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はじめに
社員のやる気を引き出そうとインセンティブを導入したところ、当初は数字が伸びたものの、しばらくすると報酬の対象外の業務への関心が薄れてしまった。こうした声は、報酬制度を設計する人事担当者からしばしば聞かれます。良かれと思って用意した報酬が、かえって意欲を削いでしまう現象を説明するのがアンダーマイニング効果です。本記事では、アンダーマイニング効果の意味やよく使われる場面、実務で活かすための留意点を整理してご紹介します。
アンダーマイニング効果とは?
アンダーマイニング効果とは、もともと本人の内側から生じていた意欲が、金銭や評価といった外から与えられる報酬によってかえって低下してしまう現象を指します。アンダーマイニングは英語で掘り崩すという意味を持ち、報酬が意欲の土台を掘り崩してしまう様子を表しています。
この現象は、アメリカの心理学者エドワード・L・デシらの実験で確認されました。パズルを解くこと自体を楽しんでいた参加者に金銭報酬を与えたところ、報酬が打ち切られた後の取り組み時間が、報酬を受け取らなかった参加者より短くなったと報告されています。
背景にあるのは、動機づけの質の違いです。好奇心や達成感、仕事そのものへの関心から生じる意欲を内発的動機づけ、給与や賞与、他者からの評価といった外部要因から生じる意欲を外発的動機づけと呼びます。外発的動機づけが強く働くと、本人は自分の意思で取り組んでいる感覚を失い、報酬のために動かされているという受けとめに変わります。この自己決定感の低下が意欲の減退を招くと説明されています。
なお、外発的な働きかけがつねに逆効果になるわけではありません。予期しない称賛や成果を認める言葉によって内発的動機づけが高まる現象はエンハンシング効果と呼ばれ、対をなす概念として整理されています。
アンダーマイニング効果がよく使われるシーン
- インセンティブ制度の設計:報奨金や表彰制度が意欲に与える影響を検討する場面。
- 目標管理制度の運用:目標達成と処遇の結び付け方を見直す場面。
- 若手社員の育成:仕事の面白さを実感してほしい層への関わり方を考える場面。
- 自主的な取り組みの奨励:改善提案や勉強会など、自発性が前提となる活動を制度化する場面。
- マネジメント研修:部下への動機づけの手法を扱う場面。
アンダーマイニング効果を理解することの重要性
アンダーマイニング効果を理解しておくことは、報酬制度の限界を見積もるうえで重要です。人事の実務では、行動を促したいときにまず金銭や評価を結び付ける発想が働きがちです。しかし報酬は、対象となった行動への関心を高める一方で、対象外の行動への関心を相対的に下げ、報酬がなくなれば行動も止まるという副作用を伴います。この性質を把握していれば、報酬に何を担わせ、何を担わせないかの線引きが明確になります。
もう一つの意義は、仕事そのものの設計に目を向ける契機になる点です。デシらの理論では、自己決定感、有能感、他者とのつながりの三つが満たされるときに内発的動機づけが保たれるとされています。裁量を委ねる、成長を実感できる機会をつくる、貢献が伝わる関係を築くといった働きかけは、報酬とは別の経路で意欲を支えます。
留意点として、この効果を理由に報酬を軽視するのは適切ではありません。処遇への納得感が欠けた状態では、内発的動機づけも維持されにくくなります。報酬は意欲を生み出す手段ではなく、意欲を損なわないための前提条件と位置づける考え方が実務では有効です。
実務で活かすためのチェックポイント
- 報酬の対象を絞る:あらゆる行動に報酬を結び付けず、制度で促すべき行動を限定します。
- 裁量の余地を残す:進め方や手段を本人に委ね、自己決定感が損なわれないよう配慮します。
- プロセスを言葉で認める:金銭以外に、取り組みを具体的に認める働きかけを組み込みます。
- 報酬の打ち切りを想定する:制度終了後に行動が止まらないよう、意義の共有を並行して行います。
- 仕事の設計を見直す:報酬で補う前に、業務そのものに手応えがあるかを点検します。
よくある質問(FAQ)
Q1. インセンティブ制度は導入すべきではないのですか。
A. そのようなことはありません。定型的な業務や短期的な行動の促進には有効です。創意工夫や自発性が求められる業務では慎重に設計する、という使い分けが現実的です。
Q2. 金銭以外の報酬でも起こりますか。
A. 起こり得ます。評価や表彰であっても、統制されていると本人が感じる形で与えられれば同様の影響が生じるとされています。
Q3. エンハンシング効果との違いは何ですか。
A. 外からの働きかけが内発的動機づけを下げる場合をアンダーマイニング効果、逆に高める場合をエンハンシング効果と呼びます。予期しない称賛や、能力を認める言葉は後者につながりやすいとされています。
Q4. 導入済みの制度で意欲の低下が見られる場合はどうすればよいですか。
A. 急な廃止は不信を招くおそれがあります。報酬の対象範囲を見直しつつ、仕事の裁量や意義の共有を強める方向から着手する方法が考えられます。
Q5. 管理職にどう伝えれば理解されますか。
A. 報酬は行動と引き換えにするものではないという整理を共有し、日常の関わりで本人の判断を尊重する場面を増やすよう促すと、実践に結び付きます。
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