「制度」は増えているのに、なぜ「ゆるい」と感じるのか
厚生労働省が2025年6月27日に公表した令和6年度「能力開発基本調査」によると、正社員に対して計画的なOJT(職場内訓練)を実施した事業所は61.1%で、前回調査より0.5ポイント上昇しました。正社員以外への実施率も27.1%と、前回から3.9ポイント伸びています。数字だけを見れば、企業の人材育成への取り組みは後退していません。
一方で、同じ調査では「能力開発や人材育成に関して何らかの問題がある」と回答した事業所が79.9%にのぼりました。約8割の事業所が、育成の制度を持ちながらも、何らかの課題を感じているという実感を示しています。
この感覚は、若手社員側の調査にも表れています。学校法人産業能率大学 総合研究所が2026年7月17日に発表した「2026年度新入社員の会社生活意識調査 働く価値観編」(2026年4月3日~9日実施、有効回答500人)では、「働く環境として最も魅力的だと思うもの」を尋ねたところ、「仕事はそこそこ楽で、成長の機会も少しはある環境」と回答した新入社員が47.0%で最多となりました。「仕事はかなり楽だが、成長の機会は限られている環境」(17.4%)を合わせると、負荷が比較的軽い環境を魅力的とする回答は64.4%にのぼります。「仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境」(28.2%)をはじめとする、負荷が高くても成長機会・成長実感を重視する回答(合計35.6%)を、大きく上回る結果です。
若手自身は「そこそこ楽で少し成長できる」環境を最も魅力的だと感じている一方、企業の多くは育成に課題を感じている。この一見かみ合わないようにみえる状況を読み解く手がかりになるのが、リクルートワークス研究所が提唱する「ゆるい職場」という概念です。
「ゆるい職場」が生まれた背景と、育成機会のギャップ
リクルートワークス研究所の古屋星斗氏は、働き方改革によって長時間労働や理不尽な指導が是正された結果として現れた新しい職場のあり方を「ゆるい職場」と呼んでいます。「若者の期待や能力に対して、著しく仕事の質的な負荷や成長機会が乏しい職場」という定義であり、働き方改革そのものは若手にとって歓迎すべき変化だと位置づけたうえで、育成面での副作用に注意を促している点が特徴です。
同研究所が実施する全国就業実態パネル調査では、大手企業(従業員1000人以上)の新卒入社1~3年目・正社員を対象に、2015年度と2021年度の育成状況を比較しています。それによると、「一定の教育プログラムをもとに、上司や先輩等から指導を受けた」という計画的なOJTの割合は40.9%から30.3%へと、10ポイント以上低下しました。また、Off-JT(集合研修などの職場外訓練)の機会が「なかった」「あったが受けなかった」を合わせた割合は39.7%から46.5%に増加し、年間の平均Off-JT時間も21.5時間から13.4時間へと38%減少しています。同じ調査対象の中で、現在の職場を「ゆるい」と感じている新入社員は36.4%にのぼりました。
ただし、厚生労働省の事業所調査(61.1%)とこの数字を単純に比べることはできません。対象企業の規模や調査年、回答者が企業側か従業員側かという違いがあるためです。それでも、「制度としての実施率」と「受け手の実感」という異なる切り口を並べると、育成の量や質を巡る認識には無視できないずれがあることが見えてきます。管理職の多くが自らもプレイングマネジャーとして忙しく、育成に十分な時間を割きにくいことも、背景として指摘されています。
働き方改革によって労働環境の改善は進んだものの、その先に必要な「若者の育て方」の再設計は、まだ着手できていない――古屋氏はこう指摘しています。
若手が「ゆるさ」と「成長」を同時に求める理由
ここで注意したいのは、「今の若手は成長を望んでいない」という解釈は正確ではないという点です。産業能率大学の同調査では、働くうえで重要なことを尋ねた設問で、「仕事と私生活のバランスがとれること」(36.0%)に次いで「長期間、安心して働けること」(31.4%)、「仕事内容に見合う報酬が得られること」(28.2%)が上位に入っており、私生活との両立や納得感への関心の高さがうかがえます。若手は成長そのものを拒んでいるのではなく、「強い負荷を伴う成長」より「無理なく得られる成長」を求めていると考えるほうが実態に近いといえます。
古屋氏の分析でも、若手の成長実感には「仕事の質的な負荷は高いほどよく、叱責やプレッシャーを伴う関係負荷は低いほどよい」という傾向があるとされています。しかし現状の多くの職場は、「質的負荷を高めようとすると、関係負荷も一緒に高まってしまう」という構造から抜け出せていません。育成上の課題は「厳しく鍛えるか、甘やかすか」の二択ではなく、「厳しくせずに、いかに手応えのある仕事を任せるか」という設計の問題として捉え直す必要があります。
成長実感を届ける三つの設計
設計1:「質的負荷」を「関係負荷」なく任せる
叱責や詰めるような指導をせずに、手応えのある仕事を任せる設計です。上司個人の指導スタイルに委ねるのではなく、仕事の任せ方の基準として言語化しておくことがポイントになります。
実施チェック
- 難易度の高いタスクを渡す際、目的と期待水準を先に言葉にして共有しているか
- 結果への評価と、人格や態度への評価を混同する伝え方をしていないか
- 「一人で抱え込ませない」ためのフォロー役を、上司任せにせず組織として決めているか
設計2:計画的なOJTを「個人の頑張り」から「組織の仕組み」に変える
厚生労働省調査の61.1%という数字は、「制度がある」ことを示すにすぎません。特定の上司の力量に依存しない仕組みへと落とし込む必要があります。
実施チェック
- OJT担当者(トレーナー)向けに、教え方そのものを学ぶ研修機会を用意しているか
- 指導内容や進捗を、上司個人のメモではなく、チームで共有できる育成計画表などの形式に残しているか
- 管理職自身の業務量を点検し、育成に充てる時間を構造的に確保できているか
設計3:若手が動き出すための「小さな機会」をつくる
「やりたいことを自分で見つけて手を挙げてほしい」と本人の自主性だけに委ねると、目標が明確な一部の若手しか動けません。最初の一歩を後押しする小さなきっかけを、組織の側から用意することが有効です。
実施チェック
- 公募制度や勉強会など、社内の機会に関する情報を若手が見つけやすい形で発信しているか
- 「先輩に誘われたから」「研修の一環だから」といった、他律的な参加のきっかけも前向きに受け止めているか
- 定期的な1on1などで、社外・私生活での経験も含めて話す機会を設け、育成の材料にできているか
おわりに
「ゆるい職場」は、若手だけの問題でも、上司だけの問題でもありません。働き方改革によって労働環境が改善したこと自体は、間違いなく前進です。次に必要なのは、その環境の中でどう育てるかという「育て方」の再設計です。制度の有無を確認するだけでなく、若手が実際にどれだけの質的負荷を、どれだけの心理的な安心感とともに受け取れているかを点検することが、これからの人材育成の出発点になります。
若手育成の仕組みづくりでお悩みの際は、お気軽にご相談ください。
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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