「人手が足りないなら、経験のあるシニア世代に長く働いてもらえばいい」。多くの企業がこの発想で、定年後の再雇用や70歳までの就業機会確保に取り組んできました。60歳以上の雇用者数はこの10年で大きく増え、今や現場を支える存在になっています。その一方で、見過ごされやすい課題があります。それは、高年齢の労働者ほど労働災害に遭う確率が高いという事実です。
厚生労働省「高年齢労働者の労働災害発生状況」(令和5年度)によると、休業4日以上の労働災害による死傷者のうち、60歳以上が占める割合は29.3%に達しています。雇用者全体に占める60歳以上の割合が18.7%であることを踏まえると、高年齢労働者は人数の比率以上に労災に遭いやすい状況にあります。こうした状況を受け、2026年4月1日、改正労働安全衛生法に基づく新しい指針が適用されました。高年齢労働者の安全確保は、任意の取り組みから、すべての事業者に求められる努力義務へと変わっています。
「高年齢者の労働災害防止のための指針」とは
2026年2月10日、厚生労働省は「高年齢者の労働災害防止のための指針」(通称エイジフレンドリー指針)を公示しました。これは、2020年に策定された「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」を廃止し、改正労働安全衛生法第62条の2第2項に基づく法定の指針として位置づけ直したものです。行政指導の通達にとどまっていた従来のガイドラインに比べ、法律上の根拠を持つ指針になった点が大きな変化です。
対象となるのは、高年齢者をすでに雇用している事業者に加え、今後雇用する予定のある事業者です。業種や企業規模は問われません。法律上、明確な年齢基準は定められていませんが、実務上は55歳以上の労働者を対象とし、60歳以上についてはより丁寧な対応が求められるとされています。
なぜ今、対応が必要なのか
背景には、加齢に伴う身体機能の変化があります。視力や筋力、バランス感覚、認知機能は年齢とともに低下しやすく、転倒や墜落・転落、熱中症、腰痛といった労働災害のリスクを高めます。厚生労働省が2025年5月に公表した令和6年の労働災害発生状況(確定値)でも、60歳代以上の死傷年千人率は4.00と、高い水準で推移しています。
努力義務であるため、対応を怠ったこと自体に直接の罰則が科されるわけではありません。しかし、実際に労働災害が発生した場合、指針の内容は「事業者として当然に講じておくべき対策」の判断材料として参照される可能性があります。対応の遅れは、安全配慮義務違反を問われる民事上のリスクにもつながります。
高年齢労働者の安全を守る5つの実践ステップ
指針は、事業者に求める取り組みを大きく5つの柱で整理しています。ここでは、人事担当者が自社で着手する際の実践ステップとして解説します。
- ステップ1:安全衛生管理体制を確立する
- ステップ2:職場環境を高年齢者の特性に合わせて改善する
- ステップ3:健康と体力の状況を把握する
- ステップ4:状況に応じた就業上の対応を行う
- ステップ5:管理職と本人の双方に安全衛生教育を行う
ステップ1:安全衛生管理体制を確立する
経営トップが高年齢労働者の労働災害防止に取り組む方針を明確に示し、担当者や担当部署を指定します。安全衛生委員会などの場を活用し、労働者の意見も聞きながら、過去の災害事例やヒヤリハットをもとに、自社特有の危険源を洗い出します。
実施チェック:経営トップの方針表明と、対策を担当する部署・担当者が明確になっているかを確認します。
ステップ2:職場環境を高年齢者の特性に合わせて改善する
洗い出したリスクをもとに、設備や作業環境を見直します。通路の照度確保や段差の解消、手すりの設置、防滑素材の使用、暑熱対策、体への負担を減らす補助機器の導入が代表的な対策です。あわせて、作業スピードや作業姿勢、勤務時間の見直しなど、ソフト面の作業管理も検討します。
実施チェック:転倒や墜落・転落、熱中症につながりやすい箇所を洗い出し、優先順位をつけて改善計画に落とし込んでいるかを確認します。
ステップ3:健康と体力の状況を把握する
法定の健康診断を確実に実施するとともに、結果を本人が正しく理解できるよう丁寧に説明します。あわせて体力チェックを継続的に行い、事業者と本人の双方が身体機能を客観的に把握できるようにします。健康や体力に関する情報は、本人の同意取得や不利益取り扱いの防止に配慮しながら、適切に管理します。
実施チェック:健康診断結果の説明や体力チェックの機会が、高年齢労働者に対して継続的に設けられているかを確認します。
ステップ4:状況に応じた就業上の対応を行う
把握した健康や体力の状況に応じて、労働時間の短縮や深夜業の見直し、作業内容の変更といった就業上の措置を検討します。実施にあたっては、産業医の意見を踏まえながら、本人と十分に話し合うことが欠かせません。必要に応じて、ワークシェアリングなど柔軟な働き方も選択肢に加えます。
実施チェック:就業上の措置を検討する際に、産業医の意見聴取と本人との合意形成の手順が組み込まれているかを確認します。
ステップ5:管理職と本人の双方に安全衛生教育を行う
高年齢労働者本人には、作業内容とリスクを時間をかけて理解してもらうため、文字だけでなく写真や映像も活用した教育を行います。再雇用などで未経験の業務に就く場合は、特に丁寧な教育訓練が必要です。あわせて、管理職や周囲の労働者にも、高年齢労働者に特有のリスクと配慮すべき点を教育します。
実施チェック:管理職向け研修に、高年齢労働者の特性理解とリスク対応の内容が組み込まれているかを確認します。
まとめ
70歳までの就業機会確保が現実的な選択肢になった今、シニア人材の経験を戦力として活かす動きは、今後も広がっていくと見られます。その前提として欠かせないのが、安全に長く働き続けられる職場づくりです。2026年4月に適用が始まった指針は、企業に新たな対応を迫るものであると同時に、これまでのシニア活用戦略を安全という視点から見直す機会でもあります。まずは自社の職場に、高年齢労働者にとっての危険源がどこにあるかを点検するところから始めてみてはいかがでしょうか。
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出典:厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日公示、令和8年4月1日適用)/厚生労働省「高年齢労働者の安全衛生対策について」/厚生労働省「高年齢労働者の労働災害発生状況」(令和5年度)/厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況を公表」(令和7年5月30日)
Editor’s Note
本記事は WONDERFUL GROWTH 編集部が、現場の人事・経営者の方々への取材と 自社支援データを元に作成しています。
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