上司との関係は、個人の悩みでは終わらない
「上司とどうも噛み合わない」「報告のたびに気が重い」。こうした悩みは、しばしば本人の性格や相性の問題として片付けられてしまいます。しかし近年の公的データは、上司との関係が個人の働きやすさにとどまらず、離職や組織全体の成果にまで影響することを示しています。
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」では、前職を辞めた理由として「職場の人間関係が好ましくなかった」を挙げる人が依然として多く、特に女性や若い世代で高い傾向がみられます。なかでも19歳以下の女性では、この理由を挙げた割合が34.0%にのぼりました。そして職場の人間関係の中心にあるのが、日々最も近くで接する直属の上司との関係です。
相談の現場でも同じ傾向が表れています。厚生労働省「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、総合労働相談の件数は120万1,881件と、5年連続で120万件を超えました。民事上の個別労働紛争では「いじめ・嫌がらせ」が長年にわたり相談内容の最多を占めており、令和5年度はその件数が6万113件と、相談全体の19.1%を占めています。職場の人間関係をめぐる課題が、構造的に積み重なっている様子がうかがえます。
上司の影響力の大きさは、海外の調査でも繰り返し確認されています。米国の世論調査会社ギャラップの分析では、チームごとの「仕事への熱意(エンゲージメント)」のばらつきのおよそ70%が、上司であるマネジャーの違いによって説明されるとされています。裏を返せば、上司との関わり方を見直すことは、自分の働きがいを取り戻すうえで最も効果の高い手立ての一つだといえます。
上司は選べなくても、上司との関わり方は選べます。関係づくりを「相性」や「運」ではなく「身につけられる技術」として捉え直すことが、すべての出発点です。
「上司を変える」より「関わり方を変える」――マネジング・アップという発想
上司との関係に悩むとき、私たちはつい「上司が変わってくれれば」と考えます。しかし、他人を直接変えることは簡単ではありません。そこで役立つのが「マネジング・アップ」という考え方です。これは、上司の強みや弱み、仕事の進め方、置かれている制約を理解したうえで、自分と組織の成果が最大になるよう、部下の側から主体的に関係を築いていくアプローチを指します。ハーバード・ビジネス・レビューでも古くから紹介されてきた、実務に根ざした手法です。
ただし、マネジング・アップには誤解もつきまといます。次の三点は、いずれも本来の趣旨とは異なります。
- 上司に媚びることではありません。機嫌を取るのではなく、上司が判断しやすい情報を渡すことが本質です。
- 言いなりになることではありません。異なる意見も、相手が受け取りやすい形で伝えるのが目的です。
- 我慢することではありません。理不尽な扱いやハラスメントは、関わり方の工夫で乗り越える問題ではありません(後述します)。
今日から使える5つのステップ
ここからは、明日の出社からすぐに試せる具体的な手順を紹介します。各ステップには「実施チェック」を添えました。すべてを一度に行う必要はありません。一つずつ取り入れてみてください。
ステップ1:上司の「期待」と「評価のものさし」を言葉にする
すれ違いの多くは、上司が何を重視しているかを部下が正確につかめていないことから生まれます。納期を最優先するのか、品質か、それとも報告の丁寧さか。まずは上司の期待を、推測ではなく言葉で確認しましょう。
- 実施チェック:今期、上司が最も重視している成果を三つ挙げられますか。
- 実施チェック:その三つを、上司本人の言葉で確認しましたか。
- 実施チェック:自分の業務の優先順位は、その三つと一致していますか。
ステップ2:報告・連絡・相談の「型」を上司に合わせる
同じ内容でも、伝え方によって受け取られ方は大きく変わります。結論から聞きたい上司もいれば、経緯を重視する上司もいます。メールを好む人、口頭を好む人もいます。上司が情報を受け取りやすい形に合わせるだけで、無用な摩擦は大きく減ります。
- 実施チェック:上司は「結論先行」と「経緯重視」のどちらを好みますか。
- 実施チェック:報告の手段と頻度は、上司の希望に沿っていますか。
- 実施チェック:悪い知らせほど早く、事実と対策をあわせて伝えていますか。
ステップ3:「問題」ではなく「選択肢」を持っていく
「どうしましょう」とだけ相談されると、上司の負担は増えてしまいます。代わりに「A・B・Cの案があり、私はBを推します。理由は~です」という形で持ち込むと、上司は判断に集中でき、あなたへの信頼も高まります。
- 実施チェック:相談の際、二つ以上の選択肢を用意していますか。
- 実施チェック:それぞれの長所と短所を一言で説明できますか。
- 実施チェック:自分の推奨案とその根拠を、明確に言えますか。
ステップ4:上司の「立場」と「制約」を理解する
