自己啓発の実施率は36.8%――学び直しが進まない現場に共通する一つのデータ
厚生労働省が2025年6月に公表した令和6年度「能力開発基本調査」によると、自己啓発を実施した労働者の割合は36.8%で、前回調査より2.4ポイント上昇したものの、依然として6割以上の労働者が業務時間外で自ら学ぶ機会を持てていません。雇用形態別に見ると、正社員が45.3%であるのに対し正社員以外は15.8%にとどまり、性別では男性41.9%、女性30.7%と差が見られます。また、能力開発や人材育成に関して何らかの課題があると回答した事業所は79.9%に上り、多くの企業が学びの機会づくりに苦心している実態がうかがえます。
この数字が示すのは、研修や自己啓発の機会を増やすだけでは、人材の学び直しは十分に進まないという現実です。近年、人材育成の現場では「新しい知識やスキルを学ぶ」ことに加えて、「これまでのやり方や考え方を意図的に手放す」アンラーニング(学習棄却)への注目が高まっています。本記事では、公的統計と民間調査のデータをもとに、アンラーニングを組織的に後押しする5つの実践ステップを解説します。
アンラーニングとは何か
アンラーニングとは、これまで身につけてきた仕事の知識やスキル、価値観や思い込みのうち、環境の変化に合わなくなったものを意図的に見直し、手放していくプロセスを指します。単なる「忘却」ではなく、経験を振り返り、その中から今後も活かす部分と手放す部分を選び直す点が特徴です。
パーソル総合研究所が2022年7月21日に公開した「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」では、全国の正社員3,000人を対象とした調査の結果、正社員の49.8%がアンラーニングを実施していると回答しています。内容別に見ると、「仕事の計画」や「仕事の手続きや方法」を見直した割合は28%を超える一方、「意思決定のプロセスや方法」(24.4%)、「顧客のニーズについての考え方や信念」(23.7%)といった、より深い層の見直しはやや低い水準にとどまっています。
なぜ「学ぶ」だけでなく「捨てる」が必要なのか
同調査では、アンラーニングが新しい知識やスキルの習得(リスキリング)を支える土台になっていることも示されています。古いやり方や価値観を持ったまま新しい知識を積み上げても、実務での活用にはつながりにくいためです。特に、事業環境の変化が速い業種や職種ほど、学んだ内容を実践に結びつけるためにアンラーニングが欠かせないと位置づけられています。
一方で、同じ調査は看過できない傾向も明らかにしています。役職に就いてからの年数が3か月から半年未満の時期にアンラーニングが最も活発になり、その後は年数が経つほど低下していくというものです。さらに、5段階評価で4の評価を受けている、いわば「そこそこ優秀」とされる層が、最もアンラーニングを行っていないという結果も出ています。学び直しの機会を用意するだけでは、こうした層にはリーチできない可能性がある、ということです。
役職滞留年数が長いほどアンラーニングは減少する。また、人事評価については5段階中4の評価を受けている就業者が最もアンラーニングが低い。(パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」より)
人材の学び直しを進める5つの実践ステップ
ステップ1:限界認知経験を意図的に設計する
アンラーニングを促す最大の要因は、「これまでのやり方を続けても成果や影響力の発揮につながらない」と本人が感じる「限界認知経験」です。パーソル総合研究所の調査では、顧客との大きなトラブルや損失計上といった「業務上の修羅場」、他組織との共同プロジェクトや副業・兼業といった「越境的業務」、新規事業や新規提案業務といった経験が、限界認知を生みやすいことが示されています。人事や上長は、こうした経験を偶然に任せるのではなく、異動や兼務、社外プロジェクトへの参加といった形で計画的に設計することが求められます。
実施チェック:対象者に、現状のやり方が通用しない環境(越境業務・新規プロジェクト・社外協働など)への関与機会を年1回以上意図的に用意しているか確認します。
ステップ2:変化抑制意識を下げる目標の可視化
「今のやり方を変えるのは大変だ」「周囲は今までのやり方を好むだろう」といった変化抑制意識は、アンラーニングとリスキリングの両方に負の影響を与えることが調査で確認されています。同調査では、目標を公開・共有する仕組みやキャリア目標設定の機会が、この変化抑制意識を下げる方向に働くことが示されています。目標管理制度や1on1の場を、単なる進捗確認ではなく、本人のキャリア目標を言語化し周囲と共有する場として運用することが有効です。
実施チェック:目標管理や1on1の記録に、業務目標だけでなくキャリア目標や挑戦したい変化が明記されているか確認します。
ステップ3:再挑戦を歓迎する文化を制度化する
同調査では、「再挑戦の歓迎」や「業務外活動の推奨」も変化抑制意識を下げる組織的要因として挙げられています。一方で「相互援助の文化」はやや変化抑制意識を高める傾向も報告されており、助け合いの文化そのものが常に学び直しを後押しするわけではない点には注意が必要です。人事評価制度や社内表彰制度の中に、失敗を経た再挑戦や新しい方法への転換を積極的に評価する項目を設け、単年度の成果だけでなく挑戦のプロセスを可視化することが求められます。
実施チェック:人事評価やフィードバックの基準に、新しいやり方への挑戦や過去の方法からの転換を評価する項目が含まれているか確認します。
ステップ4:変化への見返りを明確にする
アンラーニングは、変化を起こした先に給与、経験、役職、学びの活用といった見返りが期待できるときに促進されることも調査から分かっています。逆に言えば、やり方を変えても評価や処遇に反映される見通しが立たなければ、従業員が自らアンラーニングに踏み出す動機は生まれにくいということです。人事は、スキルの見直しや新しい役割への挑戦が、昇給・昇格・アサインメントにどう結びつくのかを、制度上だけでなく個別のキャリア面談の中で具体的に伝える必要があります。
実施チェック:キャリア面談や評価フィードバックの際に、アンラーニングの取り組みが処遇やアサインにどう反映されるかを具体的に説明できているか確認します。
ステップ5:役職滞留者・高評価者への意図的なストレッチ機会の付与
前述の通り、役職に就いてからの年数が長い層や、人事評価が安定して高い層ほどアンラーニングが停滞しやすい傾向があります。こうした層は目先の業務が回っているため、本人も周囲も学び直しの必要性を感じにくいのが実情です。人事は、勤続年数や評価スコアをもとに「アンラーニングが停滞しやすい層」を定期的に洗い出し、当人が現状の延長では対応できない課題や役割を意図的に付与することが有効です。
実施チェック:役職滞留年数や評価スコアをもとに、学び直しが停滞しやすい層を年1回以上棚卸しし、個別のストレッチ課題を割り当てているか確認します。
まとめ
厚生労働省の調査が示すとおり、自己啓発に取り組む労働者は依然として全体の4割に届いていません。研修や学習コンテンツを充実させるだけでなく、限界認知経験の設計、目標の可視化、再挑戦を歓迎する評価、変化への見返りの明確化、そして停滞しやすい層への意図的な働きかけという5つの視点から、組織としてアンラーニングを後押しする仕組みを整えることが、人材の学び直しを実質的に前進させる鍵になります。
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Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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