カイシャの育成論──最初に、現在人材育成についてどのようなお取り組みをされているのか教えてください。高橋様:当社では今年度、新卒採用で高卒6名、専門卒1名の計7名を採用しました。建設業界では長年、現場で親方にくっついて「見て覚える」育成が主流でした。しかし、経験を積むことでしか身につかない技術が多い一方で、教育の質が属人化しやすく、若手が不安を抱えやすいという課題がありました。そこで当社では、育成を感覚や経験則に任せるのではなく、系統化・体系化された仕組みとして再設計し、「さくらクラフトマンアカデミア」という新たな教育制度をスタートさせました。入社後はすぐに現場に出すのではなく、まずは少人数の班に分かれ、工場でしっかりと座学と実技の研修を行っています。社会に出てからの研修というよりは、学校で専門的な研修をしているようなイメージです。──「さくらクラフトマンアカデミア」とは、具体的にどのような内容なのでしょうか。高橋様:大きな特徴は、学部・学科・コース・レベルという形で教育内容を整理している点です。1年目の「入門」から始まり、「見習い」「一人立ち」「一端」へと、成長段階に応じたキャリアステップを明確に提示しています。これにより、社員は「今、自分がどの段階にいて、次に何を身につけるべきか」を理解しながら学ぶことができます。また、新入社員スタートに向けたハンドブックやバディ制度を活用し、事前学習、現場実践、そして上司や先輩への相談という学びの循環を設計しています。目先の3ヶ月、半年、そして2年後と、自分の将来像を具体的にイメージできるように心がけています。──教材などにも独自の工夫をされているとお聞きしました。高橋様:自社オリジナルの研修動画教材を作成しています。一般的な教材ではなく、「さくらの現場で、そのまま使える学び」にこだわっており、専務、常務、工場長など、実際に現場を担うメンバーが講師となって、さくらの工場にある実際の機械や工具を使って操作方法を撮影しています。さらに、様々な作業項目に対するチェックシートも導入しています。ただ「研修をやった」というだけでなく、本当に上手にできるのかどうかを可視化するためです。「動画を見ました」「座学をやりました」「実技をやりました」、そして最後に「合格をもらいました」という明確な基準を一つ一つ設けています。これにより、できる・できないの判断軸が明確になり、教える側も教わる側も迷いなくスキルアップに向き合うことができます。──これまでの属人的な教育から、そこまで本格的な体系的育成にシフトした背景にはどのような思いがあったのでしょうか。高橋様:背景には、「せっかく育ってきた人材が、環境のせいで辞めてしまうのは本当にもったいない」という強い問題意識がありました。建設業界では人手不足が続く一方で、「分からないことを聞きづらい」「何をどこまでやればよいのか分からない」といった不安を抱えながら働く若手の姿も見てきました。また、現場の都合で教える内容が行き当たりばったりになったり、教える人が日によって変わったりすることで、一貫した指導が難しく、教わる側の時間がもったいない状況になっていたことも課題でした。そこで、短期的に人を集めるのではなく、「この会社なら長く働ける」「成長し続けられる」と思ってもらえる環境をつくることこそが、結果的に会社と地域の未来につながると考えるようになりました。──その環境づくりのために、会社としてどのような決断をされたのでしょうか。高橋様:その象徴的な取り組みとして、現場を持てば売上を生む専務や常務クラスを、あえて教育側に配置しました。短期的な目線では売上減につながる判断でしたが、それ以上に人材育成を優先すべきだと考えたのです。教育はコストではなく投資であり、人が育つことで品質・安全・生産性すべてが向上すると考えています。誰もが安心して学び、挑戦できる環境をつくるために、人を育てることを経営の根幹に据えるという意思決定が、この取り組みの出発点です。──教える先輩社員側にも、良い影響が及んでいるのではないでしょうか。高橋様:とても良い影響があると思います。自分だけで勉強するよりも、教える側の業務を言語化し、学び直す機会が増加することで、先輩自身の成長に繋がっています。