なぜ今、ピープルアナリティクスが重要なのか
ピープルアナリティクスとは、採用・配置・育成・評価・離職など人と組織に関するデータを収集・分析し、経験や勘に頼りがちだった人事の意思決定を、事実にもとづいて行えるようにする取り組みを指します。人事情報システムやサーベイの普及によって手元のデータは増えているものの、それを施策の判断に結びつけられている企業はまだ多くありません。
実態を示すデータもあります。PwCコンサルティングとHR総研が2025年に共同実施した「ピープルアナリティクスサーベイ2025」(回答143社、2015年から続く調査の10回目)によると、人事データ分析に現在用いているツールは表計算ソフトが66パーセント、人事基幹システムに付随するツールが34パーセントと、汎用的な手段が中心でした。一方で、経営層やステークホルダーへ定量的に説明するためのBI(データ可視化)ツールへの関心が高まっていることも報告されています。データはあるが活かしきれていない、という現場感覚を裏づける結果と言えます。
背景には人的資本経営への注目の高まりもあります。従業員一人ひとりのデータを起点に、離職の予兆をとらえたり、配置や育成の効果を検証したりできれば、人事は経営に対してより説得力のある提案ができるようになります。本記事では、外部の高度なツールに頼る前に、自社で無理なく始められるピープルアナリティクスの進め方を、5つのステップに整理して解説します。
ピープルアナリティクスがうまくいかない3つの要因
多くの企業がデータを蓄積しているにもかかわらず、成果に結びつかないのはなぜでしょうか。典型的な要因を3つに整理します。
要因1:目的が曖昧なままデータを集めている
「まずデータを集めよう」から始めてしまうと、何を明らかにしたいのかが定まらず、分析結果が施策につながりません。離職を減らしたいのか、配置の精度を上げたいのか、育成投資の効果を測りたいのか。解きたい問いを先に決めないまま集めたデータは、量が増えるほど扱いにくくなります。前掲のPwCとHR総研の調査でも、分析結果の提供先が経営層や本社人事にとどまり、現場の意思決定に届いていない状況がうかがえます。
要因2:データが分散し、品質もそろっていない
人事データは、勤怠システム、評価システム、採用管理、従業員サーベイなど複数の仕組みに分かれて存在しがちです。氏名や所属の表記がそろっていない、更新のタイミングがばらばらといった状態では、統合した瞬間に誤った集計を生みます。分析以前に、データを一つの視点で結び合わせられる状態に整える作業が欠かせません。
要因3:倫理・プライバシーへの配慮が後回しになる
人事データの多くは個人情報であり、従業員の同意なく分析に使えないものも少なくありません。目的を説明しないまま個人を評価・選別する使い方は、法令違反のリスクに加え、従業員の不信を招きます。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会が公表する「人事データ利活用原則」(令和2年制定、令和4年改定)でも、目的の明確化や本人同意、人間の関与などが原則として示されています。配慮を後回しにした分析は、たとえ精度が高くても現場で使えません。
ピープルアナリティクスを実践する5つのステップ
ここからは、自社でスモールスタートするための手順を5つのステップに分けて説明します。各ステップに現場で使える実施チェックを添えますので、着手前の確認にお使いください。
ステップ1:解きたい問いと活用領域を1つに絞る
最初に、どの意思決定を良くしたいのかを一つに絞ります。ピープルアナリティクスの活用領域は、採用(応募者の見極め)、配置(適材適所)、育成(研修効果の測定)、離職予測(予兆の把握)、エンゲージメント(従業員の状態把握)など多岐にわたりますが、初めから全てに手を広げると失敗します。「入社3年以内の離職を減らす」のように、成果が見えやすく関係者の関心も高いテーマを一つ選ぶことが、最初の一歩を確実にします。
- 実施チェック:解きたい問いを一文で書き出し、それが改善されたときに動く具体的な人事施策まで言えるか確認しましたか。
- 実施チェック:選んだテーマについて、経営層または現場の管理職が結果を知りたいと感じる状態になっているか確認しましたか。
ステップ2:必要なデータを洗い出し、収集の範囲と同意を確認する
