カイシャの育成論
──現在、貴社で取り組まれている人材育成の制度について、改めて詳しくお聞かせください。
原様:
当社の育成の柱となっているのは、20年近く続けてきた「社内検定制度」です。
特に溶接、板金、組立といった技能の承継には力を入れています。
当社の扱う製品は、一般的な街中で見かける一般ステンレス鋼に留まらず、特殊な合金を使用したり、1mm以下の非常に薄い板を溶接したりする、極めて特殊な技術が求められます。
──一般的な溶接技術だけでは、貴社の製品は作れないということでしょうか。
原様:
日本溶接協会などの公的な技能検定もありますが、それを通っているだけでは当社の要求水準には達しません。
そのため、1級から3級までの社内独自の溶接検定を設け、合格した級に応じた仕事を担当できる仕組みを構築しました。
これにより、お客様に対して「特定の技能を持った人間が従事している」という品質保証を明確に示せるようになっています。

──20年続く制度とのことですが、2015年に大きな転換点があったと伺いました。
原様:
本制度は2015年頃に本格的な制度としてアップデートしました。
背景には、家庭用燃料電池(エネファーム)やリチウムイオン電池関連など、非常に割れやすく難易度の高い特殊素材の溶接案件が急増したことがあります。
それまでは「感覚」で確認していた技能を、学科試験や明確な合格基準を設けた「形式知」へと変えていきました。
現在では、全社員の約半数にあたる110名以上が何らかの技能検定を保持しています。
──110名も! その規模で検定が浸透しているのは素晴らしいですね。
効果はどのように現れていますか。
原様:
まず、ジョブローテーションや応援体制がスムーズになりました。
誰がどの技能を持っているかが明確なので、忙しい部門に有資格者が応援に行くことができます。
また、最も大きな成果は、社員の自発的な学習意欲が高まったことです。
検定の受検には一切の制限を設けていません。
驚くべき事例として、40歳を過ぎてからパートタイムで入社した女性が技能保有者の指導のもと練習を重ねて溶接検定2級を取得し、50歳で正社員になったケースもあります。
年齢や性別、国籍に関係なく「やりたい」と思う人全員にチャンスがある。
この公平性が、キャリアアップと所得向上(能力給)に直結し、定着率の高さにも繋がっています。

──新入社員向けの研修についても、現場主導で面白い取り組みをされているそうですね。
原様:
各部門のリーダーたちが自発的に作成した10項目以上のカリキュラムがあります。
「自部署はどんな仕事をしているか」「システムの使い方は」といった基礎から、品質保証部の実験装置の説明まで、自分たちで講師を務めます。
これにより、配属された部署のことしか分からないという状況を防ぎ、他部署の動きを理解した上で連携できる「現場に強い新人」が育っています。
また、ISOや環境活動(ゴミの分別など)の重要性についても、自発的に教え合う文化が根付いています。

会社の理念や考え方
──貴社の経営理念である「感謝創造」について、そこに込められた想いを教えてください。
原様:
先代から受け継いだ言葉ですが、私はこれを「従業員が幸せになるためのベース」だと解釈しています。
感謝というのは、お客様から感謝されるような質の高い仕事ができているか、そして自分たちも感謝の気持ちを持てているか、という双方向のものです。
私自身、前職はコンサルティング業界にいましたが、そこでは自分自身が商品であり、お客様の評価がダイレクトに返ってきました。
製造業、特にOEM(相手先ブランドによる生産)中心の当社のような形態では、完成品が機械の中に隠れてしまい、自分たちの仕事の価値が見えにくいという課題があります。
だからこそ、技術を通じて社会に役立っている実感を社員に持ってもらいたいのです。

──原様が特に大切にされている「影響力」という言葉についても詳しく伺えますか。
原様:
「ライフブック」の中でも重点的に触れていますが、全ての人間は周囲に影響を与え、また影響を受けて生きています。
例えば、朝の挨拶一つで相手を元気にすることもあれば、何も動かないという不作為が負の影響を与えることもあります。
自分の価値観さえも、育ってきた家庭の味や過去の成功・失敗体験という「過去の影響力」の結果です。
これを理解すれば、「誰かのために何ができるか」という視点が生まれます。
組織として同じ方向にエネルギーを向けるためには、この「影響力」という概念を共通言語にすることが不可欠だと考えています。