上司もまた、そのさらに上の上司や他部門との間で板挟みになっています。上司が抱える目標や制約を理解すると、無理に思える依頼の背景が見え、協力の糸口が見つかります。上司の上司、つまり部門全体が向かう方向まで視野に入れると、提案の精度はさらに高まります。
- 実施チェック:上司自身が、その上司から何を求められているかを把握していますか。
- 実施チェック:上司が今、最も困っている課題を一つ挙げられますか。
- 実施チェック:自分の提案が上司の目標達成にどう役立つかを説明できますか。
ステップ5:フィードバックを「もらいにいく」仕組みをつくる
評価や指摘を待つのではなく、自分から定期的にフィードバックを求める姿勢は、成長意欲の表れとして高く評価されます。1on1(一対一の面談)の機会があれば積極的に活用し、なければ短い時間でも定期的に話す場を提案してみましょう。
- 実施チェック:月に一度以上、上司と落ち着いて話す場がありますか。
- 実施チェック:「次に何を改善すべきか」を、自分から尋ねていますか。
- 実施チェック:もらった助言を、次の行動に具体的に反映していますか。
関係がこじれてしまったときの対処
工夫を重ねても、関係がなかなか改善しないこともあります。その場合は一人で抱え込まず、第三者の視点を借りることが有効です。信頼できる先輩や他部署の管理職、人事部門に状況を共有し、客観的な助言を求めましょう。立場の違う相手に話すだけでも、自分では気づかなかった糸口が見えることがあります。
一方で、関わり方の工夫で解決すべきではない問題もあります。それがハラスメントです。厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを「優越的な関係を背景とした言動であること」「業務上必要かつ相当な範囲を超えていること」「労働者の就業環境が害されること」という三つの要素をすべて満たすものと定義しています。これに当てはまる言動は、我慢や自己努力で抱え込む問題ではありません。社内の相談窓口や、各都道府県労働局の総合労働相談コーナーなど、外部の窓口に相談してください。
関わり方の工夫は、対等な関係を前提とした技術です。安全がおびやかされる状況では、まず自分の身を守ることが最優先です。
人事・経営にできること――個人の努力に頼らない仕組みづくり
ここまでは部下個人の視点で述べてきましたが、上司との関係を個人の努力だけに委ねるのは健全ではありません。人事や経営の立場からは、良好な関係が生まれやすい仕組みを整えることが重要です。
具体的には、1on1を制度として定着させること、管理職に傾聴やフィードバックの技術を学ぶ機会を提供すること、そして若手や現場リーダーには「上司との関わり方」そのものを学ぶ機会を用意することが効果的です。前述のとおり、チームの活力の多くは上司との関係によって左右されます。だからこそ、上司と部下の双方に働きかける育成施策は、離職の防止とエンゲージメントの向上の両方に直結する投資となります。
- 実施チェック:1on1が「実施して終わり」ではなく、質を高める仕組みになっていますか。
- 実施チェック:管理職研修に、傾聴やフィードバックの実践が含まれていますか。
- 実施チェック:若手や現場リーダー向けに、上司との関わり方を学ぶ機会がありますか。
まとめ――相性ではなく、身につけられる技術として
上司との付き合い方は、生まれ持った相性で決まるものではなく、後から身につけられる技術です。今日紹介した5つのステップは、その第一歩にすぎません。上司の期待を言葉で確認し、伝え方を相手に合わせ、選択肢を持って相談し、上司の立場を理解し、フィードバックを自ら求める。この積み重ねが、働きやすさと成果の両方を引き寄せます。
そして組織の側は、その努力を個人任せにせず、関わり方の質を高める仕組みを整えることが求められます。まずは自社の現状を、本記事の実施チェックに照らして見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。
出典
- 厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」
- 厚生労働省「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和7年6月公表)
- 厚生労働省「令和5年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(いじめ・嫌がらせの相談件数)
- Gallup「State of the American Manager」(2015)
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Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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