松下幸之助の言葉に「仕事の半分は上司に教えてもらい、半分は部下や後輩に教えよ」というものがありますが、教える側・教えられる側双方が学び、気づきを得られる仕組みとすることで、組織全体で人を育てる文化づくりを大切にしています。また、既存社員には新入社員に対して挨拶だけでなく「必ずもう一言声をかけるように」と指導しており、コミュニケーションの質が全体の安心感と定着率向上に直結しています。会社の理念や考え方──貴社が大切にされている理念について教えてください。高橋様:「教育で共に育む」という考え方を何よりも大切にしています。全てにおいて一番重要なのは教育だと考えています。この思いの原点は、私の高校時代のハンドボール部での経験にあります。非常に厳しい練習環境だったため、多くの部員が辞めてしまい、最終的に同級生は私を含めて2人だけになってしまいました。試合に出るにはどうしても下級生5名を出場させなければならず、彼らをどう育てて底上げするかがチームの勝敗に直結する状況でした。──そのような厳しい状況で、どのようにチームをまとめていかれたのでしょうか。高橋様:下手な選手であっても、チーム全体のレベルを上げるためには、補欠の力を引き上げるしかありません。そこで、貧乏でしたが下級生にご飯を奢るなど、積極的にコミュニケーションを取りました。また、厳しい顧問の先生の怒りの矛先が下級生に向かわないよう、自分が率先して盾になることもありました。結果として、全く勝てないと言われていたチームを県大会準優勝まで導くことができました。あの時の経験が、リーダーシップの根幹となり、今の教育理念へと繋がっています。──10代の経験が、社会に出てから活きているのですね。高橋様:若いうちに社会で経験したことは、大人になってから本当に役立ちます。私自身、高校時代からイベントを企画して利益を出すなど、色々な経験をしてきました。だからこそ、社員にも失敗を恐れずに挑戦してほしいと伝えています。私の座右の銘は「変毒為薬(毒を変じて薬となす)」です。挫折を経験し、それを乗り越えた人こそが本当に信用できる人間だと考えています。若いうちに泣くほどの苦労や失敗を経験し、人間としての土台を作ることが、将来訪れる困難を乗り越えるための強固な地盤になります。会社の歴史・転換点──現在の育成体制ができあがるまでの歴史や、会社の転換点について教えてください。高橋様:私は25歳の時、社員ゼロの「1人親方」として起業しました。当時は、現場で実力のある若い職人が正当に評価されていないことに疑問を感じており、頑張っている人が報われる会社を作りたいという決意からのスタートでした。しかし、親会社などの後ろ盾もないゼロからの出発は困難の連続でした。特に資金面での苦労は大きく、年商が数億円規模になっても、会社の通帳残高が8,000円になりどん底までへこんだこともありました。個人の保険や将来の積み立てなど、個人資産の全てを解約して会社につぎ込み、本当にギリギリの状態で経営をしていました。──そこからどのように会社を立て直されたのでしょうか。高橋様:最も辛かったのは起業から5年目の時です。営業から見積もり、現場調査、経理まで全てを一人で抱え込んでいました。業績が落ち込んだ時期でもあり、心に全く余裕がなくなり、社員に強く当たってしまいました。その結果、高校時代からの後輩であった一番弟子を含む優秀な若手が立て続けに辞めてしまったのです。「自分はこんなつもりで会社を作ったわけではない」と深く落ち込み、会社を潰すことまで考えました。──そこから大きな意識の変化があったのですね。高橋様:その時、役員たちが「辞めるのではなく、一度休もう」と提案してくれました。1ヶ月間休みをもらい、全国を一人で旅しながら、様々な経営者の方とお会いしてお話を伺いました。そこで気付かされたのは、自分の悩みの小ささと視野の狭さでした。他の経営者の方々のスケールの大きさに触れ、「自分の器だけで仕事を抱え込んではいけない」と悟りました。会社に戻ってからは、良い意味で社員に仕事を任せ、権限を与えるようにしました。もちろん失敗することもありますが、それも覚悟の上で任せるようにしたことで、会社はどんどん成長し、今では社員も増えて強固な組織になりました。