パート従業員の6割が「年収の壁」を意識して働く時間を抑えている
野村総合研究所が2025年11月に実施した調査によると、配偶者があり、パート・アルバイトとして働く女性のうち約6割が、2025年からの「年収の壁」引き上げ後も、依然として就業調整(働く時間や収入を意図的に抑える行動)を続けていることが分かりました。制度が変わっても、「壁を超えたら手取りが減るかもしれない」という不安が、多くの現場で解消されていないのが実情です。
この「壁」の実態は、2026年10月に大きく変わります。2025年6月13日に成立した年金制度改正法により、厚生年金・健康保険への加入要件のひとつである「月額賃金8.8万円(年収106万円相当)」という賃金要件が撤廃されるためです。人事・労務の担当者にとっては、シフト設計、保険料負担、従業員への説明という三つの実務を同時に見直す必要が生じます。
「配偶者のいるパート女性の約6割が、2025年からの制度改正後も就業調整を実施」(野村総合研究所、2025年12月9日発表)
「106万円の壁」撤廃で何が変わるのか
現在、パート・アルバイトなど短時間労働者が厚生年金・健康保険(被用者保険)に加入するには、次の4つの要件をすべて満たす必要があります。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 賃金が月額8.8万円以上(年収換算でおよそ106万円)であること
- 学生ではないこと
- 勤務先の従業員数が51人以上であること
2026年10月には、このうち「賃金要件(月額8.8万円)」が撤廃されます。さらに2027年10月には「企業規模要件(51人以上)」も撤廃される予定で、最終的には「週20時間以上働き、学生でない」という2つの要件を満たせば、年収にかかわらず加入対象となる仕組みへ移行する予定です(厚生労働省が所管する年金制度改正法に基づく)。
これは、「年収を抑えれば加入を避けられる」という従業員側の選択肢が失われることを意味します。企業には、従業員の意識に委ねてきた「年収の壁」への対応から、「週20時間」という労働時間そのものを管理する実務へと、焦点を移すことが求められます。
企業が今のうちに準備すべき5つの実践ステップ
ステップ1:自社のパート・アルバイト人材の労働時間と年収分布を可視化する
まずは自社に対象者がどれだけいるかを把握することが出発点です。「106万円の壁」を意識して労働時間を調整している従業員や、週20時間前後で働く従業員を洗い出し、2026年10月以降に新たに加入対象となる人数を試算します。
- 実施チェック:週の所定労働時間が20時間前後の従業員を洗い出したか
- 実施チェック:現在は年収要件により加入対象外となっている従業員数を把握したか
- 実施チェック:部署・店舗ごとに対象者数の偏りがないか確認したか
ステップ2:保険料負担と人件費への影響を試算する
加入対象者が増えれば、企業が負担する社会保険料(労使折半分)も増加します。対象者数と平均賃金をもとに年間の追加負担額を試算し、早い段階で経営層と共有しておくことが重要です。厚生労働省は、年収156万円未満の対象者に限り、本来は従業員が負担する保険料の一部を企業の判断で肩代わりできる時限的な仕組みを2026年4月から設ける方針であり、自社が活用できるかもあわせて確認します。
- 実施チェック:対象者増加による年間の追加負担額を試算したか
- 実施チェック:経営層への説明資料を準備したか
- 実施チェック:保険料の肩代わり措置を利用できるかを確認したか
ステップ3:「年収の壁」から「20時間の壁」へシフト設計の前提を切り替える
賃金要件が撤廃されると、労働時間そのものが加入・非加入の分かれ目になります。週19時間台に抑えたシフトを組んでいる場合、意図せず要件を割り込んでしまう、あるいは人手が慢性的に不足するといった事態にもつながりかねません。加入を前提としたシフトと非加入を前提としたシフトの両方のパターンを用意し、店舗・部署単位で運用ルールを設計し直します。
- 実施チェック:週20時間を基準にシフトパターンを設計し直したか
- 実施チェック:現場の管理職・シフト作成担当者に新しい基準を共有したか
- 実施チェック:意図しない要件超過や未達が起きない運用フローになっているか確認したか
ステップ4:従業員への説明とコミュニケーションを丁寧に設計する
「保険料が引かれて手取りが減る」という誤解や不安は、そのまま離職やシフト削減の申し出につながりかねません。加入によって将来の年金受給額が増えることや、傷病手当金・出産手当金といった保障が手厚くなることもあわせて、個別面談や説明会で丁寧に伝えることが定着の鍵になります。
- 実施チェック:制度変更の説明資料を、加入のメリットも含めて用意したか
- 実施チェック:従業員ごとの手取りの変化を試算し、説明できる状態にしたか
- 実施チェック:管理職が現場で質問に答えられるよう、事前に研修や情報共有を行ったか
ステップ5:中長期の人材定着策として位置づける
今回の制度改正は、事務対応にとどめず、パート・アルバイト人材の処遇改善や定着策として捉え直す機会でもあります。加入をきっかけに正社員登用制度やキャリアパスをあわせて説明することで、短時間労働者の意欲と定着率を高める設計につなげられます。
- 実施チェック:加入対象者向けの登用制度やキャリアパスの有無を確認したか
- 実施チェック:制度改正への対応を人材定着の年間計画に組み込んだか
- 実施チェック:対応状況を定期的に振り返る仕組みを設けたか
おわりに
「106万円の壁」の撤廃は2026年10月に迫っています。企業規模要件の撤廃も2027年10月に控えており、今後複数年にわたって短時間労働者への社会保険の適用範囲は段階的に広がっていきます。対応を後回しにせず、シフト設計・保険料試算・従業員への説明を今のうちから準備しておくことが、混乱のない移行と人材の定着につながります。
パート・アルバイト人材の定着や、管理職・現場リーダーの説明力強化にお悩みの際は、貴社の状況に合わせた研修設計をご提案いたします。お気軽にお問い合わせください。
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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