問いが決まったら、それに答えるために本当に必要なデータだけを洗い出します。離職予測であれば、勤続年数、評価、残業時間、サーベイの回答などが候補になります。ここで重要なのは、集められるものを全て集めるのではなく、目的に照らして必要最小限にとどめることです。あわせて、そのデータを分析目的で使うことについて、就業規則やプライバシーポリシー、本人同意の観点から問題がないかを確認します。
- 実施チェック:集めるデータの一つひとつについて、なぜ必要かを問いと結びつけて説明できますか。
- 実施チェック:分析目的での利用が従業員に周知され、要配慮個人情報を同意なく含めていないか確認しましたか。
ステップ3:データを一つの視点で結び合わせ、品質を整える
複数のシステムに分かれたデータを、従業員という共通の単位でつなぎ合わせます。社員番号などの共通のキーで結合し、表記のゆれや欠損、明らかな入力誤りを補正します。この整備作業は地味ですが、分析結果の信頼性を左右する土台です。高度なデータ基盤がなければ始められないわけではなく、前掲のPwCとHR総研の調査でも、人事データ分析に用いるツールは表計算ソフトが主流であることが示されています。まずは表計算ソフト上で、目的に必要な項目だけを集めた1枚のきれいな表をつくることからでも始められます。
- 実施チェック:結合したデータの件数や合計値が、元のシステムの数字と一致するか突き合わせましたか。
- 実施チェック:個人を特定できるデータの保管場所とアクセスできる担当者を限定し、記録していますか。
ステップ4:可視化と分析で仮説を検証する
整えたデータをグラフや集計表にして、傾向を読み取ります。最初から高度な統計や機械学習を使う必要はありません。「離職者は特定の部署や勤続年数に偏っていないか」「サーベイの低い項目と離職に関係がありそうか」といった仮説を、クロス集計や比較で確かめるだけでも十分に示唆が得られます。相関があるからといって原因とは限らない点には注意し、現場の実感と照らし合わせながら解釈することが大切です。
- 実施チェック:分析結果を見て、現場の管理職が納得できる説明ができるか確認しましたか。
- 実施チェック:数値の関係を原因と決めつけず、他の要因の可能性も検討しましたか。
ステップ5:施策に落とし込み、効果を測って改善を続ける
分析はそれ自体が目的ではなく、施策を動かして初めて価値になります。得られた示唆をもとに、面談の頻度を増やす、配置を見直す、研修内容を変えるといった具体的な打ち手を決め、実行します。そして一定期間後に同じ指標を測り直し、効果があったかを確認します。この検証と改善を繰り返すことで、ピープルアナリティクスは一度きりの分析から、意思決定を継続的に支える仕組みへと育っていきます。
- 実施チェック:分析から導いた打ち手について、担当者と実施期限を決めましたか。
- 実施チェック:効果を測る指標と次に振り返る時期をあらかじめ決めていますか。
よくある誤解と留意点
ピープルアナリティクスは「AIが最適な人事を自動で決めてくれる仕組み」と誤解されがちですが、そうではありません。人事データ利活用原則の人間関与原則が示すとおり、採用や評価、処分といった従業員に大きな影響を及ぼす判断では、分析結果をそのまま結論とせず、人間が最終的に関与することが求められます。データは判断を助ける材料であり、判断そのものを代替するものではないという前提を、関係者で共有しておくことが重要です。
また、精度の高い分析を追い求めるあまり、従業員が監視されていると感じる運用に陥っては本末転倒です。何のために、どこまでデータを使うのかを丁寧に説明し、労使双方にとっての効用を高める姿勢を保つことが、取り組みを長く続けるうえでの鍵になります。
まとめ
ピープルアナリティクスは、特別なツールや専門家がいなければ始められないものではありません。解きたい問いを一つに絞り、必要なデータを目的に沿って集め、品質を整えたうえで可視化し、施策に落とし込んで効果を測る。この5つのステップを小さく回すことから、人事の意思決定は着実に事実にもとづくものへと変わっていきます。
その際、目的の明確化と本人同意、そして人間の最終的な関与という倫理・プライバシーへの配慮を土台に据えることが欠かせません。まずは自社で成果の見えやすいテーマを一つ選び、手元のデータで小さく始めてみることが、データを意思決定に活かす確実な第一歩となります。
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Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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