会社の歴史・転換点
──現在のフラットな組織に移行するまでには、相当なご苦労があったのではないでしょうか。
原様:
私が社長に就任してから2年目くらいが、最も苦しい時期でした。
それまでは非常に強力な「トップダウン経営」の会社でした。
私は、現場のことは現場が一番よく知っているという考えから、権限委譲を進め、フラットな組織にしたいと考えていました。
しかし、旧体制で既得権益や権限を持っていた層からの反発も少なからずありました。

──その歴史があったからこそ、60周年の節目に「ライフブック」が生まれたのですね。
原様:
言葉の解釈が人によってバラバラにならないよう、経営のミッション、ビジョン、そして「働く上での12の心の持ち方」を明文化しました。
これを義務にするのではなく、風土にしたいと考え、46人のリーダーを2グループに分け、1年かけてワークショップを行いました。
「物と心の幸せ、どっちが先ですか?」といった本質的な質問が現場から飛び出し、経営層と徹底的に議論しました。
このプロセスを経たことで、部門間の連携が圧倒的に増え、今まででは考えられなかったような、社員同士が通路で立ち話をして情報交換をする光景が日常茶逸のものとなったのです。

活躍する社員について
──貴社で「活躍している」と評価される社員には、どのような共通点がありますか。
原様:
一言で言えば「自分に自信を持ち、周囲への関心が高い人」です。
検定制度を通じて磨いた技能を背景に、自分の仕事に誇りを持っている。
そして、自分のラインだけを守るのではなく、他部署の動きにも顔を出し、良い影響を与えようとする姿勢がある人です。
採用においても、現在はスキル以上に「価値観の合致」を重視しています。
会社説明会では当社の課題も隠さず話し、「こういう会社に変えたい」というビジョンに共感してくれる人を募っています。
その結果、中途採用の定着率は飛躍的に向上し、入社早期から活躍する社員が増えています。

──女性の活躍についても、具体的な展望をお持ちですね。
原様:
はい。
製造業、特に溶接の世界はまだ女性比率が低いのが現状ですが、当社には非常にポテンシャルの高い女性社員が多くいます。
現在は課長職が最高ですが、今後は上級管理職への登用を積極的に進めていきたい。
そのために、キャリア形成のプラン整備や、男性中心のチームをまとめるためのリーダーシップ研修など、彼女たちが自信を持って振る舞える環境づくりに注力しています。
先ほど申し上げた「50歳で正社員になった女性」のような事例を、もっと増やしていきたいですね。
会社の事業について
──改めて、貴社の現在の事業展開と、他社に負けない強みを教えてください。
原様:
当社のコア・コンピタンスは「薄板ステンレスの精密溶接技術」です。
燃料電池(エネファーム)の内部パーツなど、目に見えないところで社会を支えるOEM事業が中心ですが、近年は自社商品の開発にも力を入れています。
その理由は、自分たちが作ったものを家族や友人に見せて、「これが当社の技術だ」と誇れるようにしたいからです。
──自社商品には、どのようなものがあるのでしょうか。
原様:
例えば、世界で当社しか作っていない「ホットビールサーバー」があります。
ビールを温めると炭酸が抜けたりアルコールが飛んだりしがちですが、当社の技術なら生ビールの風味を活かしたまま提供できます。
他にも、出汁と味噌を直前に合わせる「だしサーバー」や、飲食店向けの「ラーメンサーバー」などがあります。
これらは全て、プロダクトアウト(作れるから作る)ではなく、マーケットイン(世の中にないニーズを技術で解決する)の思想で開発しています。
こうした挑戦的な製品開発が、若手社員の刺激にもなっています。

〜ホットビール専門店 Instagramアカウント〜
https://www.instagram.com/hotbeer_seiwa/
未来への取り組み・今後の展望
──これからの精和工業所が目指す未来像についてお聞かせください。
原様:
一番の目標は「地域の人々に認められ、誇られる会社になること」です。
中小製造業は、同じ街に住んでいても「中で何をしているか分からない」と思われがちです。
それを解消するため、伊丹の街を歩いて工場を回る地域一体型オープンファクトリー「あるこ~ば」という活動を民間中心でスタートさせました。
社員の奥様が公園でママ友と話している時に、「旦那さんの会社、あそこだよね。
良い会社だね」と言われるような状況を作りたい。
身近な人に認められることが、働く人間にとって一番の幸せだと思うからです。
