カイシャの育成論──最初に、現在人材育成についてどのようなお取り組みをされているのかを教えてください。佐々木様:現在、育成面で最も力を入れているのは「多能工化」です。製造業である以上、当然ながら技術の腕がないと始まりません。しかし、「私はこの機械しか使えません」という状態ではなく、ある程度の慣れが出てきた段階で、他の機械や工程、仕事もできるように幅を広げていく取り組みをずっと続けています。──一つの技術を極めるのではなく、あえて多能工化を進められている背景には、どのような理由があるのでしょうか。佐々木様:現在も継続している「年間350日稼働」という体制を維持するため、というのが大きな理由の一つです。当時は土日も含めたシフト制で、日中は3人程度が交代で出勤するという形をとっていました。その際、例えば「今週は私が当番だけれど、自分はこの仕事しかできません」となってしまうと、仕事はあるのに進められないという事態に陥ってしまいます。もちろん、最初は一つの機械からスタートしますが、仕事が止まってしまうリスクを回避し、組織として柔軟に対応するためには、一人ひとりが対応できる領域を広げていく必要があったのです。──組織の対応力を高めるための多能工化なのですね。では、具体的にどのようにしてその技術を習得させているのでしょうか。佐々木様:基本的にはOJT、つまり日々の仕事の中で覚えていってもらいます。最初は先輩が横につき、教わりながら進めていきますが、当社の場合、いわゆる「ライン作業」のように手順書が完璧に決まっていて、その通りに作れば良いという仕事は存在しません。私たちの仕事は、お客様から「これを作ってください」と図面や3Dデータを渡されるところから始まります。完成図と材料は提示されますが、作り方は一切決まっていない。私はよくこれを「説明書のないプラモデルを作るようなもの」だと例えています。──説明書のないプラモデルですか。それは非常に高度なスキルが求められそうですね。佐々木様:作り方が決まっていないので、誰かが正解を教えてくれるわけではありません。「この道具を使おう」「こういう加工順序でやろう」という判断は、現場の個人やチームに委ねられています。だからこそ、当社にはパートタイマーがおらず、全員が正社員です。パートタイムで簡単に切り出せるような定型業務がないのです。毎日違うモノを、違う方法で作る。時間がかかっても、その日々変化する業務自体が教育訓練になっていると考えています。──毎日が新しい挑戦の連続ということですね。そうした環境下で、社員の方々のモチベーションをどのように維持・向上させているのでしょうか。佐々木様:製造業の難しさとして、基本的には工場の中にいるため、外部の人から評価される機会が非常に少ないという点が挙げられます。上司や先輩から「よくやった」と褒められることはあっても、第三者から客観的に認められる機会はほとんどありません。そこで当社では、20年ほど前から「技能検定」の取得を積極的に推奨しています。これは決して義務ではありませんが、従事している業務に関連する資格に挑戦することで、自分の実力を客観的に証明できます。例えば2級に合格すれば県知事から、1級になれば厚生労働大臣から表彰を受けることができます。──会社の中だけでなく、社会的な評価を得られる場を用意されているのですね。佐々木様:技能検定には実技だけでなく学科試験もありますから、普段の仕事だけでは習得できない知識を勉強する必要があります。私自身も入社して数年の頃に挑戦したのですが、合格した時は「やってきたことは無駄じゃなかった」と自信になりましたし、知識が現場で役立つことも実感しました。合格者には一時金としてお祝いを出していますが、毎月の手当や給与に反映させているわけではありません。金銭的なメリットというよりも、「自分はここまで認められた」という自信や、一発勝負の試験を乗り越えたという経験そのものが、社員の大きな財産になると考えています。会社の理念や考え方──御社の大切にしている理念について教えてください。佐々木様:当社の理念には「顧客満足と自己満足を実現する」という言葉があります。多くの企業で「顧客満足」は掲げられていますが、「自己満足」を並列に置いている会社は少ないかもしれません。──「自己満足」を理念に入れるというのは非常にユニークですね。どのような想いが込められているのでしょうか。佐々木様:顧客満足はもちろん重要です。しかし、お客様を満足させるために自分を犠牲にしていては、長続きしませんし、働く意味も見出せなくなってしまいます。「お客様の満足が、結果として自分の満足にもつながる」。この両立がなければ意味がないと考えています。会社とは結局「人」です。技術の追求も大切ですが、それ以上に「いかに人を育てるか」が最も重要だと思っています。かつて松下幸之助さんが「松下電器は人を作る会社です」とおっしゃったそうですが、まさにその通りだなと。──「人を作る」という考え方は、実際の制度や取り組みにどのように反映されていますか。佐々木様:仕事に直接関係ないことであっても、学びの機会を提供するようにしています。例えば昨年、NISA(少額投資非課税制度)の制度が新しくなったタイミングで、外部講師を招いて全社員向けの勉強会を開催しました。当社の社員は平均年齢が37〜38歳と比較的若く、現場には20代も多くいます。彼らが定年を迎える頃になって「もっと早く知っておけばよかった」と後悔するのは寂しいですよね。投資をするかしないかは個人の自由ですが、選択肢として「知る機会」を会社が提供することは、社員の人生にとってプラスになると考えています。これもまた、社員自身の「自己満足」や幸福度を高めるための一環です。会社の歴史・転換点──現在のような多能工化や高付加価値な試作開発に特化されるまでには、どのような変遷があったのでしょうか。佐々木様:当社は創業して56〜57年になりますが、最初の20年ほどはいわゆる量産品の下請けを行っていました。プレス加工や組み立てが中心で、当時は社員が10名、パートの方が5名といった体制でした。大きな転換点となったのは、約25年前です。