活躍する社員について──現在、貴社で活躍されている社員の方々に共通点はありますか。高橋様:過去に大きな挫折を経験している人が、非常に強いエネルギーを持って活躍しています。当社では少年院出院者の雇入れ支援なども行っていますが、一度どん底を経験した人間は、「なんとか這い上がろう」という気概を持っています。挫折を知らないまま平和に過ごしてきた人よりも、一度落ちた経験のある人の方が、圧倒的な伸びしろを持っていると感じます。──そうした方々が力を発揮するために、会社としてどのようなサポートをしているのでしょうか。高橋様:社会的に必要とされているという感覚を、しっかりと持たせてあげることです。「あなたがいてくれて本当に助かった」「あなたに頼んで良かった」という言葉一つで、人は見違えるように成長します。会社のため、周りの人のために頑張ろうという気持ちが生まれ、仕事への向き合い方が大きく変わります。──社員の方の行動で、特に感動したエピソードがあれば教えてください。高橋様:不器用だった社員が一生懸命に努力を重ね、お客様から「素晴らしい職人だ」と褒められる人材に育ってくれた時は、本当に嬉しいですね。また、職人だけでなく、事務部門の社員が迅速な対応を行い、お客様から「さくらさんの事務員さんはレスポンスが早くて本当に助かります」と評価された時も大きな喜びを感じます。私は社員によく「仕事の語源は、人の役に立つことだ」と伝えています。ただお金を稼ぐだけでなく、人の役に立つことを意識して行動し、それが社風として根付いていくことが一番の感動です。会社の事業について──改めて、貴社の事業内容と、その特性が育成方針にどう結びついているのか教えてください。高橋様:当社は、発電所や半導体工場、薬品、食品など専門性の高い工場の配管工事をはじめとする機械設備工事を展開しています。かつては、「頭の悪い人間がやる仕事だ」と見下される風潮もあり、私自身も最初は腰掛けのつもりでこの業界に入りました。しかし、実際に中に入って分かったのは、社会のインフラを支える非常に重要な仕事だということです。特に災害時には、私たちが動かなければ復興は進みません。現在では「AI代替率0%」と言われるほど、人間にしかできない価値の高い仕事として再評価されています。日本の職人が持つクラフトマンシップは、海外からも厚い信頼を寄せられています。この世界に誇る技術を次世代に継承していくために、質の高い教育体制を整え、プライドを持って働ける人材を育てています。未来への取り組み・今後の展望──これから挑戦したいことや、未来に向けた展望をお聞かせください。高橋様:まずは「さくらクラフトマンアカデミア」をさらに進化させ、人材育成そのものが当社の競争力になる状態を目指します。将来的には、建設業界における人材育成のモデルケースとして、業界内外に発信していきたいと考えています。さらに、労働力不足を補うために外国人に頼るのではなく、私たちが海外に出ていく時代だと捉えています。現在、カンボジアに学校を設立する計画を進めており、先日、内閣府でもこの取り組みについてお話しする機会をいただきました。現地の技能実習生に対して、日本の高い技術水準と語学を直接教え込み、世界で活躍できる職人を送り出す拠点を作りたいと考えています。カンボジアの次はフィリピンへの展開を視野に入れ、ゆくゆくは「配管工のアジア連合」を作りたいという壮大な構想を持っています。──世界的な視野を持たれているのですね。高橋様:これから世界中で水資源の不足が深刻化し、「水の戦争」が起きると言われています。日本の水処理技術は世界ナンバーワンです。汚れた水を生活できる綺麗な水に変える私たちの技術は、今後ますます世界で必要とされます。東南アジアやアフリカでの事業展開、さらには農業分野への進出も考えています。また、国内では2028年から中学校の部活動が地域移行されることを見据え、学習塾と連携してハンドボールチームを作るなど、地域教育の受け皿となる事業も進めています。私は、自分の会社を大きくして利益を得るだけでなく、関わった人たちの人生を豊かにし、最期に「やり切った」と心から思えるような挑戦を続けていきたいと考えています。