能な職務を洗い出したか
- 採用人数の根拠を、経営会議で説明可能なレベルで文書化しているか
ステップ2:採用ペルソナを「合否がぶれない粒度」で再設計する
次に、各ポジションごとに採用ペルソナを再設計します。ペルソナとは、求める人物像を年齢・経験・スキル・価値観・志向性・現職での課題感まで含めて具体化したものです。重要なのは、配属部署のマネジャーと人事が共同で作成し、選考に関わる全員が同じイメージを持てるレベルまで粒度を上げることです。
また、求める要件は「必須要件」「歓迎要件」「許容しない条件(ネガティブリスト)」の3層で整理することをおすすめします。これにより、書類選考と1次面接の合否判定が大きくぶれにくくなり、結果として「とりあえず会ってみる」面接が減り、選考工数の削減にもつながります。
実施チェック
- 採用ポジションごとに、ペルソナ文書(A4で1枚程度)が作成されているか
- 配属部署と人事の双方が、ペルソナ内容に合意しサインオフしているか
- 必須要件・歓迎要件・許容しない条件の3層が明文化されているか
ステップ3:採用KPIを「量」から「質×定着」へ再定義する
採用充足率だけを追っている限り、無駄な大量採用は止まりません。追加すべきは、入社後の成果と定着を反映する以下のような指標群です。
入社後3か月パフォーマンス評価(配属部署マネジャー評価)の平均値
入社1年目の自己都合退職率(採用チャネル別・配属部署別)
入社3年目時点の昇格・昇給率
採用ROI:1人あたり採用コストに対する、3年間累積貢献利益の比率
これらの指標は、四半期ごとに経営会議でレビューする運用にすると、現場マネジャーと人事の対話が量から質へ自然に変わっていきます。
実施チェック
- 採用人数以外に、入社後の質と定着を測るKPIが3つ以上設定されているか
- 採用KPIが、四半期に1回以上、経営会議でレビューされているか
- 採用チャネル別・配属部署別に、定着率を比較できているか
ステップ4:RJPで入社前のミスマッチを予防する
RJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)とは、職務や組織の良い面だけでなく、難しい面や課題までを応募者に正直に伝える採用手法です。ワナウスらのメタ分析を含め、複数の研究で自主的離職を有意に低下させることが報告されています。
実務に落とすには、以下のような工夫が有効です。第1に、現場社員1人につき30分から60分のリアルトーク機会を、選考プロセスのなかに正式に組み込むことです。第2に、求人票や採用サイトに「この仕事の難しい部分」「入社後にギャップを感じやすい点」を明示すること。第3に、最終面接の前後で、半日の職場体験(配属予定部署の見学・業務同席)を行うことです。一見、辞退を増やすように見える施策ですが、入社後の早期離職が減ることで、トータルの採用コストは確実に下がります。
実施チェック
- 選考プロセスに、現場社員と応募者のリアルトーク機会が組み込まれているか
- 求人票や採用サイトに、職務の難所・ギャップを感じやすい点が明記されているか
- 最終面接の前後で、配属予定部署の見学または業務同席が実施できているか
ステップ5:オンボーディング設計と入社後90日のフォロー
採用は内定承諾で終わりではなく、入社後90日の立ち上がり支援までを含めて初めて成果につながります。マイナビキャリアリサーチLabの2026年卒調査では、インターンシップ・仕事体験を実施した企業の充足率が75.3パーセント、実施しなかった企業の60.6パーセントを14.7ポイント上回っており、入社前後の接点設計が定着率にも有効であることが示唆されています。
推奨されるオンボーディング設計は、入社前(内定承諾後)の定期接触、初日のオリエンテーション、30日目・60日目・90日目のチェックイン面談という4つの節目をあらかじめスケジュール化することです。チェックイン面談では、業務習熟度だけでなく「期待と現実のギャップ」「心理的安全性の確保」を直属上司ではない第三者(人事または別部署のメンター)が確認します。早期に違和感を拾える設計が、退職という最終決定が下る前の修正機会を作ります。
実施チェック
- 内定承諾から入社日までの間に、月1回以上の接触機会が設計されているか
- 入社後30日・60日・90日のチェックイン面談がスケジュール化されているか
- チェックイン面談を、直属上司以外の第三者(人事またはメンター)が担当しているか
経営層への提言:採用は「人件費」ではなく「経営投資」である
ここまで述べてきた5つのステップは、いずれも人事部門だけで完結するものではありません。採用要件の見直しは事業部門と、採用KPIの再設計は経営会議と、オンボーディングは配属部署のマネジャー陣と、それぞれ連携しなければ機能しません。
経営層に求められるのは、採用予算を「販売管理費の一部」として削るか増やすかの議論ではなく、「投じた1円が3年後にいくらの貢献利益として返ってきたか」という投資収益の観点から評価する姿勢です。1人あたり600万円の早期離職損失を回避できれば、それだけで採用予算を倍にしても十分なリターンが得られる計算が成り立つケースは少なくありません。逆に、安価なチャネルを増やして母集団を広げただけでは、無駄な大量採用の悪循環を加速させるだけです。
「数を埋める採用」から「質と定着を最大化する採用」へ。この転換を、経営の意思として明示することが、コスト垂れ流しを止める最大のレバーになります。
まとめ
無駄な大量採用は、採用市場の構造的なひっ迫、採用KPIの設計上の偏り、ペルソナの曖昧さ、RJPの欠如、そしてオンボーディング不足という複数の要因が重なって発生しています。本稿で紹介した5ステップ――経営戦略との接続、ペルソナの再設計、KPIの量から質への転換、RJPの導入、入社後90日のフォロー設計――を、優先順位の高いものから1つずつ着手することで、表面化していなかった採用ROIの構造的損失を、可視化と削減の対象に変えることができます。
「採用人数の達成」を喜ぶ会議から、「採用した人材が3年後にどれだけ貢献しているか」を議論する会議へ。この転換が、貴社の人的資本経営を一段引き上げる出発点になるはずです。
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株式会社ワンダフルグロースでは、採用設計・人材育成・組織開発を一気通貫で支援する研修・コンサルティングサービスをご提供しています。採用ROIの再設計、ペルソナ策定支援、RJP導入、オンボーディングプログラム設計など、本稿の各ステップに対応した実践的な支援メニューをご用意しております。
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参考文献・出典
・厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者の状況)」2025年10月公表 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html
・株式会社マイナビ キャリアリサーチLab「2026年卒企業新卒内定状況調査」2025年11月公表 https://career-research.mynavi.jp/reserch/20251107_104128/
・株式会社マイナビ キャリアリサーチLab「中途採用状況調査2025年版(2024年実績)」2025年3月公表 https://career-research.mynavi.jp/reserch/20250326_93514/
・労働政策研究・研修機構(JILPT)「ビジネス・レーバー・トレンド 2025年11月号」 https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2025/12/kokunai_02.html
・株式会社リクルート 就職みらい研究所「就職白書2020」
・日本エス・エイチ・エル株式会社「RJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)が早期離職を防ぐカギに」 https://www.shl.co.jp/column/perspective/251024_realistic-job-preview-off-turnover/
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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