量産や組み立てから撤退し、試作開発へと一気に業態を転換しました。それに伴い、社員数も20名から40名へと倍増させ、稼働時間を最大化するためにシフト制を導入するなど、大きな改革を行いました。──量産から試作への転換は大きな決断だったと思います。その後、経営上の危機などはありましたか。佐々木様:最も大変だったのは、やはり2008年のリーマンショックです。仕事が半分以下に減ってしまい、当時は雇用調整助成金を活用して休業日を増やさざるを得ませんでした。普段は20人いる現場に4人しかいない日もあり、仕事がないので委員会活動やお祭への参加などでなんとか凌いだ時期が2年半ほど続きました。その経験があったからこそ、2020年のコロナ禍では対応を変えました。私が社長に就任した後の出来事でしたが、コロナ禍でも仕事は3〜4割減りました。しかし、当社は「休業」を一人もしなかったのです。──リーマンショックの時とは異なり、あえて休業させなかったのですね。その理由は何でしょうか。佐々木様:リーマンショックの際、休業期間が長引いたことで、仕事が戻ってきた時の「立ち上がり」に苦労した反省がありました。休みモードから仕事モードへ切り替えるのは容易ではありません。コロナ禍では先が見えない不安はありましたが、仕事がなくても掃除や環境整備などできることをやってもらい、全員が出社を続けました。その結果、仕事が回復した際のスタートダッシュがスムーズに行えましたし、社員の不安軽減にもつながったと感じています。活躍する社員について──御社で活躍されている社員の方には、どのような共通点がありますか。佐々木様:自分で考え、発信できる人ですね。会社から言われたことをやるだけでなく、「会社を自分事」として捉えられる人が強いです。「自分は自分、会社は会社」と線を引くのではなく、自分も会社を構成する一員であるという意識を持ってほしいと常々伝えています。──具体的なエピソードがあれば教えてください。佐々木様:最近感心したのは、Instagramの運用を担当してくれている20代半ばの女性社員のことです。彼女は製造現場の担当で広報の専門家ではありませんが、手を挙げて担当してくれました。ある時、管理職の男性が撮影した工場の写真を載せようとしたら、彼女が「こんな暗い写真はダメです」とはっきり意見してくれたんです(笑)。私たちおじさんの感覚では良いと思ったものでも、若い感性では通用しない。彼女はただ作業をこなすのではなく、「会社の雰囲気をどう伝えるか」を真剣に考え、企画や見せ方を提案してくれます。普段はものづくりの仕事をしながら、こうして会社のブランディングにも主体的に関わってくれる姿勢は素晴らしいですね。──主体性が育つ環境があるのですね。定着率についてはいかがでしょうか。佐々木様:実はここ10年、新卒で入社した社員は一人も辞めていないんです。中途採用を含めても離職者はほとんどいません。「なぜそんなに定着率が良いのか」とよく聞かれますが、私自身も不思議なくらいで(笑)。ある方からは「社員一人ひとりに光が当たる出番があるからではないか」と言われたことがあります。確かに、大人しい社員が多いですが、誰であっても意見を言える環境ですし、会社も社員を単なる「戦力の一つ」として見ているわけではありません。採用の段階でも、ミスマッチを防ぐために「同じことを続けるのが好きな人は向かない」とはっきり伝えています。毎日違うことをやるのがストレスになる人には厳しい環境ですが、自分で考えて工夫するのが好きな人には、飽きない最高の職場なのだと思います。会社の事業について──改めて、御社の事業の特性について教えてください。佐々木様:現在は自動車関係の試作開発が圧倒的に多いです。かつては家電や携帯電話、スマートフォンなどの試作を手掛けていました。特にスマホの時代は、試作といっても数万個単位で作ることもあり、スピードと量が求められました。現在は、デジタルシミュレーションの進化により、形状確認だけの試作は減っています。しかし、電気自動車(EV)関連など、実際に電気を通したり、特定の素材で耐久性をテストしたりする必要がある分野では、やはり「実物」を作らなければ分かりません。3Dプリンターでは再現できない、本物の素材を使った高精度な試作へのニーズは依然として高いです。──時代の変化に合わせて、作るものも求められる技術も変化しているのですね。佐々木様:そうですね。お客様が求めるものが変われば、我々の技術も変わらざるを得ません。だからこそ、特定の機械しか使えない単能工ではなく、変化に対応できる多能工であること、そして「説明書のないプラモデル」を完成させられる応用力が重要になってくるのです。未来への取り組み・今後の展望──最後に、今後の展望や新たに挑戦したいことについてお聞かせください。佐々木様:製造業、特に金属加工一本でやっていくことへのリスクは常に感じています。細かい作業は年齢とともに目の負担も大きくなりますし、70歳まで安心して働ける職場環境を作る必要があります。そこで現在模索しているのが、異業種への参入です。例えば「食」や「農業」の分野です。ここ、長野県下伊那郡は内陸ですが、陸上養殖などの技術も進化しています。DXを活用して重労働を減らせば、高齢になった社員でも働ける場所を作れるかもしれません。本業が不況の時の受け皿にもなりますし、地域資源を活用した新たな柱を作りたいと考えています。──地域という視点では、リニア中央新幹線の開通も控えていますね。佐々木様:まさに今、目の前でリニアの工事が進んでいます。駅まで車で10分という立地になりますから、開通すれば東京まで45分程度、世界が一変するでしょう。これまで大企業が少なかったこの地域ですが、リニア開通によって人の流れも経済も劇的に変わるはずです。その時、ただの通過点になるのではなく、この地域や当社が選ばれる存在であり続けるために、今から10年後の姿を見据えて準備を進めていきたいですね。「自己満足」を大切にし、社員が自律的に働ける環境を守りながら、変化を恐れずに新しいことへ挑戦していく。それがクロダ精機の在り方です。